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信じられない。

「うおっ!? 何だ!!?」
「いや、えーと、七松君。ちょっと落ち着こう。ね?」
「いっけいけどんどーん!」
「ちょ、だから! 動かないでってば!」

せっかく集めた葉っぱが散らばっちゃう……!!
悲壮感たっぷりに叫ぶリサは足元の落ち葉の山を見つめている。片手一本で押し止めた小平太のことなど見ていない。
小平太が。あの、小平太が。片腕一本で?

「何だ、こいつ……」

文次郎の呟きを耳が拾った。
けれど仙蔵もそう思う。一体何なんだ、この女は。こんな細い腕のどこにそんな力がある?

「あー! もう! ちょっと大人しくしてなさい!」

ひょい。まさにそんな言葉が正しい。
集会の後きり丸にそうしていたように、箒を手放したリサは小平太の両脇に手を差し込むといとも簡単に抱き上げた。

「うおっ!?」
「葉っぱが散らばっちゃうから! ちょっとそっちで大人しくしててください!」

数歩進んだ先で小平太を下ろして、リサはまた箒を取りに戻る。ぽかんとしている小平太がまた突進して来ないようにと落ち葉の山を少し離れたところに移動させてまた戻ってきた。

「えーと、話はもう終わりで良いの?」
「、あ、えっと……」
「アンタ、何者だ?」

動揺冷めやらぬ仙蔵を押し退けて前に進み出た文次郎がリサを睨み付ける。

「いや、だからリサです。一応プロのハンターで」
「何でそんな力がある? おかしな術でも使ってるのか?」
「術? いやいや、ただ鍛えただけで……」
「何ィ?」

あぁ、面倒なことになった。
目をギラつかせた文次郎が鋭くリサを睨んでいる。

「どんな鍛錬をすればあのような力が手に入るというのだ!!」
「どんなと言われましても……結構頑張ったよ?」
「忍術学園一ギンギンに忍者しているこの俺よりもか!!」
「え、何……ギンギン?」

首を傾げるリサの困惑は分からなくもない。
小平太は未だ呆然としているし、伊作は「凄いねぇ」なんて笑っている。どうして笑っていられるのかも分からない。
あれではまるで人外ではないか。それこそ、先程リサが言っていた「マジュウ」とやらそのものだ。

「あー……そうだ。弟の友達はね、五十キロの重りとか付けて鍛錬してたよ」
「何……? 五十キロ、だと……」
「そう。腕と足と、あとー……あ、あと胴体に百五十キロの――」
「っ、馬鹿にするな!!」

文次郎が声を張り上げた。驚くリサを睨み付ける文次郎は馬鹿にされたと思ったに違いない。
仙蔵自身、信じられないのだ。百五十キロ? 馬鹿げている。文次郎が普段使っている算盤だって十キロのものだ。あれを五つずつ両手足に付けた挙句、更に十五個を背負えとでも言うのだろうか。馬鹿げている。

「いや、馬鹿にしてなんか――」
「貴様にそれが出来るとでも言うのか!?」
「え? はぁ……まぁ、それくらいなら」

出来る、けど……。リサの声が尻窄みになっていく。文次郎の不機嫌が最高潮に達したことに気付いたらしい。
どうしよう。困ったような顔をするリサは、どうも嘘を言っているようには見えない。仙蔵たちを騙そうとしているようには見えない。熱くなっている文次郎は気付かないのだろうが、冷静に見ていれば彼女が正直に話していることが分かってしまう。
いっそ、自分も冷静に物事を判断出来なくなっていれば良かったのに。

世界が違うだけでこんなにも力の差がある。
それが事実なら、自分たちは一体どうすれば良いのか。こんなにも必死に鍛錬をして、それでも腕一本で押さえられてしまう程度の力しか持てないなんて。

「えっと……潮江君? あの、」
「文次郎。帰るぞ」

リサの言葉を遮って文次郎の襟首を掴むと、文次郎は納得がいかない様子でがなり立てた。けれど、それを聞いてやる余裕など仙蔵にはない。今はただ、とにかくこのリサという存在から離れたかった。一刻も早く離れなければと思った。そうしなければ自分はおかしくなってしまうような気がした。
ついでに小平太の腕も引っ張って共に歩き始めると、リサはもう何も言わなかった。伊作たちが追ってくる気配がなかったが、別に構わなかった。とにかく離れたかった。

「……私はまだまだなのか」

長屋の傍まで戻ってくると小平太がぽつりと呟いた。
身を以て力の差を見せ付けられた小平太は、きっと自分以上にショックを受けているのだろう。むっつりと黙り込んでいる文次郎を振り返れば、文次郎は手にしていた十キロ算盤をぐっと握りしめていた。

悪い人じゃない。
伊作の言葉はおそらく正しいのだろう。仕事をきちんとこなしながらも、彼女は自分たちの質問に真摯に答えてくれた。

悪い人じゃない。
正直者なんだろう。異世界云々も、本当のことなのかもしれない。

それでも。

「……彼女は、ここにいるべきではない」

だって、そうでなければ。
きっと恐ろしいことになってしまう。

漠然とした不安を抱えたまま、仙蔵はそっと目を閉じた。