酔っ払い


これは夢か幻か。

「えへへー、マルコさん、だぁいすきです」

俺の肩に頭を傾けてふにゃりと笑うリサ。酒の臭いに混じって微かに漂うのはシャンプーの香りだろうか。
俺の肩に頭を擦り付けて「うにゃー」だの「へへー、いいにおい」だの、俺の理性を試すような独り言を口にしている。リサに気付かれないようにこっそり自分の腿を抓ってみると、夢じゃないぞと鈍い痛みが応えてくれた。

「俺も、大好きだよい」
「わぁ! ホントですか?」

キラキラと目を輝かせるリサに一つ頷けば、リサは本当に愛らしい笑みで俺を見上げた。

「じゃあ、おそろいですね」

太腿を抓る指に更に力を篭めてもう一度確認。夢じゃない。
擦り寄るリサの額にそっと唇を落とす俺の口元はだらしなく緩みきっていた。




数週間ぶりに上陸した島で手に入れた胡散臭い酒。どんなに酒に強い人間でも、その酒を飲めばたちまち酔っ払ってしまうという噂を聞き付けて、買出し班だったサッチの隊が買ってきやがった。勿論、その中には四番隊に所属するリサもいたから怒鳴る事も舌打ちする事もしなかったが。酒盛りが楽しみだと笑う四番隊隊員達に混じって微笑むリサを見てしまえば、そんな事出来るはずもなかった。

「そりゃ、まずは買ってきた奴らが飲まねェとな」

有無を言わさぬイゾウの言葉により、まずは四番隊の誰かが飲もうという話になった。そんでもって、何故か白羽の矢が立ったのはリサだった。いつも嗜む程度にしか飲まないリサの酔っ払った姿を見たいと考えた奴らは即座に賛同の声を発し、胡散臭い酒はあっという間にリサの手の中へと収まった。

「テメェら! リサに何かあったらどうすんだよい!!」
「大丈夫ですよ、マルコさん。酒屋のご主人も毒なんかじゃないって言ってましたし」
「けど、」
「このお酒、甘い香りがするんです」

可愛らしい笑みと共に「ほら」なんて差し出されれば顔を寄せて匂いを嗅ぐしかなく。リサの言う通り甘ったるい匂いに俺は僅かに眉を顰めた。

「ねぇ、リサ。本当に大丈夫?」

心配そうなERRORに一つ頷いたリサは、迷う事もなく「いただきます」と一気に酒を飲み干した。小さなグラス一杯分の酒を飲み干したリサは、グラスの縁にほんのりとついた紅を指で拭いながら首を傾げた。

「何か……全然お酒って感じがしないですよ。本当にアルコール入ってるのかなぁ……」

首を傾げながら空になったグラスを見つめるリサはどう見てもいつも通り。どうやら酒の話はガセだったらしい、と俺がホッと安堵の息を吐き出したその時だった。

ERRORちゃん、ERRORちゃん」

上機嫌なリサの声がERRORに呼びかけたのが聞こえて、何気なくそちらを見た俺は即座に固まった。

「えーと……リサ?」
「ふふー、ERRORちゃんだいすき」

そこにはERRORの首に腕を回して頬に何度も唇を寄せているリサがいた。大好きと言われ慣れているERRORも、さすがにキスされる事は珍しかったのか戸惑い気味にお礼を言っている。

「リサ? どうしたの?」
「んー?」
「えーと……もしかして、お酒が効いちゃった?」

引き攣った笑みでサッチがリサに近付く。次の瞬間、リサがサッチに抱き付いた。

「ふふー、サッチさんもだーいすきです」
「あああ、ありがとう! す、すごく嬉しいんだけどっ、離れてもらわないと怖いかなーなんて!!」

動揺を露にサッチが叫ぶ。サッチの胴に腕を回してぴったり頬をくっつけるリサに、色んな感情が一片に押し寄せた。俺がどんな顔をしてるかは分からないが、ERRORとタミが慌ててリサを引き剥がしたのを見るとそれなりに酷い顔をしてるんだろう。怒ってるのか悲しんでるのかも分からない。羨ましげな顔じゃなかった事を祈るばかりだ。
そんでもって、リサはタミに抱き付いてERRORにしたのと同じように頬にキスを贈っていた。

「エースくんもすきー!」

エースに抱き付こうとしているリサを見た俺は、瞬時に移動してその細い腰に腕を回して引き止めた。寸での所でエースに抱きつけなくなったリサが首を傾げながら俺を見上げる。

「うー?」

小首を傾げて俺を見上げるリサに、咄嗟に顔を逸らして口元を隠す。ニヤけるな、俺。出るな、鼻血。咳払いを一つしてリサに視線を戻すと、リサは抱き付く事が叶わないからと、手を伸ばしてエースのくせっ毛を撫でていた。

「俺が見てるから、お前らは向こうで飲んでろ」
「マルコさんのくせに生意気!! リサに何するつも――いだっ!」

タミの頭に拳骨を落としてサッチ達を睨み付ける。逆らわない方が良いと判断したサッチ達は、渋々と(本当に渋々と)船首の方へと移動していった。逆に俺はリサを連れて船尾の方へと向かった。

「あれー? どうしてみんなむこうにいっちゃうの? ERRORー? タミちゃーん?」
「アイツらは向こうで菓子でも食ってくるって言ってたよい」

適当な事を言って誤魔化しながら船尾へと向かう。静かなそこで漸く腰を下ろすと、リサは俺の正面にぺたりと座り込んだ。

「えへへ、ふたりきりですねー」

勘違いするな、俺。頑張れ、理性。
必死にそう言い聞かせながら「そうだねい」なんて答えるが、口元が緩んでしまうのは仕方がない。
思わず伸びた手が勝手な事をしないように力を篭め、そっと頭を撫でるとリサの顔がふにゃりと緩んだ。

「マルコさんになでてもらうの、すきです」
「そうかい」

よし、明日から沢山撫でよう。密かに決意しながら、気持ち良さそうに目を閉じるリサをジッと見つめる。

「なぁ、リサ」
「はーい」
「すきだよい」

未だに告げられない想いを口にすれば、リサは嬉しそうに顔を綻ばせて俺に抱きついてきた。何度だって言ってやる。頑張れ、理性。

「わたしも、すきですよーい」

俺の口癖を真似てリサが笑う。

「すきだよい」

何度も、何度も告げる。

「すきですよーい」

可愛らしい笑みと共に返ってくる言葉に淡い期待を抱いて。
これは夢か幻か。どっちだって良い。というかどっちも同じだ。

「リサ」
「はい」
「すきだよい」
「わたしもですよーい」

現実である事を強く願いながら、何度目か分からない行動を繰り返す。脚の間にすっぽり収まったリサに気付かれないように腿を強く抓れば、痛みが現実だと後押ししてくれた。夢じゃない。幻でもない。痛い。現実だ。

「どれくらい?」
「とても」
「とても? もっと分かりやすく言ってくれよい」
「とっても、とーっても、よい!」

まるで子どものように、ピンと伸ばした腕で円を描くようにして気持ちの大きさを表すリサ。叫び出したいのを必死に堪えて、それでもだらしなく緩む顔はどうする事も出来ずにリサを抱きしめた。

「俺も、凄く好きだよい。……嬉しいって、思ってくれるかい?」
「はい、とーっても! うれしいです、よい」

「えへへー」とはにかむリサ。あぁ、ダメだ。頑張れ、理性。そう訴えれば、頭の片隅で「無理だ」という声が上がる。俺に抱き付きながら、胸の誇りにぴったりと頬を寄せるリサの頭を優しく撫でる。顔を上げたリサは、酒の所為か僅かに潤んだ目で俺を見つめていた。

「リサ……」

ゆっくりと身を屈めて、そっと顔を寄せる。リサの潤んだ目がゆっくりと瞼の裏に隠されていく事に歓喜しながら、唇までのほんの少しの距離を一気に縮めようとした。

唇が触れる。そう思い目を閉じた瞬間だった。

ドサッという音と共に太腿に重力がかかる。ゆっくりと目を開ければ、俺の膝を枕にしながらすやすやと眠るリサのあどけない寝顔が見えた。

「………!!」

あとちょっとだったのに……!!
そう叫びたいのを必死に堪えて、眠るリサのこめかみにそっと唇を落とす。これくらいは許されるはずだ。

翌日、目を覚ましたリサは何も覚えていなかった。

「あの……私、何かしちゃいました?」

俺が面倒を見ていたのだとサッチから聞いたらしいリサが、不安げに俺を見上げる。俺はと言えば、眠ったリサを部屋に送り自室に戻ってからの疚しい事情もあって、視線を逸らしたい衝動に駆られながら笑顔を貼り付けていた。

「いや……いつもと変わらなかったよい」
「なら良いんですけど……あの、ありがとうございました」

照れ臭そうにはにかむリサの頭を撫でてやれば、リサは目を丸くしてから照れ臭そうに笑った。

「恥ずかしいですよ」
「嫌かい?」

意地悪くそう尋ねてみれば、リサはまた一瞬だけ目を見開いてから、昨日の夜のように可愛らしく笑った。

「嬉しいです」
「そりゃ良かった」

緩む顔をどうする事も出来ずにいると、遠くからかけられるサッチの声。

「おーい、マルコー! オヤジが呼んでるぞー!」
「あぁ、今行くよい!」

手を挙げながら答え、リサを振り返る。リサはもう一度俺に頭を下げてお礼を口にした。

「ありがとうございました」
「礼を言われる事なんざ何もしてねェが……そうだねい、リサ」
「はい?」
「俺のこと、好きって思ってくれるかい?」

ニヤリと笑って言えば、キョトンと目を丸くするリサ。頭を軽くポンポンと叩いて背を向けて歩き出した俺は、数秒後、微かに聞こえた『それ』に思わず足を止めた。





すきです、よい」





勢いよく振り返れば、リサはもう反対方向に向かって歩き出していた。空耳だろうか。いや、でも。記憶は無いって言っていたし。本当に?
悶々とその場に立ち尽くす俺に、再びサッチの声が飛んできた。

「おーい! マルコー!! とっとと来いってよー!」
「――分かってるよい!!」

邪魔するな!と心の中で続けながら、もう一度リサの方を見る。遠くでERRORやタミと笑うリサを見てガリガリと頭を掻いた。
聞き返すタイミングも失ってしまった。きっと、もう答えてはくれないだろう。
渋々とオヤジの方へ歩きながら、さっきの声が空耳なのかどうか、リサの記憶は本当に無いのかどうか、俺は悶々と悩み続ける事となった。