03


「はい、これで終わりよ」

サンドラの声に目を開ければ、視界の端で器材を片付けるサンドラの姿が見えた。そろりと顔を横に向ければ、隣のベッドに眠るERRORの横顔が見える。輸血したおかげで青白かった頬に赤みが戻っていた。
それにホッと安堵すると同時に、やはり同じ血液型なのかと心臓がスッと冷えていく感覚に襲われた。

俺の、娘。
ERRORが。

リサが嘘を付くような奴じゃないことは知ってる。だから、リサが言うのなら間違いはないのだろう。
リサを襲った奴ら助けておいて自分で襲った最低なクソ野郎――まさかそれが俺だったなんて。

最低だ。
最悪だ。

目を閉じると瞼の裏にリサの困ったような顔が見える。
何度も何度も見ていたあの顔だ。一人で思い悩んでいた時の、あの顔。

ずっと思っていた。何を考えているんだろう、と。
ずっと願っていた。いつか話してくれないだろうか、と。



”マルコさんなら……――ERRORの父親なら”



「――っ、」

耐え切れなくなって身体を起こせば、貧血の所為かくらりと目の前が歪んだ。

「無理するな。ぶっ倒れるぞ」

ドクターの声を無視して立ち上がった。相変わらず視界は歪んでいた。
耐え難い頭痛と吐き気は貧血からくるものでないという事は、訴える胸の痛みが嫌というほど思い知らせてくれる。
カーテンを開けた俺の視界に飛び込んできたのは、今にも死んじまいそうな顔をしたエースの情けない顔だった。

「なぁ、もう良いよな? な?」

切羽詰った様子で、エースが俺の後ろにいるドクターたちに問いかける。背後で誰かが溜息を零した音が聞こえて、直後に「好きにしろ」という呆れたようなドクターの声が聞こえてきた。

「っ、ERROR……!!」

俺を押し退けてベッドに駆け寄るエースの背をぼんやりと眺めた。
本当は俺もあそこに、ERRORの傍にいてやりたい。ERRORが目を覚ました時、皆でベッドを囲んで寂しくないようにしてやりたい。けど、あそこにいる資格が俺にはない。
グッと拳を握りしめて奥歯を噛み締めていると、視界の端に誰かの靴の爪先が映り込んだ。それが誰かなんてすぐに分かる。

どうしようもないくらい惚れちまった相手だ。
そんでもって、どうしようもないくらい傷付けちまった相手だ。

「マルコさん……」

その声につられるように顔を上げれば、今にも泣きそうな顔のリサが俺を見つめていた。

「ありがとう……ありがとうございます……!」

ERRORを助けてくれてありがとう。そう言って頭を下げるのは紛れもなく娘の身を案じる母親の姿だ。

それなら、俺は?
自分が父親だと知らないまま、今までずっと――。

リサの後ろに立つタミから向けられる責めるような視線に胸が軋む。タミを支えるようにして立つサッチからの困惑の視線までもが俺を責める。あぁ、くそ。気持ち悪い。吐きそうだ。

「っ、」
「あ、タミ……!」

医務室内の空気に耐え切れなくなったのか、ただ俺と同じ空間にいたくなかったのか。サッチの手を振り払ったタミが医務室を飛び出していく。逃げるように遠ざかるその背中をぼんやりと眺めていた俺は、すぐ近くから聞こえた小さな謝罪の言葉にハッとして視線をリサへと戻した。
悲しげに顔を歪ませたリサは、決して俺と視線を合わせようとしないままに謝罪の言葉を繰り返す。

「ごめんなさい……こんな形で知らせてしまって……」
「………、」

何か――何か言わなければならないのに。
震える唇からはどんな言葉も出てこない。そもそも、一体何を言えば良いのか分からない。

言えるはずがない。
何も覚えてない、なんて。

リサの言葉が嘘だとは思わなかった。
だからこそ何とかして思い出そうと輸血の間も記憶の糸を辿ってみたけれど、結局何も思い出せなかった。

言えるわけがない。
言えるわけがないんだ。

目の前が歪む。
吐き気がして、
頭が痛くて。

あぁ、やばい。

「――マルコ」

足元から崩れ落ちそうになったその時だ。いつの間にか傍にいたサッチの声と肩を掴んだ手に意識が浮上した。

「血ィ抜いたばっかだ、少し寝てこい」
「………、」
「話はその後だ。……リサちゃん、構わねぇだろ?」
「………はい」

おら、部屋行ってこい。
背中を押される形で漸く足を動かした俺は、振り返ることも出来ないままのろのろと医務室を出た。
廊下に出ると、いつからいたのかイゾウやジウ達がいた。タミが戸のすぐ横に座り込んで膝を抱えている。サンダルで俺だと認識したタミがびくりと肩を揺らし、膝を抱える腕に力を篭めた。頑なに顔を上げようとしないタミに自然と自嘲の笑みが浮かぶ。

「隊長……」

躊躇いがちなジウの声に顔を向ければ、気遣わしげな顔で俺を見つめたジウが、オヤジへの報告が済んであることを報せてくれた。

「あぁ……ありがとよい」
「いえ………ゆっくり休んでください」

タミから事情を聞いているだろうに俺を気遣ってくれるジウに何とか笑みを作ってみせ、覚束無い足取りでその場を後にした。

「ったく……今にも死にそうなツラしやがって」

背後で零したイゾウの声は、俺の耳に届くことはなかった。