10


「あの、提案があるんですけど……」

家を出て数メートル。駅に向かって歩きながら小さな声で話しかけたら見事に無視された。

「私の部屋に住むのは構わないんで、最低限のルールだけ決めませんか?」

本当は構うけど。物凄く構うけど。
でもきっと私が何を言っても聞いてはくれないだろうから、せめて。せめて。最低限のルールだけは作らせて頂きたい。

「まず一つ目。私の着替え中は部屋の外に出てください」
「テメェが出ろ」
「………。二つ目。私いつも十二時頃に寝て朝七時に起きるんです。だからその時間は眠らせてください」
「知るか」
「………。三つ目。無闇やたらと銃をぶっ放さないでください。地味に痛くて怖いので」
「カスが俺に命令すんじゃねぇ」

何この幽霊!ボスと呼んだ私、間違ってないじゃん!
ボスだよ!ボスになる為に生まれてきた人だよ!
傍若無人!
天上天下唯我独尊!!
そんな言葉が似合う人初めて見たよ!出来れば一生見たくなかったよ!!

「あの……じゃあ、どれくらいなら譲歩してくれますか?」
「俺は俺の好きなようにやる。俺のやり方に口出しするな」

傲慢無礼。傲岸不遜。尊大。横柄。自己中。無遠慮。
この幽霊にピッタリな言葉を思い付く限り挙げてみた。どんどん泣けてきた。
この幽霊に部下というものがいたとしたら、その部下はとんでもなく可哀想な人だろう。おそらくこの世で一番可哀想な人だ。
そんな幽霊に二十四時間ぴったり張り付かれてる私も十分可哀想だと思う。異論は認めない。認めて堪るものか。

「おいカス」
「はいボス、何でしょうか」

反射的に敬礼しながら返事をすれば、ボスは嫌そうに私を見てから鼻を鳴らした。

「まさか今日も学校に行く気か」
「勿論」
「サボれ」
「サ、サボ……!? 何言ってんですか! 無理に決まってるでしょうが!」

思わず声を荒げれば、即座に銃弾が頭を貫通した。勘弁してください。
無闇やたらにぶっ放さないでくれって言ったばかりじゃないか!

「俺に指図するな」
「ほ、本当に困ります! そりゃ、ボスは私から離れられないから嫌なのかもしれませんけど、私には私の生活があってですね!」
「知るか」
「し……!」

知るか、だと……。
もうやだ何この自己中幽霊。早く消えてくださいマジで。どっか行って。せめて私から自由に離れられるようにしてください神様………。
じわり、じわりと浮かぶ涙を袖で拭い、辿り着いた駅の構内に入り込む。仕方ない。強行突破だ。

テメェふざけんな。
とっとと帰れ。
聞いてんのかドカス。
……俺を無視するとはいい度胸だ。

何度か銃をぶっ放されたけど、物凄く痛かったけど、悲鳴を上げたくなるのを必死に堪えてホームに滑り込んできた電車に早足で駆け込めば、とうとう諦めてくれたのかボスは大きな、それはそれは大きな舌打ちと共に銃をしまい込んでくれた。

「覚えてろよ」
「や、止めてくださいその怖い発言……悪いとは思ってますけど、私には私の人生があるんです」

ボスを助けてあげたいと思わなくもないけど、むしろさっさと私の前から消えて何処かに行って欲しいと思うけど、それでも私は自分の生活を変えるわけにはいかない。高校はタダじゃないし、バカだから授業受けなきゃすぐに置いていかれちゃう。致し方ないのだ。

「カスはどうしたってカスのままだ」
「いや、カスじゃなくてバカです。自分で言ってて悲しくなりますけど……」
「違いがあるのか?」

嘲るように言われてしまえば、私にはもう何も言い返せなかった。

三時間目は国語で漢字の小テストだった。私、昔から漢字だけは得意なんだから!!

「ほら! 百点です!」

馬鹿に出来ないだろう!すごいだろう!
そんな思いを篭めて赤い丸で埋め尽くされたプリントを指せば、何コイツうぜぇ死ね。そんな目で私を見遣ったボスの視線がプリントへと移った。

「………」

わー黙ってる!黙り込んでる!きっと読めない漢字とか書けない漢字とかあったんだね!くふふ、何かイイ気分だ!

「この程度の問題で全問正解して喜べるのか、めでてぇ頭だな」
「な……っ、」

何、だと……!?
ま、負け惜しみを……!と思ってボスを見れば、何て言うか、もう本当、ガチだった。

本気か?
この程度で?
喜ぶのか?
問題よーく見てみろ、この程度だぞ?
全問正解しない方がおかしいだろ

信じられない。ボスの真っ赤な目がそう訴えてきた。正直泣きたくなった。

「すみませんちょっと調子に乗りたかっただけなんです」

誰だって分かる問題ばかりなんですすみません。
ボスが外国人でいつも私のこと貶すからフフンざまぁみろとかやってみたかったんです。
そうですよね、普通に漢字いっぱいのニュースとか読んでましたもんね。分かるに決まってますよね。

「同情するぜ」

つらつらと申し訳ない気持ちを綴った私に、ボスはただ一言そう言った。





ゴミ捨てのついでにこの幽霊も捨てたいんですけど、ダメですか?





「リサちゃーん!」

放課後の掃除当番が終わって帰宅しようとした私を呼び止める声。振り向けば同じクラスの子が大きく手を振りながらこっちにやって来る所だった。

「ね、今日カラオケ行こうかって話してたんだけど、空いてる?」

空いてる!! めっちゃ空いてる!!
そう言いたいのをグッと堪えて、ごめんねと眉を下げた。

「今日は用事があって……」
「あー、そっかー……じゃあまた一緒に行こうね!」
「うん、ありがとう。また明日ね」

バイバーイと手を振って別れて昇降口へ。
下駄箱で上履きからローファーへと履き替えて、溜息を一つ。
いいなぁ、行きたかったなぁ。折角誘ってくれたのになぁ。
用事なんてないけど、きっとボスは煩いだの早く帰れだのと文句を言うのだろうと思ったから断った。多分この判断は間違ってないと思う。

「ねぇ、ボス。カラオケってどう思いますか?」
「るせぇ」
「ですよね」

学校を出た頃に何処かから戻って来たボスに問えば、予想通りの答え。うん、断って良かった。

「さっき誘われたんです」
「断れ」
「断りました」
「褒めてやる」

おぉ、褒められた……!ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ感動した……!!

「今日も帰ってニュース巡りですか?」
「この近くに図書館があるだろ、そこに行け」
「図書館……?」

そんな、身体がイーッてなるような場所に行けと……?
全身むず痒くなるんだよ、図書館。静かだし。怖いくらい静かだし。

「つべこべ言ってねーでとっとと行けドカス」
「ぎゃんっ!」

何も言ってないじゃないですか!
心の中でちょーっとブツブツ言っただけですよ!

そんなこと口が裂けても言えないから、私はただ「はい」と頷いて進行方向を変えた。