01


ERRORが目を覚ました。
あんなにも蒼白だった顔は、いつも通りとまではいかねぇけど、ほんのり赤みがさして元気そうだ。
良かった。本当に、良かった。

ERROR
「ん?」
「へへっ、お帰り」

無事で良かった。そう続ければ、ERRORは嬉しそうに目を細めて頷きを返してくれた。

「ガキのくせに色気づきやがって」

やべ、また殴られる!咄嗟に身構えた俺の頭に伸びてきたドクターの手は、ぐっしゃぐっしゃと俺の髪を撫で回して離れていった。てっきりまた拳骨されるもんだとばかり思ってた俺はポカンと口を開けてドクターを見上げる。そこに立つドクターはいつもより優しい目で俺たちを見下ろしていた。

「まだ万全じゃねぇんだ、もう少し寝とけよ」
「うん、ありがとうドクター」

礼を言うERRORの頭もぐっちゃぐっちゃと撫で回して、それからドクターは何でもないことのように言った。

「さっきも言ったが、礼ならマルコに言っとけ」
「、」
「あ、そう言えばさっき……マルコさんが運んでくれたの?」
「いいや、運んだのはこの坊主だ」

マルコ。その名前に思わず肩を揺らした俺を目端に捉えながら、ドクターは首を傾げるERRORに淡々と説明した。ERRORの血液型が特殊で、同じ血液型のマルコが分けてくれなかったら危険だったってことを。

「そっか、マルコさんが……」

そう言えば、アタシの血液型は珍しいってリサが言ってたっけ。独り言のように呟くERRORの顔を見ていられなくて目を逸らせば、俺の心を読んだかのようにドクターの手が俺の肩を叩いた。つられるようにドクターを見上げれば、ドクターはやっぱりいつもより優しい目で俺を見下ろしていた。

「…………」
「――ん? どうしたの、エース」
「、な、何が!?」
「何か元気ないから……ごめんね、心配させちゃったんだよね」
「あ、いや……」

上手く言葉が出てこない。俺は何を言えば良いんだ?いや、違う。俺が言うことなんか何もない。俺が口を出すべきじゃない。分かってる。分かってるけど、だから余計に何て言ったら良いのか分からない。

「エース?」
「、」
「疲れたんだろ。ずっと嬢ちゃんにべったりだったからな」

助け舟を出してくれたのはドクターだった。俺の頭に帽子を被せながら、ERRORにさっきまでタミたちもいたんだと教えてやれば、ERRORの少し落ち込んだような声が「そっか・・皆に心配かけちゃったんだ」と呟く。

「まだ本調子じゃねぇんだ、もう少し寝てろ」

ERRORにそう告げると、ドクターは帽子の上から俺の頭を叩いて言った。

「お前も部屋戻ってちゃんと休んでこい」
「、でも」
「目ェ覚めたんだ、もう大丈夫だろうよ。お前がひっついてたら嬢ちゃんだって寝れねぇだろうが」

そう言われてERRORへ視線を向ければ、ERRORは情けない顔をしてるだろう俺を見上げて安心させるように笑う。

「大丈夫だよ、エースもちゃんと休んで」
「………分かった」
「傍にいてくれてありがとう。その……嬉しかった、です」

照れ臭そうに笑うERRORに俺も笑みを返して、またドクターに「いちゃついてんな」ってどつかれて。さっきよりも少しだけ軽くなった気持ちで立ち上がると、俺の肩から毛布が滑り落ちた。そういや、いつの間にかかかってたな。寝てる間にドクターがかけてくれたんだろう。何だかんだ言って優しいからな、ドクターは。

「ドクター、これサンキュ」

拾い上げた毛布を差し出しながら礼を言えば、ドクターは受け取ったそれを適当に畳みながら「俺じゃねぇよ」と俺の言葉を否定する。

「え?」
「お前が飯食いながら寝ちまった時にシュガーがかけたんだ」
「、そ、か」
「お前が寝てすぐにタミの奴も寝ちまってな。アイツ、寝ちまったお前を笑ってたくせに、飯食い終わった途端自分もすぐに鼻提灯出しやがって。ロナンが部屋まで運んでったんだぜ」

呆れたようなドクターも、それに重なったERRORの笑い声も俺には遠くに聞こえた。
シュガーが。そういや、俺、シュガーのこと突き飛ばしちまったんだ。ERRORのことで頭がいっぱいだったとはいえ、酷ェことしちまった。あんなに強く振り払ったりする必要なかったのに。アイツ、怪我とかしなかったかな。今になって心配になってきた。

「エース?」
「、何でもない。じゃあ……ゆっくり休めよ」

無理矢理に笑みを作って出口へ向かう。ここを出たら、謝りに行こう。何て言ったら良いのか上手く浮かばねぇけど、きっと謝るなら早い方が良いに決まってる。ドアに辿り着き取っ手に手をかけようとしたその時、ガチャリと音がしてゆっくりとドアが開いた。

「、」
「………」

目の前に現れたマルコの姿に息が止まる。マルコも俺を見下ろしていて、けど何も言わない。

「あ、マルコさん」

後ろからERRORの弾んだ声がマルコの名前を呼んで、俺とマルコは同時に身体を揺らした。
あぁ、そうか。マルコも緊張してるのか。そう思ったら、身体は勝手に動いていた。一歩横にずれて通り道を作ってやった俺をマルコはじっと見つめて、それでもやっぱり何も言わないで足を進めた。
すれ違いざま、マルコの手が俺の頭を帽子越しに撫でてった。

「調子はどうだい?」
「大丈夫。ありがとう、マルコさん。ドクターから聞いたの、血を分けてくれたって」

背後で聞こえる会話に胸が締め付けられて、苦しくて。
この後、マルコはERRORとちゃんと話をするんだろう。リサとの話がどんなものだったのかは分からねぇけど、こうしてここにいるってことはちゃんと話がついたってことだ。
ERRORはきっと傷つくはずだ。マルコとリサの仲を応援してたからこそ、余計に。関係ない俺やタミがあんなに苦しかったんだ、ERRORはもっと辛いに決まってる。

奥歯を噛みしめながら医務室を後にした俺は、皆が集まってるだろう食堂へと向かった。この時間ならサッチやリサは飯の準備をしてるはずだ。
食堂に入ると、そこにいた皆が一斉に俺を振り返った。あちこちから聞こえる「ERRORは!?」と尋ねる声や、心配で仕方ねぇって顔を見てたら何だか胸が熱くなってくる。

「大丈夫だ。さっき目ェ覚ました」

一拍の間を置いて食堂中が歓喜の声に満ちた。肩を組んで良かったと笑い合い、中には泣き出してる奴だっている。そんな奴らに自然と笑みが広がってくのを感じながら奥へと足を進めれば、イゾウやジウたちの姿を見つけた。

「良かったな」
「良いのか? ERRORを一人にしちまって」
「あぁ……今、マルコと話してる」

イゾウの問いかけにそう返せば、そうかと呟きながらイゾウたちは静かにコーヒーを啜った。俺やタミみたいに取り乱したりしなかったけど、こいつらだって思うところがあるんだろう。

「リサは?」
「奥だ」

厨房を指して教えてくれたアシュに礼を言ってそっちに向かう。厨房の中も歓喜の声で満ちていた。包丁持った手を高く突き上げて「良かったー!!」と叫ぶ奴らの合間を縫うようにして奥へ進めば、一番奥で両手に顔を埋めるリサの姿を見つけた。サッチの背中に額を押し付けるようにして泣くリサに、サッチが笑いながら何かを言っている。
二人の様子はまるで本物の兄妹のようで、何でか分かんねぇけどリサが小さな子どものように見えた。

「お、エース」

俺に気付いたサッチがひらひらと手を挙げる。いつの間にか足を止めていたことに気付いた。

「良かったな」

嬉しそうに笑うサッチに頷きを返せば、鼻を啜り涙を拭ったリサが照れ臭そうに俺に笑いかけた。

「ありがとう、ERRORの傍にいてくれて」
「良いんだ、俺がいたかったから。リサは良いのか?」
「うん……マルコさんが話したいって言ってたから」

その後まで我慢する。そう言って包丁を握ったリサは、きっと今すぐにでもERRORに会いに行きたいんだろう。けど、無駄に人に気を遣うリサだから、マルコの気持ちを優先して譲ってやったんだと思う。

「ちゃんと話せると良いな」

サッチのその言葉に、俺とリサは顔を見合わせてどちらともなく苦い笑みを零した。

「おら、お前ら! 早く持ち場戻んねぇと飯の時間どんどん遅くなっちまうぞ!」

サッチの一喝で皆はすぐに調理を再開した。相変わらず口々にERRORの目覚めを喜ぶ声が聞こえるが、その手は休まることなく飯を作っている。このままここにいると間違いなくつまみ食いしちまいそうだと思った俺は、あちこちから漂う美味そうな匂いに後ろ髪を引かれながら厨房を後にすると、イゾウたちと一緒にエリザがいた。

「聞いたわ。ERRORが目を覚ましたんですってね」
「あぁ。――あ、その、よ」
「何?」
「その……シュガー、どこにいるか知ってるか?」

尋ねた俺の声は情けねぇくらい小さくて。顔を隠すように帽子を目深に被る俺の耳にエリザのくすくす笑う声が聞こえてくる。情けねぇ。

「部屋にいると思うわ。行ってらっしゃい」
「、いいのか?」

普段、ナースの部屋がある通路は俺らは出入り禁止だ。許しがもらえれば行っても良いらしいが、そう簡単に許しがもらえるはずもない。現にサッチは過去に何度もお願いして敢えなく玉砕してた。

「今回だけ特別よ」

そう言ってにっこり笑ったエリザは、それぞれの部屋の扉にネームプレートがかかってることを教えてくれた。

「サンキュ!」

帽子をぐいっと押し上げ、俺は一目散に食堂を飛び出した。