「飯!」
「ったく……お前は食う事しか頭にねーのかよい」
「今はそれしかねぇ!」
一週間ぶりの上陸。エースとマルコと一緒に島に降りてみれば、エースは飯の事ばっか。ったく、嫌になるぜ。俺はもっとオトナの楽しみを期待してたのによぉ……つっても、見る限りじゃこの小せぇ町に娼館があるようには見えねぇし、ごくごく普通の田舎町って感じだ。ある意味期待外れ。
まぁ、それなりに大きな港だし、しょっちゅう船は入って来てるみたいだからそれなりに物資は揃ってるみたいだから食糧や物資の調達には困らねぇだろうな。この町が大きくないのは、町の奴らにそういう欲ってモンが無いからなのかもなぁ、いや、ホントに平和だわ。
そんな事を考えながら歩いてると、少し先に飯屋の看板が見えた。フォークとスプーンが描かれてる看板は間違えようがねぇ。エースが目を輝かせてそこに向かって突進してく。お前、上陸直前まで船で飯食ってただろ!
「ったく、俺らの弟は食い意地張ってんなぁ」
「女と見りゃあ見境無く突進してくお前と良い勝負だよい」
「女は財宝と同義だぞ!」
胸を張って言えば返ってくるのは「くだらねぇ」の一言。このパイナップルが! 確かに俺らはそれなりに歳食ったオッサンだけどなぁ、まだ枯れるには早ぇんだよ! それともお前、もう枯れたのか!?――なんて、そんな事を口にすれば俺の大事な大事なリーゼントが酷い目に遭うから言わない。俺だって学習能力くらいはある。
俺らの大分前にいるエースが飯屋の扉に手をかけるのが見えた。おーおー、涎垂れまくってんぞ。エースが扉を開けようとしたその時、突然勢い良く扉が開いた。扉がエースの顔面を打ち付ける。うわー、痛そうだな、おい。顔を押さえながらよろけてるエースの横を何かが通り過ぎた。え、人?
「金払う気が無いんならとっとと消えて。金払う気が無い奴に出す料理も酒も無いの」
そんな声と共に一人の女が店から出てくる。その子の前には人、人、人。人の山。しかも、どうやら海賊みてぇだ。あー、そういや港に船があったかも……?覚えてねぇ。取り敢えず、その数人の海賊達はボコボコにされて店の前でうず高く山を作ってる。え、あの子がやったのか?よく見りゃ、出てきたのは15、6くらいの若い女の子。うわ、あの子レベル高ェ!じゃなくて、あの子がやったのか?え、ホントに?
「……ん? アナタ、そんなトコで何してんの?」
嬢ちゃんが顔を押さえてるエースに首を傾げる。それから、ハッと息を呑んでおそるおそる問いかけた。
「………もしかして、ドアぶつかった?」
顔を押さえながら頷くエース。慌てる嬢ちゃん。
「うわ! ごめん! 大丈夫!? 見てなかった! 平気? 怪我は?」
「や、大丈夫だ……痛ェけど……」
「ホントごめん! お詫びに何かご馳走するよ、入って!」
途端に顔を上げるエース。顔は満面の笑み。あぁ、そういう事かと合点がいった所に、隣から溜息。おぉ、マルコ。お前も気付いたか。
「アイツ、食い逃げする気だったな」
「ったく、どうしようもねぇ奴だよい」
けど、さっきの嬢ちゃんの言葉でタダ飯が決定だ。アイツ、遠慮なく食う気だな。エースが店の中に入って行くのを見届けて、俺らも苦笑と溜息をそれぞれ零しながら後を追った。
店の中に入ると、満面の笑みを浮かべたエースが右手にフォーク、左手にスプーンを持って飯が出てくるのを待っていた。そんなエースの前にビールのジョッキを置いたさっきの嬢ちゃんが呆れたように笑う。
「てっきり店中の酒持って来いって言われると思ったのに。メニューにある食べ物全種類って言われるとは思わなかったわ。食べ切れんの?」
「余裕だ!」
「まぁ良いけど。見たトコ、アナタも海賊でしょ? 店を荒らすのは止めてよね。それから、ご飯は全部タダにするけど何か飲むんならきっちり金取るからね」
「おう、大丈夫だ! あそこの二人が払う!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよい」
ゴツンとマルコの拳骨がエースに落ちる。当然だ。
「ったく、金持ってねぇのによく飯屋に行きたいって言う気になるよな、お前」
「は!? じゃあアンタ、食い逃げする気だったの!? 信じらんない!」
顔を顰める嬢ちゃんにエースが慌てて俺に「シーッ!」と唇に人差し指を当てるが遅い。知るか。
「全くもう! はぁ……まぁ良いや、今日はアタシが悪いからご馳走してあげる。けど、次からは金払わなきゃ何もあげないからね! こっちだって生活かかってんだから!」
「おう!」
思ってねーだろ!って言いたくなるような笑みを浮かべるエースに呆れ顔の嬢ちゃん。気持ちは良く分かるぜ。そんな事を思ってると、奥から女の声が聞こえてきた。
「ERRORー、上がったよー」
「はーい!」
厨房であろう奥に消えてく嬢ちゃん。ERRORって呼ばれてたな。ERRORちゃんはすぐに両手に料理の載った皿を持って戻って来た。
「はい、ドーゾ。言われた通りどんどん作ってるから、冷めないうちに食べてね」
「いただきますっ!」
手を合わせてから勢いよく掻っ込むエース。一口頬張った途端「うッ!」て声を上げて黙り込む。何だ、毒でも入ってたか?若干震えてるぞ。気持ち悪ィぞ。
「うんめえぇーーーーーッ!!」
「へへー、でしょ?」
幸せそうな顔で飯を掻っ込むエースと、自慢げに笑うERRORちゃん。紛らわしい奴。あー、見てたら腹減ったなぁ……。
「俺もビールと何か食いモン。お前もビールで良いか?」
マルコに尋ねれば「あぁ」と返ってくる。
「はいはーい! お二人はお金払ってね!」
うん、しっかりした嬢ちゃんだ。メニューを受け取って適当に注文すると、ERRORちゃんは奥に消えていく。けど、またすぐにビールの入ったジョッキを二つ持って戻って来ると俺らの前に置いた。
「はい、ドーゾ」
受け取ったビールをゴクゴクと喉に流し込んでから、「そう言えば」とさっき気になった事を聞いてみる事にした。
「さっきの奴ら、海賊だろ? ERRORちゃんがやったのか?」
「? 何で名前……」
「あぁ、さっき厨房にいる子が呼んでただろ」
「あぁ、そっか。うん、私がやっつけたの。ごめんなさいね、お仲間攻撃しちゃって」
「そりゃ全然構わねぇけどさ。大丈夫か? アイツら、やり返しに来ねぇ?」
「あぁ、大丈夫。私、強いから」
中途半端に強いのが一番厄介なんだよなぁ、とマルコを見てみれば知らん振り。興味無ぇってか。エースは相変わらず飯食って――あ、寝た。
「!? ちょ、大丈夫!? どうしたの!?」
「あー、平気平気」
突然皿に顔を突っ込んで動かなくなったエースに慌てるERRORちゃんにヒラヒラと手を振ってやれば、眉を八の字にして少しだけ泣きそうな顔がこっちを向いた。あ、可愛い。じゃなくて。
「そいつの癖なんだよ」
「は? 癖?」
「そ。食べてる最中に寝るの。だから気にしないでオッケーだから」
「あー……吃驚した……てっきり料理に何か入ってたのかと……」
「そんな事があんの?」
揶揄気味に尋ねてみれば、ERRORちゃんは「まさか!」と腕を組む。
「リサがそんな事する訳ないでしょ! リサの料理は最高なんだから!」
「ありがと」
奥から一人の女がやって来た。すっげぇ美人。ERRORちゃんより少し年上くらいか。似てるから姉妹かもしれない。この子がリサちゃんか、なんて思ってると、リサちゃんが俺らのテーブルの前で立ち止まる。その視線がマルコに止まってる事に気付いてマルコを見てみれば、訝しげにリサちゃんを見返している。
「コイツの事知ってんの?」
「え? あ……ごめんなさい。見た事があるなぁ、と思って……」
「あぁ、そりゃ手配書が出回ってるからな。それで見たんじゃねぇか?」
「そうかもしれませんね」
そう言って微笑みながら、俺とマルコの前に料理が載った皿を置いた。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがと。リサちゃん?」
名前を呼んでみれば、リサちゃんは一瞬目を丸くしてから少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。うわ、ホント可愛いわ。
「ちゃん付けで呼ばれるような歳じゃないんですけどね」
「何言ってんの。まだまだ若いじゃんか、しかもスッゲー綺麗だし! 彼氏持ち?」
「残念ながら」
「ごゆっくりどうぞ」って言い残してリサちゃんが奥に戻って行く。
「ERRORちゃん達は美人姉妹だな!」
そう言った俺の言葉にERRORちゃんは何故か目を丸くして、それから声を上げて笑った。静かに笑うリサちゃんとは違う元気な笑い方。見てるこっちがつられて笑っちまうような笑い方だ。
「そう見える?」
「何が?」
「だから、私達が――」
続くはずの言葉は、突然大きな音と共に扉が開いた事で遮られた。そっちを見れば、さっきERRORちゃんにボコボコにされた海賊達と、その後ろに更に数人の海賊達。あぁ、やっぱりだ。チラとERRORちゃんを見れば、呆れたような顔。
「お金持ってきたの? 持ってきたんなら歓迎するけど?」
「ざけんな!」
「さっきはよくもやってくれたなぁ!」
口々に叫ぶ海賊。ERRORちゃんは全く動じない。いつの間にかエースが起きていた。顔、米粒付いてるぞ。マルコを見てみれば、つまらなさそうに海賊達を見ていた。それから、チラリと厨房の方に視線を配らせている。お、もしかしてリサちゃんが気になるのか?そんな事を考えてる間に、海賊達がERRORちゃんに襲い掛かった。助けてやるかと立ち上がろうとしたけど、ERRORちゃんが一瞬でそいつらを蹴り倒してしまった所為で中腰のまま止まった。何だ、ホントに強ェじゃん。前に立っていた三人の男があっという間に倒れると、一人の男が店の中に入ってきた。
「ちょっとばかし腕に覚えがあるようだが……俺は能力者だ」
「………それで?」
「自然系の俺には攻撃は効かんぞ」
気味の悪い笑みを浮かべる男に、ERRORちゃんはつまらなさそうな顔。自然系なら本当にヤバイんじゃないか?と思ったら、奥からリサちゃんが出てきた。その手には透明な液体の入ったボウルを持っている。皆の視線がリサちゃんを追う。能力者だと言った男の前に立って、ボウルの水をバシャンとかけ……え?かけた?何それ?
「何を――ッ!?」
水をかけられた男が突然崩れ落ちる。は?何なの?
「はい、後よろしくね」
ERRORちゃんの肩に「タッチ」して何も無かったように奥に戻って行くリサちゃん。ERRORちゃんは男に歩み寄って思い切り蹴り飛ばした。開かれたままの扉から男が吹っ飛ばされていく。ついでに、後ろに立っていた男達も巻き込んで。自然系なのに蹴りが利くのか?覇気使い?
「――海水か」
マルコの呟きが聞こえて納得した。そりゃ、海水かけられりゃあ攻撃食らうわな。
「海賊がしょっちゅう来るんだから、能力者対策だってしてるに決まってんでしょ。面倒な事してないで金持って来いっつーの。そしたら酒でも料理でも出してやるから」
そう言って扉を閉めるERRORちゃん。奥から雑巾を持ってきて床を拭きながら、俺らに「ごめんなさいねー」と軽い調子で謝る。あぁ、本当に凄い子達だ。
「いつからこの店やってんの?」
「アタシが十三の頃からだよ。今年で三年目」
「へぇ……それにしても、ERRORちゃんホントに強かったんだね。吃驚したよ」
「ヘヘー」
「お前、俺らと一緒に来るか?」
「「は?」」
俺とERRORちゃんの声が重なる。発信源はエースだ。相変わらず顔中に米粒を付けながら、見てるこっちが毒気を抜かれるような顔で笑っていた。