帽子を取って立ち上がったタミは、静まり返る広間にたじろいだ。
どうしよう、グリフィンドールのテーブルに行って良いのだろうか? 不安に顔を俯かせた頃、まるでこの静けさを払拭させるかのように拍手の音が上がる。教員テーブルの中央に座る真っ白な長いひげの老人が、惜しみなく拍手を贈ってくれていた。優しく微笑む姿に不安が払われていくのが分かる。ホッと息を吐くと、拍手が二つに増えた。マクゴナガルだ。
「歓迎しますよ、Miss スネイプ」
「、あ、ありがとうございます……」
小さくお辞儀をするとテーブルへ向かうように促された。頷いて歩き出したタミは、ちらりと父を見た。そしてまた驚く。先ほどはあんなに不機嫌な顔をしていたのに、今はさして驚いた様子もなく瞬きを一度。好きにしなさいと言われたような気がした。二、三度の短い拍手を贈ってくれたセブルスに、タミは不安が完全に払われたのを知った。満面の笑みを父に向けて、漸くぱらぱらと上がり出した拍手の中でグリフィンドールのテーブルへと向かった。
ハリーは赤毛の上級生二人に挟まれていた。タミの席は同じ顔をした赤毛の上級生二人の間だ。二人共、動揺を隠せない様子でこちらをじっと見ている。不安を覚えながら「ここ、いいですか?」と尋ねると、双子は驚いたように顔を見合わせてからぎこちなく頷いた。
「タミ!」
双子の片割れの向こうからハリーが顔を出して声をかけてくる。その顔には驚きと興奮、嬉しさが滲み出ていた。嫌がられていない――それが嬉しくてタミも笑いながらハリーの名前を呼んだ。同じ顔の上級生達が目を丸く見開いた。
「どうして!」
「びっくりした?」
「したよ!」
組み分けが続いているから囁き声だ。けれど双子の意識はどちらもハリーとタミに向いていたし、タミの勘違いでなければ、タミとハリーの近くにいる上級生や新入生は皆こちらを意識しているようだった。
「何で言ってくれなかったの? てっきりクリスマス休暇まで会えないと思ってたのに!」
「私だって言いたかったよ。でも、今日まで秘密にしてなきゃいけないんだって言われて……駅で会えたらちゃんと言いたかったのに、ハリーが見つからないから――」
「僕、後ろの方にいたんだ。タミは?」
「真ん中ら辺かな。パーバティやハンナと一緒だったんだよ」
パーバティを指して言うと、ハリーがそちらへ目を向ける。緊張からか、しゃんと背を伸ばしたパーバティがハリーに笑いかけた。それからタミの方にも手を振ってきてくれたので、タミも笑いながら手を振り返す。その時、マクゴナガルが次の名前を読み上げた。
「ロナルド・ウィーズリー!」
「ロンだ!」
ハリーが囁いた。
「誰?」
「ロンだよ! 列車で一緒だったんだ。一緒の寮になれると良いんだけど……」
じっと組み分けを見つめるハリーに倣ってタミもロンと呼ばれた少年を見た。ひょろっと背の高い少年だ。ハリーよりも高い。赤毛にそばかすの彼は、タミの両隣に座る赤毛の上級生達の弟なのかもしれない。双子、ハリー、タミの視線の先でロンは緊張と不安に押し潰されそうな様子で椅子に座り帽子を被った。
ハリーの心配は杞憂だった。帽子はロンの頭に乗るとすぐに「グリフィンドール!」と叫んだのだ。
歓声が上がり、ロンが嬉しそうにこちらへ駆けてくる。タミの向かいに座ったロンにハリーが笑いかけ、その向こうに座る赤毛の上級生が「よくやった!」と褒めた。双子も安心したように笑っている。
全ての組み分けが終わると校長が立ち上がった。
アルバス・ダンブルドア。セブルスの口から”ダンブルドア”という名前が出た事があるから、きっと彼の事なのだろう。
「おめでとう! ホグワーツの新入生、おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせて頂きたい。では、いきますぞ」
そしてダンブルドアは大きな声で言った。
「そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! ――以上!」
タミはぽかんとダンブルドアを見た。ハリーも同じように呆然とダンブルドアを見ているが、ダンブルドアが席に着いた時、広間の殆どの人が拍手し歓声を上げていた。
「え、い、意味分かんなかったんだけど……今の何?」
「僕に分かると思う?」
呆然と言葉を交わし、タミはセブルスを見た。興味の無さそうな顔で拍手を二、三度しただけ。拍手をするだけマシだろうとタミは思った。彼が校長だからだろうか。どう見てもあの老人はセブルスの苦手なタイプだ。
視線をテーブルに戻すと、空だったはずの大皿は食べ物でいっぱいになっていた。
「わ、すごい! ――あ、ハリー、これ美味しそう!」
ポテトを取り分けてやればハリーが嬉しそうにありがとうと笑う。黙っていた事を怒られなくて良かった。そんな事はないと思っていたが、それでもほんの少しくらいは不安だったのだ。絶交だと言われたらどうしよう、と。
ハリーがロンにタミの事を紹介してくれた。身を乗り出してよろしくと握手を交わすと、ロンはちらりと教員テーブルを見てから囁くように「君って」と口を開いた。
「なぁに?」
「君、本当にスネイプなの?」
突然かけられた声。驚いて隣を見れば、双子の片割れが耐え切れなくなった様子でこちらを見ていた。
「僕ら兄弟なんだ。そっちが五年生のパーシーで、三年生のフレッドとジョージだよ。双子なんだ」
ロンがそれぞれの兄を紹介し終えると、フレッドと呼ばれた上級生がまたじっとこちらを見た。そう言えばまだ返事をしていなかったと口を開こうとすると、今度は反対側に座るジョージが口を開く。
「もしかして親戚?」
ちらりと教員テーブルのセブルスへ目を向けたジョージがおそるおそる尋ねてくる。いつの間にか、タミやハリーの周りは静かになっていた。その殆どが上級生で、少しばかり居心地の悪さを感じながらタミは頷いた。
「パパなの」
フレッド、ジョージ、ロンが息を呑んだ。他からもちらほらと息を呑む音が聞こえてくる。
「何の話?」
「あのね、あそこに座ってる真っ黒な人いるでしょ? パパなの」
全然分からないという風なハリーに教員席のセブルスを指して言えば、タミとセブルスとを交互に見たハリーが驚きの声を上げた。
「タミのパパ、ホグワーツの先生だったの!?」
「そう」
「全然知らなかった……教えてくれれば良かったのに……」
「私だって教えたかったんだよ。でもパパもママも、そういう決まりだから絶対に言っちゃダメだって」
「もしかして、ヘレナも魔女なの?」
そっと問いかけてくるハリーにタミはあっさり頷いた。知らなかったと項垂れるハリーに手を伸ばし、肩をポンポンと叩いてやってからローストチキンに手を伸ばす。
「あ、このチキン美味しい。ハリーも食べた方が良いよ」
「もう何に驚いたら良いか……」
チキンに手を伸ばしながらぼやくハリーに、タミは肩を竦めた。
「僕らだって物凄く驚いてるよ……」
「まさか”あの”ハリー・ポッターが、”あの”スネイプの娘と友達だなんて……」
フレッドとジョージが未だ驚きを隠せない様子で呟くと、ハリーはきょとりと目を丸くして不思議そうな顔をした。
「”あの”スネイプって? タミのパパがどうかしたの?」
「嫌われ者なんだって」
「タミのパパが? どうして?」
驚くハリーに、タミは難しい顔をする双子を見てから声を落としてそっと教えてやる。
「嫌な奴なんだって」
「……そんなに酷いの?」
「それはもう!」
フレッドが即座に答え、ジョージが頷く。ロンの隣に座る上級生二人も頷いている。
何とも素早い反応だと感心していると、取り繕うようにフレッドが咳払いをした。
「あー……ゴホン。残念ながら、我々とは決して相容れない位置にいる事は確かだ」
「タミ、だっけ? 良かったのか?」
「何が?」
「グリフィンドールに入った事だよ。後から文句言われるぜ、絶対」
ジョージの言にハリーが心配そうにタミを見た。大丈夫なのかと訴える目にタミは堪え切れず笑い出しハリーの手を握った。驚く双子に構わず、心配そうなハリーに向かって口を開く。
「大丈夫だよ」
「でも……」
不安が拭えないのか、ちらりと教員テーブルを見たハリーは、けれど突然額を押さえて呻いた。
傷の辺りを押さえるハリーに大丈夫かと問えば、小さく頷きながら首を振る。
「平気なの? 痛くない?」
「大丈夫だよ。――でも、良かった」
安堵の笑みを漏らすハリーに首を傾げれば「タミだよ」と返ってくる。
「ホグワーツに入学するのは嬉しかったけど、タミと離れるのは嫌だったから……だから、タミも一緒に入学出来て良かった」
友人からの言葉に目をぱちぱちと瞬いて。タミはくしゃりと笑った。
「しょうがないから一緒にいてあげる」
「あ、また……そうやってお姉さんぶるの止めてくれってば」
不貞腐れた顔で料理に手を伸ばすハリー。タミの方にある料理を取って渡してやれば、じとりと恨めしげにこちらを見たハリーはそれでも大人しく料理を受け取った。
「……ありがとう」
「どういたしまして。あ、そう言えばママが明日の朝お菓子送ってくれるんだって」
「本当!?」
目を輝かせるハリーににんまり笑ってやれば、悔しげな顔をしながらもハリーは「僕にもください」とお願いを口にする。
「ハリーの好きなマドレーヌも送るって言ってたよ」
「やった!」
「ロンも一緒に食べようね」
「いいの?」
聞き返してくるロンに「もちろん」と頷けば、嬉しそうに笑いながらロンがお礼を言う。良かった、これなら上手くやっていけそう――そこまで考えた所で、タミはヘレナからハリーへ伝言がある事を思い出した。去り際に言っておいてと言われていたのだ。
「あと、ママから伝言なんだけどさ」
「僕に?」
「そう。何だっけ、確か――”セブルスに嫌な思いさせられるだろうから、ごめんね”だったかな」
かちゃん。ハリーの手から離れたスプーンがスープに落ちる。跳ねたスープが飛んだのか、フレッドが「うわっ」と声を上げた。落ち込んだ様子のハリーがそれに謝ってから「何それ怖いんだけど」と暗い声を出す。
「私もよく知らないんだけどさ、ママが言うには、パパはハリーのパパと仲が悪くて――」
「え? そ、そうなの?」
「――だからハリーのパパにそっくりなハリーの事も嫌いで、」
「……え?」
「それで――」
「ちょ、ちょっと待って……だって、え? それ僕の所為じゃないよね?」
信じられない。何それ、酷くない? 訴えるハリーにタミは「パパだから」と答えを返す。
二人のやり取りを聞いていた上級生達はしみじみと頷いた。セブルス・スネイプだから。その一言で十分なのだ。
「それで、私がハリーとばかり一緒にいるから更に嫌いになったんだって。そう言ってた」
「そんな!」
「ごめんねハリー、諦めて」
「酷いよ!」
訴えるハリーに、ローストポテトを齧ったタミはちらりと教員テーブルを見た。隣に座る紫色のターバンを巻いた男と何やら話をしているらしい父を見て、頬杖をつく。
「うーん……たぶん、今が一番マシだと思うよ」
「何が?」
不貞腐れたような声で聞き返すハリーを見れば、ハリーもタミを見た。フレッドが居心地悪そうに背筋を伸ばしてタミ達の視界を遮るまいとしてくれている。優しい先輩に甘え、皿の上のポテトにフォークを突き刺してハリーに差し出してやるとポテトをじっと見たハリーが探るような視線を向けてきた。
「私と一緒にいるのを止めれば、多少は良くなるかもと思ったんだけど、」
「……」
「小さい頃からずーーっと仲良くしてた友達に避けられたら、私はきっと泣いちゃうだろうから、」
「……」
「そうしたら、私を泣かせたハリーは益々パパに嫌われると思う」
徐々に顔を歪めていったハリーは、タミの言葉を最後まで聞くとそれはそれは嫌そうな顔をした。差し出されたままのフォークを取ってポテトを齧りながら「どう考えても僕は悪くないよ」と表情通りの声を出す。タミは肩を竦めてスープを飲み始めた。
デザートまでも平らげると、テーブルの上のご馳走は最初に広間に入ってきた時のように綺麗さっぱり消えてなくなった。
そこで再びダンブルドアが立ち上がり、生活するに当たっての注意事項を説明し始めた。
構内にある森に入ってはいけない事、授業の合間に廊下で魔法を使わない事、そして――
「最後ですが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはいけません」
あまりにもさらりと言われたそれは、何とも恐ろしい。何て事を言うのだとダンブルドアを見つめていると、ハリーが少しだけ笑った。
「真面目に言ってるんじゃないよね?」
「いや、真面目だよ」
答えたのはハリーの向こう側に座っているパーシーだ。
「変だな、どこか立入禁止の場所がある時は必ず理由を説明してくれるのに……森には危険な動物がたくさんいるし、それは誰でも知ってる。せめて僕達監督生には理由を話してくれても良かったのに」
不満気なパーシーの声を聞きながらタミはセブルスを見た。話を続けるダンブルドアを見ている彼がこちらを見る事はなさそうだ。
「では、寝る前に校歌を歌いましょう!」
ダンブルドアが声を張り上げた途端に父が僅かばかり顔を顰めたのをタミは見た。セブルスだけではない。他の教師達も表情を強ばらせている。
理由はすぐに分かった。ダンブルドアは魔法で現したリボンがくねくねと動いて文字を書き出すと、あろうことか好きなメロディーで歌えと言い出したのだ。
「さん、し、はい!」
何という無茶振りだ。顔を引き攣らせたタミはちらりとハリーを見た。ハリーも顔を引き攣らせている。
歌詞も中々に酷い。タミの両隣に座るフレッドとジョージがとびきり遅い葬送行進曲で歌っているのが聞こえた。楽しみ方は人それぞれだと分かるが、歓迎会の終わりに葬送行進曲だなんて何とも素敵な選曲だ。間に挟まれたタミは堪ったもんじゃない。
「疲れた」
宴が終わり、タミ達新入生は監督生のパーシーの先導でグリフィンドールの談話室へ向かった。
談話室の入り口を守るのは太った婦人の肖像画で、パーシーが合言葉を唱えると肖像画はぱっと前に開き、丸い穴の空いた壁が剥き出しになる。穴は随分と高い位置にあり、誰もがやっとの思いで這い上がった。
「タミ、来れる?」
先に穴に這い上がったハリーが顔を覗かせている。タミは頷いて穴によじ登ろうとしたが上手くいかない。どう考えても穴の位置が高すぎる。新入生への配慮はないのか。せめて踏み台があれば良いのにとタミは恨めしげに唸った。
「助けてあげようか?」
降ってくる声は楽しげで、タミは性格の悪い幼馴染を悔しげに睨んでから観念したように口を開いた。
「ハリー、助けて」
すぐに差し出された手に己の手を重ねて。タミはもう一度壁をよじ登った。引っ張られるようにして漸く穴に入り込むと、タミはすぐにハリーの手を振り払う。
「どうもありがとう」
「どういたしまして」
刺々しいお礼にハリーは笑うだけ。悔しい。呟いたタミはハリーの手を引っ張って歩き出した。
身を屈めながら穴を進むと円形の談話室に出た。ここがグリフィンドールの談話室だ。ふかふかの肘掛け椅子がたくさん置いてある。
「朝、先に行かないでね」
何しろ、一人では談話室から広間まで行ける気がしないのだ。ハリーもそう考えていたのか「分かってるよ」と頷いてからロンにも「一緒に行こう」と声をかけていた。ロンが頷いてくれた事に安堵して。タミとハリーは計らずも同時に欠伸をした。
「君達、本当に仲が良いんだ」
感心したようなロンの声に顔を見合わせると、ハリーがへらりと笑う。下手くそな笑い方に顔を顰めて頬を引っ張ってやれば、痛いとハリーが悲鳴を上げた。
「何するのさ!」
「だってハリーが気持ち悪い笑い方するから」
「気持ち悪いとか!」
「はいはい、ごめんなさいね。おやすみ」
頬にキスをしてタミは女子塔へ続く階段を上った。
両親へのおやすみのキスが習慣だったからといって、突然ハリーにしたのは悪かったかもしれない。パジャマに着替えてベッドに潜り込んだ時にそう思ったけれど、タミの意識はすぐに微睡んでいった。
→ 賢者の石 08