02


守るべき領主がいなくなったことで、海兵たちは戦いもそこそこに引き上げていった。念の為にざっと見回してみるが負傷者は見当たらない。俺らの役目は済んだ。早くモビーに戻ってERRORの容態を確認しなければ。

「アシュ、イゾウ隊長は?」

すぐ近くにいた同隊のアシュに問いかければ、無言のまま親指で森の方を指す。指先の方を視線で辿れば、一人だけ戦いに参加せずのんびり銃の手入れをしている我らが隊長様を発見した。

「隊長! 終わりましたよー!」
「あぁ、じゃあ帰るぞ」

銃身を拭いていた布を袂にしまい込み、隊長が船へ向けて歩き出す。手応えのない戦いに文句を言っている暇はない。俺とジウも急いで隊長の後を追った。
いつもより早足でモビーに戻ると、マルコ隊長の代わりにオヤジに報告に行くと言うジウと別れ、俺はイゾウ隊長、アシュと共に医務室へと向かった。向かう途中で聞いた話では、ERRORは相当やばい状態らしい。俺らの足は自然と早まっていた。

医務室の前までやって来ると、タイミング良く戸が開いて何かが飛び出してきた。何事かと驚く俺の視線の先で、咄嗟にイゾウ隊長を引き寄せて代わりに前に進み出たアシュが、僅かによろけながらその腕に受け止めた何かを見下ろす。

「っと――タミ……?」

どうした、危ないだろ。まるで母親のようなことを口にしながら、アシュの手がタミの顔にかかる髪を左右へと掻き分けた。

「どうした」
「タミ……?」
「お、おい……」

イゾウ隊長、アシュ、俺の台詞が重なった。
ぼろぼろと零れた涙が次々に頬を濡らしていた。真っ赤に腫れた目元は何度も擦った所為だろうか。

「退け」

イゾウ隊長の短い命令にアシュが素早く身を引く。代わりにタミの前に立ったイゾウ隊長は自然な動作でタミの頬を濡らす涙を拭い取り、皺の寄った眉間に指を押し当てた。

「何てツラしてやがる。見るに耐えねぇぞ」

言ってることは散々だが、触れる指先も声音も驚くほど優しい。イゾウ隊長を見て安心したのか、タミは益々涙を溢れさせてイゾウ隊長に抱きついた。食いしばった歯の隙間から漏れでる呻き声。只事ではない。まさか、と息を呑みアシュと顔を見合わせたその時、背後からジウの声が聞こえた。

「タミ……? どうしたんだ?」

イゾウ隊長の腕の中で泣き腫らすタミに慌てたジウが俺の脇を通り抜けてタミの元へ駆け寄る。イゾウ隊長の腕の中にいるタミの頭を優しく撫でて問いかければ、タミは泣き止まぬまま拙い言葉で俺たちに言った。

ERRORの父親はマルコ隊長だった、と。

「………は?」

間抜けな声を上げたのは俺だけだった。
けどイゾウ隊長だってジウだって、アシュだってまさかという顔でタミを凝視している。タミが嘘をつくとは思えない。けど、勘違いということもある。よくある事だ。だからこそ話半分で――そんなことを考えていることがバレたのか、タミは言った。リサさんがそう言った、と。

「マ、ジか……」
「マルコ隊長が……?」
「そんなはずは……だって、隊長は一言も、」

アシュもジウも混乱している。俺だってそうだ。

マルコ隊長がリサさんを――?
いや、そんなはずはない。

だって、隊長は殆ど一目惚れに近い形であの人に惚れたんだ。もし前にも会ったことがあるというのならその時に惚れてるはずだ。女を力づくで、ということだって考えにくい。そりゃ十何年も前のことだから、やんちゃだったと考えれば別におかしいことではない。ないのだけれど。これは……。

「リサが言ったのか?」

イゾウ隊長の静かな問いにタミは頷いて肯定する。

「マルコも認めたのか?」
「っ、お、どろ、てた……っ」

驚いてた。そりゃそうだろう。マルコ隊長には身に覚えがないことかもしれない。もしかしたら別人が――。
けど、リサさんだ。ERRORの母親であるリサさんが認めた。自分を助けた男がマルコ隊長だと。ERRORの父親がマルコ隊長だと。間違いないのだと。

「けつえき、がた……おなじ、で」
「血液型?」
「輸血してるのか?」
「ストック無かったのか?」

あのドクターに、あのナースたちだぞ?管理不十分なんてことがあるはずがない。
訝しむ俺たちにタミは言う。ERRORは珍しい血液型で、この船にすらストックが殆どない。父親であるマルコがERRORと同じ血液型で、だからこそマルコから血を分けてもらってERRORに輸血するのだと。シュガーからそう説明してもらったのだと。

「そうか」

分かった、もう十分だ。
宥めるようにタミを抱きしめ、イゾウ隊長はチラリと俺らを振り返った。

「まだ黙ってろ」
「隊長……」
「今はERRORのことが先決だ。余計なこと考えさせるな」
「……分かりました」

まだ、他の奴らには。
信じられなかった。疑いようのないことなのだとしても、それでも。
落ち着かせる為に大きく息を吐き出して、俺は黙り込んだままの親友を見た。難しい顔で黙り込んでいるジウは苦しげな顔で強く目を瞑っている。時折否定するかのように首を振り、ぐしゃりと前髪を鷲掴んだ。

「ジウ」

大丈夫か?視線で問いかけた俺に振り向いて下手くそな笑みを作ったジウは、重い足取りで隣にやって来て座り込んだ。壁に背を預けたまま俺もズルズルと座れば、イゾウ隊長に促されてタミも向かい側に座り込む。
ポケットからハンカチを取り出したアシュがそれをタミに差し出すと、タミは掠れた声で礼を言ってハンカチに顔を埋めた。

重苦しい空気が辺りに漂っている。
ERRORの容態も心配だってのに。思いがけず投下されたのはとんでもない爆弾だった。

「なぁ、お前どう思う?」

沈黙に耐え切れなくなり声を潜めて話しかければ、相変わらず暗い顔をしたジウが両手で頭を抱えながら力なく首を振った。

「信じたくねぇ」
「だよなぁ……マルコ隊長が、って……本当に?」
「……この状況で、そんな冗談言う奴いるか?」
「だよなぁ……」

はぁ。大きな溜息を吐き出した俺の横でジウもまた溜息を零したその時だ。
静かに開いた戸から姿を現したのは、話題に上がっていた人物――マルコ隊長その人だった。