05


ぐるぐる。ぐるぐる、ぐるぐる。
頭が痛い。痛い、痛い、痛い。痛くて堪らない。

”――俺が、ERRORの父親だ”

「やめてよ!」

頭の中に聞こえたマルコさんの声を掻き消そうと叫ぶ。でも、どんなに叫んでも、耳を塞いでも消えない。消えてくれない。

父親。
お父さん。

マルコさんが、アタシの。

いやだ。
いやだ、いやだ、いやだ。
だって、そんなの、だめだ。

何度も頭を振って、これは夢だと自分に言い聞かせて。けれどズキズキと痛むお腹が夢じゃないと突きつけてくる。夢じゃないのだと。これは現実なのだと。逃げるなと。

マルコさんがアタシのお父さんだって言った。マルコさんが、そう言った。今までそんな素振りも見せなかったくせに。アタシの父親を嫌っていたくせに。自分だと気付いていなかった。知らなかった。リサと出会った事を覚えていなかった。

何それ。何それ、何それ、何それ。
そんなのってない。そんなの、あんまりだ。

”無事で、良かった”

アタシが生きていて。助かって。リサはホッとしていた。声には安堵の色が浮かんでいた。
リサはアタシの為にマルコさんに話したんだろう。アタシの父親が、リサを傷付けた酷い人がマルコさんだということを。
きっと言うつもりなんかなかったんだっていうのは分かる。その気があったのなら、きっとあの島で会った時に言っていたはずだから。リサは隠し続けるつもりだった。それはマルコさんを思っての事だったのかもしれないし、お父さんにいい感情を持っていなかったアタシの為だったのかもしれない。

でも、でも、でも。あぁ、もう。何で。
何でマルコさんなの。何で。何で、何で、何で!

ぐるぐる、ぐるぐる。
『何で』『どうして』『いやだ』そればかりが頭の中をぐるぐるしてる。

全部夢だったら良かったのに。
こんなことなら、起きなければ良かった。こんな思いをするなら、起きたくなかった。

ねぇ、マルコさん。
何で覚えてなかったの。何で覚えていてくれなかったの。
リサを見た時、どうして思い出してくれなかったの。

ねぇ、リサ。
何で教えてくれなかったの。何で一人で全部背負おうとしたの。
マルコさんの気持ちに気付いてないわけ、ないのに。大切にされてること、気付いているくせに。
アタシがマルコさんとリサがくっついてくれたら良いって、そう思ってること、気付いてるくせに。

ねぇ、ねぇ、ねぇ。
二人を前にしたって聞けないのに、疑問ばかり浮かび上がってくる。
二人を責める言葉ばかり浮かんでくる。傷付けたいわけじゃないのに。また皆で笑い合いたいのに。

マルコさん。リサに酷いことしたマルコさん。
でもそれは今のマルコさんじゃなくて、昔のマルコさんで。アタシが見てきたマルコさんがそんな事をするなんて思えない。
変わった、のかもしれない。リサと出会ったその後に、変わったんだろう。そうであって欲しい。

でも、それじゃあ、その前は?
リサと出会う前は?ねぇ、リサ以外に、あと何人、同じことをしたの?
アタシ以外に、マルコさんの子どもがあと何人いるの?

そんなこと考えたくないのに。もう考えることを止めたいのに。
何度拭っても止まらない涙と同じように、疑問ばかりが次々に浮かんで、また泣いた。




ERROR

いつの間にか泣き疲れて眠って、また起きて。すっかり腫れてしまっただろう目で、ぼんやりと天井を見つめていると聞こえてきた声。静かに開いた医務室の戸が小さな音と共に閉まり、足音がアタシのベッドに近寄ってくる。エースだ。

「悪ィ、起こしちまったか?」

ごめんな、と謝るエースに力なく首を振る。
エースも聞いたのかな。アタシとマルコさんのこと。マルコさんとリサのこと。視線に気付いたエースは「あぁ、ちょっと待ってろ」なんて言ってアタシの背中に腕を通す。起きたがってると勘違いしたんだろう。抵抗せずに起き上がったアタシの背中に枕を押し込んだエースは、他のベッドからも枕を持ってきて背凭れを作ってくれた。

「………きいたの」
「ん?」
「エースも、きいたの」

問いかけたアタシにエースは一拍の間を置いて「あぁ、聞いた」と肯定した。ベッドの端に腰を下ろしたエースの視線を感じながら顔を伏せると、伸びてきたエースの温かい手がぎこちなく頭を撫でてくれる。

手が、あったかくて。
本当に、あったかくて。
じわりと涙が滲んで、湿った息が漏れた。

「しんじ、ら、ない、よね。なに、それ、て、かんじ」
ERROR……」
「ふつー、わすれる、かな。あっても、わかんなくて、しかも、すき、なる、とか」

ありえない。しんじられない。ひどすぎる。

「しんじてたのに」

するりと口から出た言葉に、目を伏せる。
アタシ、信じてた。マルコさんがリサを幸せにしてくれるって。お父さんとは違うんだ、って。
マルコさんがリサを幸せにしてくれて。きっとアタシのことも愛してくれて。アタシはお父さんが出来て、きっと嬉しくて。

思い浮かべてた未来では、リサの隣にはマルコさんがいた。
マルコさんは笑ってて、リサも笑ってて。アタシはそんな二人の間に割り込んで、二人と腕を組んで。たまにマルコさんを「お父さん」なんて呼んだりして。きっとマルコさんは照れ臭そうに頭を掻いて、それからアタシの頭を撫でてくれたりするんだろうな、なんて。
そんなアタシとマルコさんを、リサはいつものように微笑んで見つめてて。

幸せな、そんな幸せな未来を思い浮かべてた。

タミが「マルコさんずるい!」なんて叫んで強引に割り込んできて。きっとエースやサッチさんも飛び込んできて、マルコさんに邪魔すんなって怒られて。でも、きっと笑ってて。誰もが幸せそうに笑ってて。

みんなみんな、わらってて。

でも、ちがう。だって、もうそんなの、ない。
マルコさんが。だって、マルコさんが。リサだって。アタシは、じゃあ、アタシは。

すぐ傍までやって来たエースに引き寄せられて、アタシの頭はエースの肩にぶつかった。
頭を撫でる手は相変わらずぎこちなくて、でも、すごくあったかくて。

「っ、えー、す」

ねぇ、エース。
もうない。もう、ないんだよ。
アタシが思い描いてた未来は、もうどこにもないんだよ。

「えーす、えーす、っ、えー、ず……!」

全部、なくなっちゃったんだよ。
泣きじゃくるアタシの頭を、エースはずっと撫で続けてくれた。