11


リサに抱きしめられながら沢山考えた。
アタシが小さい頃に思ってたこと、この船に乗ってから思ってたこと、今思ってること。

ERRORは……船を下りたい?」
「ううん」

即座に返事をしたことにアタシ自身が驚いた。

「下りたくない。ただ……ただ、まだ受け止めきれてないだけ」
「うん……うん、そうだよね」
「正直、まだ信じられない部分もある。だって変だよ。普通だったら絶対怒るし、悲しいし、辛いはずだもん。それなのにリサってば全然怒ってないし」
「そうだね……シャンクス達にも言われたことあるけど、でも……やっぱり、良かったって思っちゃうんだよ。大変なこととか沢山あったけど、ERRORがいてくれてすっごく幸せなんだもん」

ほんと、親バカ。結局はアタシが大好きだからマルコさんに感謝してるなんて言うんだもん。

「マルコさん、いるんでしょ?」

ドアの方に向かって呼びかけると、ドアの向こうで衣擦れの音がしてゆっくりとドアが開いた。バツが悪そうに頭を掻きながら入ってくるマルコさんが「気付いてたのか」って呟く。俯いたままアタシを見ようとしないマルコさん。そんなマルコさんをリサが心配そうに見ているからムカつく。

「アタシ、お父さんが大ッ嫌い」

マルコさんの体が強張ったのが分かった。俯いたまま小さな声で返事をするマルコさんを見ていられなくて顔を背けると、気遣わしげにリサの優しい手がアタシの背を撫でた。
これから言うことをリサには聞かせたくなくて、顔を見ると察してくれたリサが頷いてドアへと向かう。マルコさんの前で一度足を止めたリサがマルコさんに微笑みかけると、マルコさんも微かに笑って目を伏せた。
リサが出て行った室内にはマルコさんとアタシだけ。深く息を吸い込んだマルコさんが顔を上げて私の所にやって来る。もう顔を伏せることをしないのは、リサに勇気をもらったから。
嬉しいのに。そこまでリサを想ってくれてることが嬉しいのに、腹立たしくて、苦しくて、悔しい。

「リサはああ言ったけど、アタシは納得できない」
「……あぁ」
「信じられないし信じたくない。忘れちゃって思い出せないのもふざけんなって思うし、そんなことがあったのにリサのこと好きになってるのも全部全部ムカつく……!」

またじわじわと涙がこみ上げてくる。
マルコさんが言い返さないことも、目を逸らさないことも、さっきのリサとのやり取りも、全部全部腹が立って仕方がないんだ。

「マルコさんのこと好きだよ。大好きだよ、でも……っ、マルコさんがお父さんだって言うんなら、アタシはマルコさんのこと好きだって思えない! だって! だって……っ」

大声を出したからまた傷口が痛む。蹲って呻くアタシにマルコさんが思わずといった調子で手を伸ばしてきたけど、触れる前につい「触らないで!」って叫んだ。

「やだよ……っ、やだ、やだ……っ! なん、なんで……っ、ひぐっ、なんでマルコさんなの……!?」
ERROR……」
「おとうさん、なってほしかったのに……っ、信じてたのに!」

滲む視界に映り込んだマルコさんの行き場を失くした手が固く拳を作る。きっとアタシに父親だと告げた時と同じ顔をしているんだろう。自分が赦せなくて、苦しくて、アタシとリサに申し訳ないって顔。思い出しただけでアタシの胸も痛くて苦しくなるのに、赦してあげられない。だってアタシはまだ受け止められない。

「最ッ低! 嫌い! 大ッ嫌い! そんな最低な奴になんかリサはあげないから!! 絶対やだ! リサが良いって言ったって、アタシが嫌だから! 絶対嫌だ!」
「…………あぁ、分かってる」
「……っ、なん、なんで、そんな、かんたんに言うのっ! 嫌だって言ってるんだよ!? まる、ひぐっ、まるこさん、リサが好きなの、知ってるのにっ! やだって言ってる、のにっ」

頭がぐちゃぐちゃだ。
マルコさんになんか、リサを渡したくない。最低な父親になんか渡したくない。そう思うのに「分かってる」なんて聞き分けられてショックを受けてる。アタシ、もうぐちゃぐちゃだ。最低だ。マルコさんだけじゃない。アタシだって最低だ。

痛い。痛い。傷口が熱を持ってるのが分かる。頭がガンガンする。心臓の辺りがぎゅっと鷲掴まれたみたいに痛い。全部全部、死ぬほど痛い。

「…………どうしてもな、思い出せねぇんだ」

静かな声が耳に入ってくる。まるで感情がごっそり抜け落ちちゃったような、不安を煽るようなそんな声。思わず顔を上げると、伏し目がちに微笑むマルコさんの顔が見えた。

ERRORの言う通りだよい。どうしようもなく最低な碌でなしだ。だから……そんな奴にリサを渡したくないってERRORの気持ちは当然だ」

ごめんな。マルコさんが言う。

ERRORの父親だって知って、俺の血をお前に分けて、リサと話をして……俺は、俺を赦しちゃいけねぇ。リサにしちまったことを悔やんで、侘びて、ひたすら謝り続けなきゃなんねえ――分かってんだ。俺はそれだけのことをしちまってんだから」

ごめんな。もう一度繰り返したマルコさんが力なく椅子に腰を下ろしてアタシを見た。心底困りきったような、情けない顔で笑っている。

「それなのに俺は、嬉しいって思っちまったんだ」
「、」
「心底殺してやりたいって思ってたクソ野郎が自分だったって知って……ERRORの本当の父親が俺だって知って、俺はそれが嬉しくて堪らねえ」

ごめんな。口を開きかけたまま何も言えずにいるアタシにマルコさんがまた謝る。

「アイツを傷つけたことも、お前達に大変な思いをさせたことも、それを覚えてねえことも……こんなどうしようもない自分に腹が立ってしょうがねえ。ふざけんなって自分でも思う。けど……ほんと、どうしようもねえな俺は」

そんなのずるい。震える唇を噛みしめて睨み付けると、困ったような顔で笑うマルコさんの手が伸びてきてアタシの頬に触れた。手が触れる瞬間、マルコさんの手が微かに震えていたような気がしたのは、アタシが嗚咽を堪えて震えていたからだろうか。

「どうしようもねえクソ親父のことは赦さなくていい。嫌いでいい。俺がリサに惚れてることを反対しててもいい。ERRORにはその権利がある」
「…………嫌じゃないの?」
「そう見えるかい?」

見えるわけない。強がってるだけだってアタシにも分かる。じゃあ何で良いなんて言うの? リサのこと、諦められるわけないくせに。

「俺ァどうしようもねえ碌でなしのクソ親父だから、それでも勝手に好きでいるよい。リサのことも……ERRORのことも」

ごめんな。まるで口癖になってしまったみたいにマルコさんがまた繰り返した。

「俺なんかが父親で……こんな奴に好かれちまって」
「…………ほんとだよ」

ほんと、酷いよ。文句を言いながら泣きじゃくるアタシに、マルコさんも泣きそうな声で「ごめんな」ってまた繰り返した。