長い旅を終えて、列車はホグズミード駅に停車した。
車内アナウンスに従って列車を下りると、外はもうすっかり真っ暗になっている。
灯りを左右に振りながら新入生を呼ぶ声が聞こえたので、タミはハンナ達と共にそちらへ向かった。
ランタンを手に先頭を進んでいる大男は森番のハグリッドだろう。見るのは初めてだったが、家でのルーシーやセブルスの話からすると彼がハグリッドで間違いない。
タミ達は険しくて狭い小道を滑ったり躓いたりしながらハグリッドの後を追った。辺りは真っ暗で何も見えない。すぐ後ろでパーバティが悲鳴を上げたのに「大丈夫?」と声をかければ、疲れた声が「大丈夫よ」と返した。
突如として前方から声が湧き起こった。何かと思いながらも足を進めていけば、遠くの高い山の上に壮大な城がそびえ立っているのが見える。
「わぁ……!」
「凄い! あれがホグワーツなんだわ!」
ハンナが惚れ惚れするような声で言った。
やがてタミ達は湖の畔に出た。遠くから聞こえる「四人ずつボートに乗って!」の指示に従い、タミ、ハンナ、パーバティ、パドマの四人はボートに乗り込む。夜の湖は真っ黒で少しだけ気味が悪かったが、徐々に近くなる城を見上げていると恐怖よりも興奮の方が強くなっていく。凄い、凄いと頻りに声を上げていると隣でパーバティがくすくす笑った。
ボートが船着場に到着すると、ハグリッドの先導でタミ達は再び歩き出した。タミはハグリッドのすぐ後ろに見慣れた頭を見つけた。ランタンの明かりで一瞬照らされたのが見えただけだが、あの飛び跳ねた黒髪は間違いない。
長い石段の先に現れた巨大な樫の木の扉をハグリッドが大きな握りこぶしで扉を叩くと、扉は重々しく開いた。扉の向こうにエメラルドグリーンのローブを着た背の高い魔女が新入生達を待っている。厳格な顔つきの魔女だ。ハグリッドが「マクゴナガル先生」と呼ぶのが聞こえた。
役目を終えたらしいハグリッドが去って行くと、今度はマクゴナガルに連れられてタミ達は玄関ホールに足を踏み入れた。天井は見えないほど高く、石壁が松明の炎に照らされている。タミは今いる自分達の足元が石畳の床だと初めて気がついた。
先頭が歩き出したので、タミ達も再び後を追った。小さな空き部屋に足を踏み入れるとタミの後ろで扉がしまる。いつの間にか最後尾になっていたらしい。タミはきょろきょろと友人になったばかりのハンナ達を探したが見つからない。部屋に入った時に離れ離れになってしまったようだ。途端に不安になってくる。
「ホグワーツ入学おめでとう」
全員が部屋に入った事を確認してマクゴナガルが話を始めた。
もうすぐ歓迎会が始まる事、その前に組分けの儀式が行われる事。寮が四つある事、自分達の行動によって加点や減点がなされ、その結果で年度末の寮杯をもらえるかが決まるという事。
「皆さん一人一人が、寮にとって誇りとなるよう望みます」
そう言葉を括ったマクゴナガルは、暫し待つようにと新入生達に告げてこちらへやって来る。タミの後ろにある扉に用があるのだろう。慌てて脇に避ければ、ぱちりと瞬きを一つしたマクゴナガルは「ありがとう」と幾分穏やかな声で言った。
マクゴナガルが部屋を出て行くと、取り残された新入生達はそこかしこでこそこそと話を始めた。タミもこの不安を払拭する為に友人達を探したが、やはり見つからない。
溜息と共に肩を落としたその時、少し離れた所で小さな悲鳴が上がった。驚いて顔を上げれば、壁をすり抜けてたくさんのゴーストが部屋に入ってきたのだ。会話に夢中で新入生達に気付かなかったらしいゴーストは、漸く自分達の足元にいる生徒達に気付いたらしい。にこやかに生徒達に話しかけているのはハッフルパフの卒業生だったという修道士のゴーストだ。
話には聞いていたが、本当にいるなんて。信じられないとゴースト達を眺めていると、不意にこちらを振り向いたゴーストと目が合う。ゴーストの目が驚愕に見開かれ、タミは驚いた。後ろに誰かいただろうかと振り返ってみたが、タミの背後には扉しかない。ゴーストは間違いなくタミを見つめているのだ。意味が分からない。まさかスネイプの娘だと顔を見ただけで分かったのだろうか? どちらかと言うと母親譲りの顔だと思っていたのだけれど、違うのだろうか。
背後で扉が開く音がしてマクゴナガルが戻ってきた。
「さぁ、行きますよ。間もなく組分けの儀式が始まります」
ゴースト達は生徒達に手を振りながら再び壁をすり抜けて出て行った。タミはさっきのゴーストを探したけれど、もうどこにも見えなかった。一体何だったんだろうかと首を傾げていると、マクゴナガルが歩き出す。今度はタミが先頭だ。
大広間はとても広く美しかった。何千という蝋燭が宙に浮かび、広間に置かれた四つの長テーブルを照らしている。テーブルには上級生達が着席していて、テーブルの上には空の皿やゴブレットが置いてあった。
上座には長テーブルがもう一つあった。教職員達が席に着いてこちらを見つめている。目を凝らしたタミは、着席する教師達の中に父の姿を見つけて僅かに頬を緩めた。父の姿を見ただけで安心感が広がっていくのが分かった。
上座のテーブルの前までやって来たところでマクゴナガルが足を止めた。振り返り、後からぞろぞろとついて来る新入生達に一列に並ぶようにと指示を出す。上座に座る教職員達に対面する形で並ぶと、マクゴナガルはテーブルと一年生との間に四本足のスツールを置いた。椅子の上には継ぎ接ぎだらけのとんがりぼうしが置かれている。
組分けの儀式とマクゴナガルは言っていたが、タミはどんな事をするのか分からない。セブルスもルーシーも何も教えてくれなかったのだ。行けば分かる、なんて言っていたくせに。何も分からないままだと父を見れば、向こう端から順に一年生を流し見ていたセブルスと視線が合う。不安が顔に表れていないはずはないのに、セブルスは瞬きを一つするだけですぐにタミから視線を逸らしてしまった。
急に歌い出した帽子はどうやらそれぞれの寮の特徴を歌っているようだが、考えてみてもどの寮が自分に合っているのかタミには分からなかった。どの寮にも適さないと判断されたらどうなるのだろうか。ホグワーツで教える教師の娘が資格無しと家に追い返される事になってしまったら――考えるだけで泣きそうだ。
「名前を呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組み分けを受けてください」
歌い終わった帽子をかざして説明するマクゴナガルが、ほんの少しだけでも休憩を挟んでくれたら良いのにとタミは思った。
「アボット・ハンナ!」
最初に呼ばれたのはハンナだった。不安げな顔のハンナがスツールに座り帽子を被るのを、タミは固唾を飲んで見守った。よりによって一番最初だなんて嫌すぎる。頑張れ、頑張れハンナ! 心の中で必死に応援をしていると、帽子はすぐに大きな声で叫んだ。
「ハッフルパフ!」
右側のテーブルから歓声と拍手が上がった。驚きに身体を震わせ、ハッフルパフのテーブルへ向かうハンナを見届ける。深呼吸をしてタミは自分の番を待った。大丈夫。スネイプはもっと後だ。ポッターよりも後だ。大丈夫。ハリーと同じ寮が良いと言えば良いのだから――冷静にそう言い聞かせて、不意に思い出す。ルーシーに言われた台詞だ。
本当に? タミは心の中で自らに問いかけた。
本当にハリーと一緒で良いのだろうか? 利用するなんて許されるはずがない。周りだってタミがハリーを利用したと思うかもしれない。どうしよう。心臓がバクバクと騒ぎ出す。次々に組み分けされていくのを遠くに聞きながら、タミはぎゅっと拳を握りしめた。
パーバティがグリフィンドールに、パドマがレイブンクローに組み分けられた。タミのすぐ脇を通ったパーバティが励ますようにタミに笑いかけてくれたので、ほんの少しだけ気持ちが浮上する。おめでとう。小さな声で返すと「頑張って」と返ってきた。
「ポッター・ハリー!」
広間は一瞬で静まり返った。後ろのテーブルからハリーの名前を囁く声がする。あぁ、本当にハリーは有名なのかと、タミはセブルスを見た。そして息を呑む。セブルスのハリーを見る目には暖かさの欠片もなかった。
不安を露わにスツールに腰を下ろしてから、組み分け帽子はだんまりを決め込んでいる。長いなと思い始めた頃、帽子は漸く叫んだ。
「グリフィンドール!!」
ハリーの顔から緊張が解けると同時に、タミの後ろのテーブルから割れんばかりの歓声と拍手が上がる。びっくりした。胸を押さえて自分を落ち着かせていると、帽子を置いたハリーがこちらへやって来て――ぱちり。目が合った。
ぽかんと口を開けて立ち止まるハリーに、タミは曖昧に笑いかけた。
「ど、どうして……?」
「黙っててごめんね」
動揺を隠せない声に囁きを返す間、広間のあちこちから視線が突き刺さった。「ポッター!」マクゴナガルが鋭い声を上げた。
「何をしているのです? 早く席へ着きなさい」
「ハリー、行って」
「――、」
何かを言おうとして、出てこなくて。ハリーはすれ違いざまに「後で」と言い残してタミの後ろのテーブルへ向かっていった。
深呼吸を繰り返す。不思議なことにもう不安は消えていた。あんなに不安で仕方なかったのに、ハリーの顔を見て、声を聞いたらどこかへ吹き飛んでしまった。さすが幼馴染。だてに長年一緒にいない。後の子が組み分けされている間、タミはうっかり緩んでしまいそうになる唇を引き締める事に精一杯だった。
不意に視線を感じてそちらを見れば、テーブルの向こうにいる父がこちらをじっと見ていた。先ほどはすぐに目を逸らしてしまったくせに。けれど、何となく理由が分かる。今朝、キングズ・クロス駅に向かう途中ルーシーから聞いたのだ。
学生時代、同級生だったハリーの父親と仲が悪かったのだと。だから父親にそっくりな外見のハリーが好きではないのだと。
そんなハリーと仲が良いなんて、セブルスからしたら悪夢だろう。けれど、残念な事に――セブルスにとっては、だが――タミはハリーが好きだ。大事な友達だと思っているのだから、これからも友達を続けていくつもりである。
タミの決意が伝わったのだろうか。不機嫌に顔を歪めたセブルスがまた顔を背けた。
あぁ、拗ねちゃった。止めてって言ったのに。
「タミ・スネイプ!」
二度目の沈黙が広間に訪れた。ハリーの時と同じように囁く音が聞こえてくる。けれど、出来るなら聞きたくはない。タミはさっと前に出た。広間中の視線を感じながらスツールに腰を下ろして帽子を被る。大きすぎる帽子はタミの目をすっぽり覆い隠してしまった。慌ててつばを押し上げようとすると、頭の中に響いてくる声。
「ふぅむ……まさか、この日が来るとは……」
唸るような声にタミはびくりと身体を揺らした。びっくりした。呟いて深呼吸を繰り返す。落ち着け。大丈夫だ。
「その血を受け継ぐ者が現れるとは、あの方々でさえ夢にも思わなかっただろう……」
あの方々って誰だろうかと考えている間も、帽子は独り言を続けていく。
「ふぅむ……そうだ、それしかない――」
「まって」
思わず声に出して静止したタミは、今初めてこちらに気付いたかのような様子の帽子に心の中で訴えた。
「私、グリフィンドールに入りたいわ」
「グリフィンドール? 本当かね? 君はスリザリンに入れば偉大になれるというのに?」
「偉大じゃなくていいの。友達と楽しく学校生活を送れればそれで良い。ハリーと、一緒がいいの」
「よろしい……君がそう信じているのならば――」
そして帽子は声高に叫んだ。
「グリフィンドール!!」
三度目の沈黙が広間に広がった。
→ 賢者の石 07