「俺がERRORの父親だった」
いつもより静かな朝の食堂でマルコ隊長が放ったその一言は、モビー中に激震をもたらした。
食堂にいた奴等はみんな凍りついている。「さすがに笑えねぇ冗談だ」って声を上げたのはラクヨウ隊長で、それでもマルコ隊長は「冗談じゃねえ」と真剣な表情のままそう返す。
「リサがそう言ったんだ。俺が父親だ」
「”リサがそう言った”だと? お前まさか――」
「あぁ、まったく覚えてねぇ」
あまりにも潔いその言葉はマルコ隊長らしくて、こんな時だってのに俺は思わず笑ってしまった。
直後に「ふざけんじゃねえ!」という怒声と、マルコ隊長がテーブルごと殴り飛ばされるという騒動で誰にも気付かれなかったけれど。
マルコ隊長がERRORの父親だということ、けれどマルコ隊長自身がそれを露ほども覚えていないということはすぐに船中に広まった。
面と向かって「マルコてめええぇぇ!」だとか「隊長コノヤロー!!」なんて殴りかかるクルーもいれば、「まぁそんなこともあるだろうさ」「隊長なら有り得るよな」「昔の隊長はなぁ……」なんて苦笑いを浮かべるクルーもいた。
けじめだと考えているのか、マルコ隊長は兄弟から負わされた怪我を能力で治すことはしなかった。おかげであっという間にボロボロになって甲板に転がされていたが、決して泣き言は口にしなかったし、その顔を見るとまだ足りないとさえ思っているようだった。
「ほんと、無茶しますね」
「ジウか……」
顔中が青痣だらけでこっちが見えているのかさえ分からないが、声で俺だと判別してくれたらしい。傍らに座り込んで濡らしたタオルを顔に被せてやると、血に塗れた顔を拭きながら隊長が呻き声を上げる。
能力のおかげで痛みは瞬間的なものでしかない隊長にとって、今の痛みは久方ぶりのものだろう。体の痛みと心の痛みのどちらが痛いのか、なんて詩的なことは考えたりはしないが、顔を見れば嫌でも答えが分かってしまう。
「リサさんが心配してましたよ。隠してたのは自分なんだから、隊長が殴られるなら自分もそうあるべきだって」
「……っは、そりゃ困る」
「でしょうね。今度はアンタがリサさん殴った奴らを殴りに行っちまう」
本当に困った人だと思う。
嫌になるほど晴れている青空を眺めながら、これからのことに思いを馳せる。
領主の館での戦いから今日で三日目。もうすぐログが貯まって出港することになる。どんなにクソ野郎だったとしても領主だった男を殺したのだから、海軍だってもうすぐ来ることになるだろう。未だに海軍が来ていないことが不気味だが、正直今は来ない方がありがたい。
「他の奴らは出港準備してるってのに、隊長のアンタがこれじゃ俺らはどうすりゃ良いんですか」
「……すまん」
「それに……タミも泣いてました」
マルコ隊長が抵抗もせず能力を使うこともせず殴られ続けている間、タミは真っ青な顔で泣いていた。食欲もないようで、ここ数日ですっかりやつれちまってる。
「治す気がないんなら、医務室行ってきたらどうですか」
「ERRORが気ィ遣っちまうだろうが」
「じゃあナース呼んできますよ。その状態じゃ何も出来ないでしょう」
「いや、いい」
頑固者。口には出さずとも伝わったのか、微かに笑った隊長が「わりぃな」と呟く。
「しばらく頼む」
「まったく……全部終わったら酒でも奢ってくださいよ」
返事にもただの呻きにも聞こえる声を聞きながらその場を後にする。向かう先は一番隊のクルー達のもと。誰もが心配そうに俺を見てきては「隊長は?」なんて聞いてくる。全て聞いて憤っている奴だっているだろうに、一番最初に隊長のことを心配してしまうんだこいつらは。
「あっちで転がってる。使いモンにならねぇから、俺らだけで動くぞ」
「それは良いけどよ……いいのか? 医務室は?」
「ERRORに気遣わせるから行かねえんだとよ」
あちこちから出る溜息。気持ちはよく分かる。
「あの隊長がなぁ……」
「昔のことだから何も言う気はねえけどよ……これからどうなっちまうんだ?」
「俺らが腐ってても仕方ねえだろ。おら、とっとと仕事終わらせんぞ」
「タミは泣いてるし、ERRORは面会謝絶だし、リサちゃんは無理して笑ってるし」
「なるようになるだろ」
そう思わないとやってられない。
尚もぶちぶちと零す兄弟達の尻を蹴りつつ仕事に取り掛かる。
今日もモビー・ディック号はぎこちない。