両手に沢山の荷物を提げて現れたライア。
隣であからさまに嫌そうな顔をしたマルコに気付いた瞬間、このままいると面倒なことになると判断したリサは逃げるようにその場を立ち去り、一人街をぶらついていた。きっと今頃マルコはライアのご機嫌取りやらで忙しいのだろう。ここ最近のマルコの言動を顧みれば、マルコがライアのご機嫌取りなどするはずが無いだろうことはすぐに分かるが、生憎リサはそこまでマルコの事を理解してはいない。
何だかんだ言っても恋人同士なのだ。
到底良いとは言えない現状に辟易したリサが何度か助言したにも拘らず、マルコは未だライアとの関係を壊さずにいる。
それはつまり、マルコの中にライアへの情が少なからず残っているということではないか。
ここ最近のマルコは嫌いではない。腹立たしい言動こそ変わらないが、それでも昔ほどではないことくらいリサにも分かる。
サッチとレイアが言うには変わったのはマルコらしいが、そのおかげで両刀だと勘違いされたりサッチとの関係を誤解されたりするならば、いっそ昔のままでも良かったのではないかと思ったりもする。一歩間違えれば流血沙汰になりうる間柄ではあったが、ギリギリの所で保てていたのだからそこまで問題視しなくても良かったではないかとさえ思ってしまうのだ。サッチたちに言わせれば「お前は当事者だからそんな事が言えるんだ」だろうが。傍から見ている人間が一番気疲れしてしまうということは、実際にその立場になってみなければ分からない事である。
「リサ!」
いつの間にか立ち止まって考え込んでいたらしい。
何処かから聞こえてきた声に辺りを見回せば、丁度近くの店からナンシーが飛び出してきた。
重力を感じさせない足取りで駆け寄ってきたナンシーが飛びかかってくるのを何とか受け止めれば、続いて店から出て来たサティとレイアが笑いながらやって来る。
お疲れー、もう終わったの?
思ったより早かったのね、お疲れさま
労いの言葉をかけてくれる仲間に「本当に疲れた」と溜息混じりに返し、リサは未だにしがみついているナンシーを引き剥がした。
「テレサとジーンは?」
「男引っ掛けてどっか行った」
「ほー」
こっちが白ひげの遣いで出かけていたというのに、随分と楽しんでいるらしい。
ひくひくと口元が引きつってしまうのも仕方がないことだろう。
「そっちこそ、マルコは?」
「さっきそこで別れた。ライアに会ってよ」
「ありゃ……そりゃお疲れさん」
「ホンットに……今日は厄日だ」
白ひげの友人だというあの老人といい、ライアといい。
ライアとマルコの口論に巻き込まれなかったことだけは不幸中の幸いだろう。今頃あの二人はどうしているのだろうか。考えかけてすぐに止めた。
忘れよう。もうこれ以上疲れたくはない。
あの老人にしても、セクハラ紛いなことをされたことはそこまで気にしていない。
海賊として生きている以上、心無い野郎共の下卑た発言になど一々気を揉んでやる必要もないのだから。
悔しいのは、散々おちょくられたのに一発も入れられなかったという事実だ。年寄りのくせにやたら素早いのだから腹が立つ。
現役の自分よりも速いとはどういうことだ。
「どんな人だったの? オヤジのダチってのは」
リサの心を読んだのだろうか。もし仮に読んだのならば、触れては欲しくない事柄であると気付いて欲しかった。
愛らしく小首を傾げるナンシーにそんな事を思いながら、リサは言い淀んだ。答えに詰まってしまうのは仕方がないと思う。
きっとこの場にマルコがいたのだとしたら理解してくれただろう、忌々しいあの時、あの場にいたのだから。
「あー……」
さて、何と答えようか。リサは考えた。
一発も攻撃を当てられなかった。散々おちょくられた。セクハラされた。そんなことを言うつもりは毛頭ない。
ないが、それ以外に一体何を言えというのか。
「最高に性格のいいクソジジイだったよ」
「良かったわね」
即座にそう返してくるレイアには一生かかっても勝てないと思うのだ。
レイアたちと共に近くの酒場に入ると、そこには見知った顔ばかりが鎮座していた。
ただでさえ数が多いのだから仕方ないのだが、船の上にいるのか陸に降りているのか分からなくなってしまうことも多々ある。
「よぉ、お疲れさん。どうだった?」
陽気に声をかけてくれたサッチは既に出来上がっているようだ。その隣にいる妖艶な美女の肩を抱きながら手招きするサッチを冷めた目で見遣ってから、リサはレイアたちを振り返った。
どうする?リサの問いに、いらなーい。ナンシーとサティが答える。
余りにもあんまりな答えに噴き出しつつ、リサはサッチを振り返ってヒラヒラ手を振った。
まぁ、精々頑張れや。
適当な応援は届いただろうか。何だよノリ悪ィなぁとぼやくサッチから離れたテーブルに着き、それぞれが酒を注文して一息ついた。
白ひげの友人についての質問がいくつか上がったが、それに答えてやれるほどリサにとってあの出会いは良いものではない。むしろ一刻も早く忘れてしまいたいものだ。
「そう言えば、ライアは一人だったの?」
「うん? そうだけど?」
サティの問いにリサは首を傾げた。
「私らがすれ違った時はいつものメンバーで一緒だったから」
「へぇ……」
「あそこはさ、本当にライアの取り巻きって感じよね」
運ばれてきた枝豆を口に放りながら、サティが頬杖をついた。
同調するようにナンシーが頷き、レイアが肩を竦める。
「女王様とその取り巻きって感じ。毎度ライアのご機嫌取って、何するにもぜーんぶライア中心」
それって疲れるねぇ。ぼやくナンシーにサティが頷く。
「あの子ら、乗ったの同じ頃だっけ?」
「ううん、ライアと一緒に乗ったのはヘンリエッタだけ」
「あとの二人は別々だったよな」
ライアとヘンリエッタはともかく、残りの二人は乗船したての頃はもっと可愛げがあったように思える。
平隊員であり同じ隊でもあったライアたちと同じ部屋に割り当てたが、もしかしたらそれが間違いだったのかもしれない。
何を吹き込まれたのか、日に日に可愛げがなくなっていった彼女たちは今では乗船時の面影もない。
隊長としてどうにかした方が良いのかと思ったりもしたが、何を吹き込まれたのか彼女たちはリサの言葉など聞く耳持たない。
ライアの言葉にのみ従う姿勢を見せる彼女たちは、けれど他の家族とはそれなりに仲良くやっているらしいのだから、結局リサは彼女たちと適度に距離をあけながら過ごしてきた。その判断が正しかったのかそうでなかったのか、答えは未だに出ないのだけれど。
「これからどーすっかなぁ」
「今まで通りってわけにもいかないだろうしねぇ」
「マルコとライアが別れるのも時間の問題だろうし」
面倒なことになりそうよねぇ。頬杖をついて溜息を零したナンシーにリサは首を傾げた。
「アイツら別れねぇだろ?」
「いや、別れるでしょ?」
「別れるよね」
「別れるわ」
断言する三人にリサは眉根を寄せて首を傾げた。
何故。だってマルコはライアのことが好きなのだ。ライアがマルコに執着してることだって見てれば分かる。
喧嘩をしているとはいえ、二人の関係が続いているというのはそういう事ではないのか。
「分かってねぇなぁ、リサチャン」
にゅっと伸びてきた腕がリサの首に絡まる。
ぐ、と息を詰めると「おぉ、失礼」と悪びれることなく笑って解放したサッチが隣に腰を下ろした。
「あら、さっきのお姉さんは良いの?」
「すみませんレイアさん、傷口を抉らないでください」
肩を落としたサッチの向こうのテーブルを見れば、さっきまでサッチに絡んでいた美女がイゾウに凭れかかっているのが見えた。
ご愁傷様
しょうがないよ、イゾウ君のがカッコイイもん
楽しそうに笑いながら抉られた傷口に塩を塗りこんでいくサティとナンシー。
テーブルにリーゼントを突き刺して泣くサッチの背中をバシバシ叩いてリサは酒を呷った。
「元気出せ」
「う゛ぅ、リサぢゃん……」
「いつものことだろ」
「お前が一番辛辣ッ!!」
滝のようにドバドバと涙を流すサッチに声を上げて笑い、リサたちは酒のお替わりを注文した。
えっぐ、えっぐと泣きじゃくっていたサッチが漸く泣き止む頃には、既にサティとナンシーは中々に出来上がっていて、酒をちびちびと飲みながらブツブツと文句を零すサッチに構うことなく、声をかけてきた男と共に夜の街へ消えてしまった。
「アイツら酷くねぇか!?」
「どんまい」
「サッチはいいの?」
「いんだよもう、俺なんか……」
「泣くなようぜぇから」
「リサちゃんバカッ! バカッ! 優しくしろ! 俺に!」
泣くぞコノヤロウ!
もう泣いてんじゃねぇか、うぜぇな
うざいって言うな! 泣くかんな! いっぱい泣くかんな!
はいはい、ほら船に帰るわよ
立ち上がり、喚くサッチの襟首を掴んだレイアがテーブルに幾らかの金を置いた。
「先に帰ってるわ。リサは?」
「んー、もう少し飲んでから帰る」
「そ。ほらサッチ行くわよ。立って」
「レイアぢゃーん……もう俺立てない……」
涙も鼻水もリーゼントすらも垂らすサッチに、けれどレイアは困った風もなく軽く小首を傾げた。
じゃあ、急所でも蹴ったら立てるようになる?
あっれーおかしいな! 急に立てるようになった!!
涙と鼻水に加えて汗まで噴き出したサッチがレイアと共に酒場を出ていく。
二人の背中にヒラヒラと手を振ったリサは、一気に静かになったテーブルに苦笑して酒を飲み干した。
あと何回かお替わりをしたら船に帰ろう。あぁ、でも宿に止まってのんびりするのも良いかもしれない。
カウンターに移動してお替わりを頼むと、店主は無言で新しい酒を用意してくれた。
夜はまだ長い。
船に戻ろうか、それとも宿に泊まろうか。因みに、男を買うという選択はリサには無い。
どちらにしようかと悩むことすら楽しいのは、昼間に出会った老人との記憶がそれ程までに忌々しいからだ。
今日くらい贅沢したって構うまい。レイアにサッチを任せてしまったのは悪いと思うが、まぁ良いだろう。酔っ払い一人の相手くらい、レイア一人でだって出来るのだから。もう何も出来ないお嬢様ではないのだ。彼女はとっくに海賊で、自分も奴隷でもメイドでもなく、海賊なのだから。
「同じのくれよい」
背後で扉が開く音が聞こえた直後、誰かがリサの隣に腰を下ろした。
同時に聞こえた声は聞き覚えのあるもので、独特の口調が誰であるかを容易に教えてくれる。
「ライアと一緒じゃなくて良いのか? 恋人さん」
「るせぇ、止めろ」
揶揄に返ってきた声はさも不機嫌なそれで。
それすら楽しく思えてしまうのは、酒が入って上機嫌になっているからだろう。
「テメェこそ、他の奴らはどうしたんだよい」
まさかずっと一人で呑んでんのか?というマルコの問いに、まさか。リサが答える。
「レイアはサッチ引きずって船に戻った。あとの四人は男」
「どうしようもねぇな、アイツは」
恐らくサッチのことだろう。
頷いたリサは、持っていたグラスでマルコのグラスを小突いた。
無言の乾杯に、けれどマルコは何も言わずに一気に飲み干す。
「何だよ、また喧嘩でもしたのか」
面倒臭ぇ奴らだな。笑ったリサに、煩ぇ。マルコが答える。
会話も無いまま次々にグラスを空けていくマルコに、どうやら今回は中々酷い喧嘩だったらしいと当たりを付けてリサも酒を呷る。
十数分後、何杯目かも分からない酒を飲み干したマルコは、静かな声で呟いた。
「別れた」
仲間の予言通りのそれに思わず酒を噴き出したリサは、汚ぇと顔を顰めたマルコの拳骨によってカウンターに沈められるのだった。