03


明らかにライアが悪かった。
苦い顔で報告に来たクルーたちから粗方の事情を聞いて甲板にやって来たマルコは、今にもライアを殺さんとしているテレサたちを見て息を呑んだ。

まずい。そう思い口を開いたその瞬間静かに響く声。

「止めろ」

当事者だというのに我関せずといった様子で掃除をしていたリサの声に、テレサたちはぴたりと動きを止めた。
彼女たちから漏れ出ていた殺気はその瞬間に鳴りを潜めてしまった。つい今しがた、ほんの少し前まであんなにも溢れ出ていたというのに。あんなにもライアへ敵意を向けていたというのに。

まるで調教された番犬のようだ。
家族である四人に対してそんな感想を抱いたマルコは、そんな自分に苦いものを覚えながら成り行きを見守った。掃除を再開するようにと隊員たちを促し、テレサたちを牢へ連れて行くようにと命令するリサ。有無を言わせないその声音は、やはり『番犬』に命令する『飼い主』のような錯覚を覚えてしまう。

そんなはずはない。分かっている。現に、レイアは『番犬』には見えない。ただ隊長が隊員に命令しただけだ。それなのに何故だろう、と考えて気付く。一切抵抗もせず、抗議の声も上げることなく武器を収めてレイアに従う彼女たち。彼女たちこそ、まさに『飼い主』の命令は絶対だと教え込まれた『番犬』なのだ。

そんなことを考えていたマルコは、ふと顔を上げたリサと目が合い息を呑んだ。
チラリとライアへ視線をやったリサが、今度は僅かに責めるような視線をマルコへ向ける。苦い気持ちになりながらその視線を受けたマルコは、居た堪れなさに視線を逸した。おそらくリサは溜息をついていることだろう。

分かっている。自分が悪い。
口論になったのを良いことに強引に別れてしまったからだ。ちゃんと話して納得して別れるべきだった。
分かっている。けれど、もう既に何度も話したのだ。話して、話して、でもライアは何度もマルコの話を遮って、拒んで、逃げて――話すことを諦めたマルコが選んだのがそれだった。

チラリとライアの方へ視線をやれば、行き場のない怒りに歯を食いしばりながら、苛立ちをぶつけるかのようにデッキブラシを動かしている。テレサたちに殺されかけたこともそうだろうが、リサに負けたことが相当悔しいのだろう。

こみ上げる溜息を飲み込んで、マルコはそっと甲板に背を向けた。
突き刺さる視線から逃げるように足早に部屋へ向かう途中で足を止めたマルコは、数秒ほど考えてから部屋とは別の方向へと足を進め出す。おそらく文句しか言われないのだろうけれど、それでも、やはりこのまま知らんふりをするということは出来ない。

「驚いた」

船の最下層にある牢屋へ行くと、然して驚いた風もないくせに驚いたと呟くレイアに出会した。

「どういう心境の変化?」
「……アイツらは?」

問いかけを無視して尋ねれば、肩を竦めたレイアは後ろの扉を顎で指して教えてくれる。

「行くなら覚悟した方がいいわよ。ナンシーの機嫌、最悪だから」
「そりゃどうも」

何が楽しいのかくすくす笑いながら去っていくレイアの背を見送り、小さく舌打ちを零したマルコは牢へと続く戸を開けた。

「失せろハゲ!!」
「はいはい、落ち着いて」

姿も見えない内から飛んできた罵声にひくりと口元を引き攣らせれば、鉄格子の向こうでギャーギャー喚くナンシーと、そんなナンシーを口先だけで宥めるサティの姿が見えた。そんな二人から少し離れたところでテレサとジーンがカードをしている。

「あー……」
「うっさいバナナ! ハゲ! カス! 胸糞悪ィ声聞かせんな!!」

声を出さずにどうやって会話をしろというのか。余りにも幼稚な暴言にこめかみと口元を引き攣らせながら、鉄格子の前に立ったマルコはバナナと形容された自身の金髪をガシガシと掻いた。

「あー、その……悪かったよい」
「ハッ、謝って済むと思ってんの? 死ねば良いのに」
「ナンシー、言い過ぎ」

め。窘めるサティにぶぅと頬を膨らませ、それでも怒りの収まらないらしいナンシーがマルコを睨み付ける。暴言を吐かれるのも勘弁して欲しいが、こうして無言で睨まれるのも出来れば御免被りたい。
自分に非があるのは自覚しているし、ナンシーが自分よりも十近く年下だということも知っている。だからこそこうして甘んじているわけだが、元来マルコは気が長い方ではない。せめて、青筋を浮かべることだけは容赦して頂きたい。

「で、お前は何をしに来たんだ?」

ストレート。問いかけたマルコに視線もくれぬまま、ジーンが数字が並んだカードを広げてみせる。その向かいでテレサが苦い顔で放ったのは、ワンペアにしかならなかったカードたちだ。

「私の勝ちだな」
「あー、悔しい!」
「次の島はテレサの奢りだ」
「やった! 私もー!」
「そういうのは私に買ってから言いなさい!!」

けろりと表情を変えたナンシーが意気揚々とカードを手に取るのを尻目に、今度はジーンがこちらへとやって来る。滅多に変わることのない表情は相変わらずで、ただ淡々とマルコを見つめている。

「だから俺は、」
「まさか謝る為だけに来たのか?」
「……元はと言えば、俺の所為だろうが」
「その通りだ」

ただ事実として肯定するジーンの表情や声に憤りや責めるようなものは見当たらない。だからこそ余計に突き刺さるのだが。いくらマルコにも事情があったとは言え――マルコの中では、もう十分に『頑張った』ことなのだ――、その結果として今こうして牢屋にいる彼女たちに指摘されるとバツが悪い。
こうなると分かっていてここに来たのだが、やはり頭の中で思い浮かべるのと実際にそうなるのとでは大分違う。ズキズキと痛むのは良心か、それとも後ろめたい気持ちだろうか。

深呼吸を一つして、マルコは徐に頭を下げた。

「――悪かった、すまねぇ」

言い訳はしない。赦しを請うこともしない。
マルコにとってはどうしようもなかった事だが、その所為でこんな目に遭っている家族がいる以上、見て見ぬフリをするわけにはいかない。どうしたって、マルコとライアが悪いのだ。けれど彼女が謝罪なんてするはずもないだろうし、別にライアと共に謝罪したいと思ったわけでもないから、マルコは今こうして一人でここにいる。

「迷惑かけちまったことは謝る。お前らのことはお咎め無しにしてもらえるよう、オヤジに頼んでくるよい」
「別に私らのことは良いんだけどさ。よし、スリーカード!!」
「はい、ゴチソウサマ。フラッシュ!!」
「えぇっ!!? イ、イカサマ!!」
「はい、今の言いがかりでサティの分も奢り決定ね」

やだやだ!! ごめんってば!
だめ
そこを何とか!
しらなーい

ふいと顔を背けるナンシーからカードを奪い取ったテレサが、今度はサティを相手にゲームを始める。
え、話の続きは?置いてけぼりを食らったマルコが気まずそうに音を漏らせば、ナンシーがテレサを小突いて促してくれた。

「え? あぁ、ごめんごめん。だからね、別に私らは良いんだよ。自分たちで勝手にやったことなんだから」
「けど、――」
「アンタらが別れたことと、ライアがリサを侮辱したことは別問題でしょ」

そうだろうか?マルコにはそうは思えない。元々ライアがリサを毛嫌いしていたのは知っている。けれど、あんな風に露骨に暴言を吐くようなことはしていなかった。ここまで悪化したのは、マルコとライアの関係が悪化した所為だ。クルー達が面白半分でマルコとリサの関係を噂していることも原因の一つだろう。

「そりゃ、突き詰めていけばマルコとリサが仲良くなったことなんだろうけどさ、そんなのしょうがないじゃん。むしろ喜ばしいことでしょ? 家族は仲良くいた方がいいに決まってる」

それを受け入れられないライアが悪い。そう続けたテレサが、鉄格子の向こうで全て同じ絵柄が揃ったカードを広げて自慢げに笑う。

「あら、ありがと。ロイヤルストレートフラッシュよ」

ご馳走さま。顔を綻ばせるサティの前に崩れ落ちたテレサに、マルコはそっと合掌するのだった。