08


コンコンとノックをすると、すぐに扉が開いてマルコさんが迎えてくれた。

「お帰り」
「ただいま。お待たせしちゃってごめんなさい」
「気にすんなよい」

部屋に入れてもらってマルコさんのベッドに並んで腰を下ろすと、私はそっとマルコさんの額に手を伸ばした。街で会った時に出来てたんこぶはすっかり消えていた。

「手当てしますって言ったんですけど……治っちゃってますね」
「あー……まぁ、な。そういう能力だから」

苦笑する私にマルコさんも照れ臭そうに答える。そうだよね、傷が治る事なんて分かってたのに。

「すみません、能力のことすっかり忘れちゃってて……」
「ははっ、そんなこと言うのはリサくらいだよい」

もう一度「すみません」と謝ると、マルコさんはいつもの優しい笑顔で首を振った。ホッと息を吐いて、それから手に持ったままの紙袋の存在を思い出してマルコさんに差し出すと、マルコさんは「何だい?」って首を傾げた。

「これ、マルコさんにです」
「くれるのかい?」
「はい、いつもお世話になってるのでお返しです」

そう言って微笑めば、マルコさんは「世話なんてしてねぇよい」だなんて言いながら、でもちょっとだけ顔を綻ばせて紙袋を受け取ってくれた。

「開けても良いかい?」
「あ、はい……あの……ちょっと恥ずかしいですけど……」

紙袋の中からラッピングされた箱を取り出して、マルコさんが楽しげに笑う。リボンを解いて綺麗に包装紙を開けていくマルコさんの指を、長いなぁなんて思いながら見つめた。
箱を開けたマルコさんが私の作ったガラス細工を見つめたまま黙り込んだことに気付いて、不安が押し寄せた。

「あ、あの……その、もうちょっと上手く作りたかったんですけど……」

水色の色素を混ぜた青い鳥のガラス細工。マルコさんの不死鳥を浮かべて作ろうとしたんだけど、どうしても上手く出来なくて結局ただの青い鳥になってしまった。マルコさんに似せて作ったなんて口が裂けても言えない。

「これは……俺かい?」

それなのに、マルコさんは一番聞いて欲しくないことを尋ねてくる。肯定しようか否定しようか散々迷った結果、私は素直に謝罪の言葉を口にした。

「何で謝るんだよい」
「だって……その、全然似てなくて……何度やっても上手く出来なくて、結局ただの青い鳥になっちゃったんです……」
「まぁ……俺には似てねぇよい」

そう言って笑うマルコさんの表情をそっと窺うけど、は怒ってるようには見えなかった。

「ありがとよい、リサ。スゲェ嬉しい」
「そんな……あの……本当に、その……む、無理しなくて良いですからね? 全然似てないし、可愛くないし……歪で………ごめんなさい、かえって迷惑でしたよね。お礼どころか……」

お礼どころか、これでは嫌がらせだ。あげなければ良かったかもしれない。一度落ち込むととことん落ち込んじゃうのが私の悪いところだと分かってはいるんだけど、中々直らない。
けど、マルコさんはそんな私をあっさりと元気にさせてくれる魔法の言葉を口にしてくれた。

「リサが俺の為に作ってくれたって事が嬉しいんだよい」
「マルコさん……」
「ありがとうな」

優しく微笑んでくれるマルコさんは嘘を言っているようには見えない。そんな中途半端な出来のガラス細工でも嬉しいと言ってくれた事が嬉しくて、マルコさんの笑顔が温かかくて、何故か分からないけど無性に泣きたくなって慌てて俯いた。

「ありがとうございます」

何とかそれだけを口にすると、マルコさんは「飾っておきてェけど、勿体ねェな」なんて言いながら箱の中に戻した。

「何かの拍子に落ちて割れちまうなんて事にならねェようにしねェと」
「あ……ごめんなさい、そうですよね」

船なんだから揺れるに決まってる。嵐が来れば大きく揺れるし、ガラス細工なんて飾っておいても危険なだけだ。

「明日にでも街に行って、ケースでも探してみようかねい」
「すみません、そこまで気が回らなくて……明日買って来ますね」

ERRORもタミちゃんもきっと買いに行くって言うだろうし、また一緒に行って来ようかな。あ、でも、エース君また拗ねちゃうかもしれないし……。そんな事を考えていると、マルコさんが「一緒に行くよい」って笑った。

「でも……そんな、悪いです。ちゃんと考えてなかった私が悪いのに……」
「リサは悪くねぇよい。それに、俺が一緒に行きてェんだ。ダメかい?」

ダメな訳がない。左右に首を振れば、マルコさんは「じゃあ、明日は一緒に街に行こう」と微笑んでくれた。

「良いんですか? 明日が最後なのに……」

明後日は出航の日だから、街に行けるのは明日が最後。それなのに私と一緒で良いのだろうか。そう尋ねればマルコさんは「リサと一緒に回りてェんだよい」なんて優しい言葉を口にしてくれる。つい顔が綻んでしまうのが分かった。

「じゃあ……一緒に行きましょうね」
「あぁ」
「あ、ERROR達はどうするんだろ……多分、買いに行くって言いますよね。誘ってみようかな」
「アイツらはアイツらで買いに行くだろうよい」
「でも、買いに行く場所は同じだし……」

一緒に買いに行って、ご飯食べたりお店を見て回ったりすれば良いんじゃないかな。そう思ってた私の手にマルコさんの大きな手が重なった。

「二人じゃダメかい?」
「え……?」
「俺はリサと二人で行きたいんだよい」
「マルコさ、」
「それに、エースもERRORと二人で出かけたいって思ってるだろうしねい」
「あ、そっか……」

ずっと私達と一緒だったからエース君拗ねてるもんね。じゃあ、一緒に行かない方が良いかもしれない。タミちゃん達はどうするか分からないから、あとで聞いてみようかな。うーん、でも一緒に行くって言われたらどうしよう。マルコさんが二人でって言ってくれたのに……。

「えーと……タミちゃん達はどうすると思います?」
「アイツらも勝手に買いに行くだろうよい」
「そう、ですね。じゃあ……二人で買い物行きましょう」

笑って言うとマルコさんも笑い返してくれる。
私の手に重ねられたままのマルコさんの手にちょっと恥ずかしさを覚えたけど、何となく言う気になれなかった。

「お世話になってる人に贈ろうって話になったんです」
「これかい?」
「はい。ERRORは一緒に行こうって誘ってくれたエース君に、タミちゃんは船に乗るきっかけをくれたサッチさんと、いつも髪を結ってくれたり訓練を見てくれたりするイゾウさんに。私は……いつも傍にいてくれるマルコさんに贈りたくて……」

いつも傍で優しく笑ってくれているマルコさん。ERRORのお父さんだって事はまだまだ言えないし、言える日が来るかどうかも分からないけど……でも、贈り物をするのならこの人だって決めていた。

「感謝してもし足りないんです。今の私があるのはマルコさんのおかげだから……」
「大袈裟だねい」
「ふふっ、でも本当なんですよ。マルコさんのおかげです」

「ありがとう、マルコさん」って言い終わらない内に、私の手に重なってない方のマルコさんの手が頬に伸びてきた。じんわりと温かい手のひらが心地良くてそっと目を閉じて自分から頬を寄せると、額に懐かしい感触が降ってくる。

「マルコさんは私を甘やかし過ぎです」

額を押さえながら言えば、マルコさんは「全然足りねぇよい」なんて笑ってまた私の額にキスを落とした。

「恥ずかしいですよ」

いつの間にかマルコさんの両手で頬を包まれ、額だけじゃなくて瞼とか目尻にまでキスを落とされ始めたからそう言ったんだけど、そうするとマルコさんが額を私の額にコツンと触れ合わせて目を見つめてきた。

「リサは怖い女だよい」
「そうですか?」
「嫌がんねェのかい?」
「マルコさんに甘やかしてもらうの、好きなんです」

そう答えてから、自分がどれだけ恥ずかしい台詞を口にしたか気付いて、慌てて「子どもみたいですね」って笑った。
マルコさんは少しだけ困った顔で「ホントに、怖いねい」なんて言って私を抱きしめてくれた。マルコさんのシャツや身体から、マルコさんがいつもつけてる香水が微かに香ってきて頬が緩んだ。

「マルコさんの香り、好きです」
「そりゃ良かった。リサもつけるかい?」
「良いんですか? あ、でも……もうちょっとだけこうしててください」
「?」
「マルコさんの心臓の音、心地良くて」

前にもこうして心臓の音を聞いたなぁ、なんて考えてたら「頼むから眠らねェでくれよい」って言いながらマルコさんが喉を鳴らした。

「頑張ります」
「なぁ、リサ」
「はい?」
「何かあったら、いつでも言ってこいよい」
「え……?」

私を抱きしめるマルコさんの腕がほんの少しだけ強くなった。

「一人で抱え込むような事はしねェでくれ」
「マルコさん……」
「リサが抱えてるモン全部、受け止めるからよい」
「…………」

昼間の事を言ってるんだろう。この人は、本当に何処までも優しい人だ。優し過ぎて、時々すごく苦しくなる。今もそう、泣きたくて仕方ない。

「………私は……大丈夫ですよ」
「……………」
「ちゃんと……いつか全部話しますから……だから、もうちょっとだけ……意地を張らせてください」

過去を明かす事も出来ない、ERRORの父親を明かす事も出来ない。この船に乗って、私は弱くなってしまった気がする。
皆が優しくて、温かくて。無条件に私を信頼してくれて、受け入れてくれるから。汚くて弱い自分を見せるのが怖くて堪らない。何でもないフリをし続ける事しか出来ない。
マルコさんはそんな私に気付いてるのにこうして甘やかしてくれる。何処までも優しくて、ちょっとだけズルイ。

「疲れたらいつでも言えよい」
「そうですね……たまにこうして甘やかしてもらいに来ます」
「毎日でも構わねェよい」
「そんな事になったら、私マルコさんから離れられなくなっちゃいますよ」

心地良い場所を作ってくれるから。甘やかしてくれるから。マルコさんがいないと生きていけなくなってしまう。
ERRORだけで良いと思っていたのに。この船に乗って大切な人が増えすぎた。

「大歓迎だ」

そう言って、マルコさんがまた私の額に自分の額をくっつけた。近くで見るマルコさんの目は真っ直ぐ私を見つめていて、青い瞳に私の目が映っているのが見えた。

「恥ずかしい、です」
「そうだねい」

囁くたびに吐息が唇に当たって擽ったい。何だか心臓が煩くなってきた気がする。

「マルコさん、」
「ん?」

見つめ合ったままのマルコさんの目が細まる。

「いつか、全部話した時……マルコさんはマルコさんの好きなようにしてくださいね」
「? どういう意味だい?」
「自分にも優しくしてあげてください、って事ですよ」

微笑んで言うと、マルコさんは一瞬目を丸くしてからまた目を細めた。

「心配しなくても、俺は十分自分に優しくしてるよい」
「嘘ですよ」
「嘘じゃねェって」
「嘘ですって」

額を合わせたまま小さく笑い合う。それから、マルコさんが私の両頬を包み込んで優しく微笑んだ。

「嘘じゃねェよい。証拠見るかい?」
「え?」

マルコさんの顔が更に近くなった気がした。

「………」
「あ、……えっと、何か、ごめんなさい。つい条件反射で……」

手の甲が当たって喋りにくいけど、何とかそう告げるとマルコさんは何処か遠い目をしてからゆっくりと離れていった。指の腹の部分に当たっていたマルコさんの唇の感触が無くなった途端、何故か分からないけどちょっとだけ寂しく感じた。

「あの……ごめんなさい」
「いや……俺も悪かったよい、ちっとばかしやりすぎたかねい」

苦笑を浮かべてマルコさんが私の頭をくしゃりと撫でる。何だか一気に気まずさが押し寄せてきて、それを何だか寂しく思いながら私は立ち上がってマルコさんに頭を下げた。

「明日、楽しみにしてますね」
「あぁ」

微笑んで手を挙げるマルコさんに私も手を振って部屋を後にした。

「………ふぅ、」

つい咄嗟に手を挟んでしまった。マルコさん、怒っちゃったかな……?
ビックリしたけど……一瞬だけあのままでも良かったかな、なんて思った、かもしれない。身体が勝手に動いちゃったのは、昔を考えれば仕方ない事だけれど。

「……………」

うん、やっぱり恥ずかしいから……まだ無理、かな。
熱くなった頬を押さえながら歩きだしてすぐ、マルコさんの部屋の中からゴンゴンと大きな音が聞こえた気がしたけど……気の所為、かな?