”もう止めよう”
ベッドに潜り込んだライアは小さく丸まってひたすらに目を閉じていた。
昨日、突然マルコから告げられた別れの言葉。
どうして。聞き返したライアに、分かってるだろい。淡々と答えるマルコ。
分かってる。けど、納得出来るはずもない。
昨日だってここ最近のお決まりのように口論になって、その延長で告げられた別れの言葉だ。
時間を置けば。一日経てば。
昨日は悪かった、なんて言って抱きしめてくれるかもしれない。
頭冷やしてきた、なんて言ってキスしてくれるかもしれない。
そんな期待を胸に抱いて眠れない一夜を過ごしたライアの耳に飛び込んだのは、揃って朝帰りしたというリサとマルコの噂。
目の下に薄く隈を作り、食堂で味気のない朝食を摂っていた時に聞かされたそれは、ライアを凍りつかせるには十分すぎるものだった。
朝帰り。二人で。
その言葉の意味が分からないはずがない。だって、今まで何度も疑ってきたのだから。
実際、あの二人がそこまで仲良くない事だってライアは知っている。
知っているが、気に食わないのだ。
今まではもっと互いに嫌い合っていたはずなのに、突然仲が良くなっていって。
しかも、それの原因はマルコにあるのだから、ライアとしては看過できる事柄であるはずがない。
マルコの考えが見通せないライアにとって、問い詰めることしか出来なかったのだから。
どうして。何故。嫌いだって言っていたくせに。
詰問に返ってくる答えはいつだって「別に今も好きじゃねぇよい」の一言だ。
好きではない。けれど、前ほど嫌いでもない。
マルコから返ってくる答えはいつもそんな曖昧なもので、到底納得出来るはずもない。
ならば、どうして嫌いではなくなったのか。
心境の変化の理由は何なのか。
更に詰問するライアにマルコは嫌そうに顔を顰めたが、それも仕方ないことだとライアは思う。
だって、気になるのだ。恋人である自分の不安を取り除くのは、マルコの義務だと。
大きな溜息をついて、少し考える素振りをして、告げられた答えがこれだ。
”アイツが本物になったから”
意味が分からない。そんな答えじゃ納得出来ない。
そう訴えたライアに、けれどマルコは言った。
分からないなら、分からなくて良い。それ以外に理由は無いから言いようがない。と。
理解出来ないライアにはマルコを詰問し続けることしか出来ず、それに嫌気を指したマルコがどんどんライアから離れていく。
離れていく理由を更に詰問しても、まさしくそれが原因だというのだから悪循環としか言いようがない。
それでもライアには納得出来ないのだ。悪循環だろうが何だろうが、ライアの不安はちっとも取り除かれていない。
ライアが完全に理解出来るようになるまで、マルコは頑張って説明し続けなければならないはずだ。
”だって貴方は私の恋人でしょう!?”
”私は貴方の恋人でしょう!?”
二言目にはそんな言葉を繰り返すライアに、じゃあもう終わりにしようと言い出すのも無理はなかった。
理解しようとしない人間に、どうやって理解してもらえというのか。マルコだって苛立っていたのだから、当然の流れである。
どっちも納得出来ないのなら、終わりにしよう。
無理して続ける必要はない。
ただの家族に戻ろう。
怒っていた所為か、未練を微塵も感じさせずに去って行くマルコの背中を見つめて、ライアは船へと帰ってきた。
時間を置けばきっと仲直りできる。マルコは戻ってくる。絶対に。
そう信じて、けれど不安はちっとも拭えなくて、結局一睡も出来ずに迎えた朝の食事の時間に聞かされたそれ。
「どうして……っ!!」
どうして!どうして!どうして!!
好きじゃないって言ってたくせに!!
アイツはそんなんじゃないって言ってたくせに!!
悲しみよりも怒りが勝り、それは憎しみへと変わっていく。
マルコの新しい相手が、よりによってライアの大嫌いな女となればそれは更に強くなる。
「赦さない……!」
赦さない。絶対に赦さない。
私からマルコを奪った。
あんな女が。あんな女が――!!
『白ひげ海賊団 一番隊隊長 不死鳥のマルコ』
とても素敵な肩書きだ。
誰もが憧れる存在である彼の恋人になったというのに。
彼に愛されていたというのに。
これからも、ずっとずっとずーーっと、彼に愛されるのは私であるはずだったのに。
それを、あの女が。
二番隊隊長などというふざけた肩書きを持ったあの女が。
あんな奴が隊長だなんて。
あんなのが、自分の直属の上司だなんて。
あんなものに、取られるなんて。
部屋に戻ったライアは、気遣わしげに声をかけてくる取り巻き連中を部屋から追い出してベッドに潜り込んだ。
それからずっと目を閉じて考えている。
どうすれば良いのか。どうすればマルコを取り戻せるのか。
どうすればマルコからの愛情を取り戻せるのか。
どうすれば、あの女を消し去れるのか。
”大事な家族だろ”
いつだったか、サッチに言われた言葉が甦る。ライアは冷笑した。
「くだらない」
吐き捨て、再び口を噤んでひたすらに考える。
消えろ。
あんな女、消えてしまえ。
あの女も、その取り巻き連中も、全員。
そして自分がなるのだ。二番隊隊長に。
そうすれば、もっともっとマルコに近付ける。
世界最強の海賊団で、世界最強の男の右腕であるマルコの女として。二番隊隊長として。
思い描く未来はキラキラと眩い。
絶対に手に入れてみせる。
どんな手を使っても、必ず。
「邪魔なのよ、アンタ」
瞼の裏に焼き付いて消えない女の幻影を何度も何度も斬り裂いて、ライアは暗い笑みを浮かべた。