08


「知ってるか? お前とサッチ、付き合ってるんだと」
「へぇー……って、はァ?」

次の島が見えたとはしゃぐクルー達に必要事項を告げ、一息つこうと食堂へ向かうリサの後を追ってやって来たジーンの言葉に、リサは盛大に顔を顰めた。
ジーンが何でもない事のように言うものだから一瞬聞き流そうとしてしまったリサは、身を乗り出して向かいでコーヒーを啜るジーンを睨み付けた。

「何だよそれ!?」
「あぁ、それ知ってる。噂になってるんだよね」

ジーンの隣に腰を下ろしたテレサの至極楽しそうな顔に更に顔を顰めたリサは、けれどすぐにテレサの言葉を理解して青褪めた。

「う、噂……?」
「そ、ウ・ワ・サ」

ウィンクをするテレサにリサは盛大に顔を顰めて肩を落とすと、音を立ててコーヒーを啜った。隣にやって来たレイアが「リサ、汚い」と注意すると唇を尖らせてテーブルに突っ伏した。

「悪夢だ」
「前々から出てはいたんだよ、サッチとリサの噂。仲が良すぎるって」
「いつだったっけ? リサがマルコの部屋に服を忘れた時があったでしょ?」
「あー……そういやあったな、そんな事も………」

思い出したくないとテーブルに突っ伏したまま頭を振るリサに苦笑を浮かべながら、レイアは続けた。

「あれから噂が一気に広まったのよね。誰かが流したんでしょうけど……」
「まぁ、検討はつくよね」
「考えるまでもない。ライアだろうな」

肩を竦めて噂の出どころを口にしたジーンをジトリと見遣り、リサは大きな溜息を吐き出した。

「ったくよォ……私とサッチの噂なんか流してどーすんだっつーの」
「必要だったんでしょうね」
「あ? 何が?」

リサの右隣に腰を下ろしたサティの言葉に聞き返すと、サティはサッチ特製のおやつを皆に配りながら楽しげに笑った。

「マルコ」
「はァ? マルコが何だよ?」
「マルコに聞かせたかったんでしょ?」
「意味分かんねェ」

「もっと分かりやすく言えよ」とサティを見るが、サティはテレサと顔を見合わせて肩を竦めるだけで何も教えてはくれなかった。不貞腐れたように口をひん曲げるリサにレイア達はやれやれと苦笑を零すのだった。




「噂、大分広まってるみたいね」

ライアは自らに振り当てられている部屋にいた。各隊の隊長は一人部屋、平の隊員達は相部屋というのは全くもって気に食わないが、今現在、ライアの部屋は取り巻きの女隊員達と同じだ。レイア達と同じじゃないだけマシだと思うが、それでもやはり隊長だというリサが一人部屋なのに自分が他の人間と相部屋という事実は気に入らない。

「船中の噂になってるわ。あちこちで聞くもの」
「そうじゃなきゃ困るわよ」

クスクス笑う取り巻き達の言葉に、ベッドに腰掛けていたライアは鼻を鳴らして脚を組んだ。

「あちこちで噂してもらって、少しでも多くマルコの耳に入れなきゃ」
「マルコ隊長も酷いわよね。あーんなにライアにベタ惚れだったくせに」
「あの女とも仲が悪かったのに、最近じゃ部屋にまで入れるし、仕事手伝わせるし――」

取り巻きの隊員はライアの顔を見て言葉を切った。怒りに顔を歪めたライアは勢いよく拳を振り下ろして自身の枕を殴り付けると、舌打ちをして立ち上がった。

「あんな女なんか……!!」

息荒く吐き捨てたライアに取り巻きの隊員達は腫れ物に触るかのように口を開いた。

「ね、ねぇ……ライア? そう言えば、もうすぐで島に着くわね。マルコ隊長を誘ってみたらどう?」
「そうよ! それが良いわ! 上陸中まで仕事をしないでしょうから、誘って宿に泊まってくれば良いじゃない。隊長も仕事で疲れてるだけよ、二人で宿に行けばきっと今までみたいに優しく接してくれるわよ!」

残りの隊員達も大きく頷いて賛同すると、ライアは顰め面のまま僅かに思案した後、深呼吸を一つして口端を上げた。

「そうね、そうするわ」

「たまには良いこと言うじゃない」と言い残して部屋を出たライアは、早速マルコを誘おうとマルコの部屋へ向かった。途中すれ違ったクルー達にマルコを甲板で見かけたと聞き、行き先を変更して甲板へ向かったライアは甲板で何やら話をしているらしいリサとマルコを見付けてすぐに顔を顰めた。

「またあの女……!」

ギリ、と歯を軋ませたライアは沸き上がる怒りを必死に堪えてマルコ達の元へ向かった。




「はァ? また?」

顰め面でリサがマルコを見る。マルコの方は至って冷静で、一つ頷くとリサの手にある書類をひったくった。

「とっとと用意して来いよい」
「あのなァ……何で私なんだよ」
「言ってんだろ。この島にいるオヤジの古い友人に会いに行くって」
「だから――」
「強い女が好きなんだとよい。この船で一番強ェのはお前だろ、女だなんて認めたくはねェが」
「煩ェな!!」

鼻で嘲るマルコに抗議の声を上げたリサは、溜息を一つ零して項垂れると「分かった」と呟いてマルコに背を向けた。

「あぁ、言い忘れた」
「あァ?」

背後から聞こえた声に胡乱気に振り返れば、マルコはレイアを呼び寄せて親指でリサを指した。

「アイツ、適当に飾ってやってくれ」
「はァ!? 冗談じゃねェよ!!」
「男か女か分からねェの連れてっても仕方ねェだろうよい。女っつってんだから女らしい格好して来やがれ」
「髪伸びてんだろうが! 髪ィ!!」
「髪の長ェ男なんざ何処にでもいるじゃねぇか」

ニヤニヤと楽しげにこちらを眺めているラクヨウをマルコが指せば、リサは視線で射殺せそうな程の冷たい目をラクヨウに向けた。

「俺の所為か!? 観念して着飾って来いや。ぶっ、くく……なぁに、笑ったり、っくく……しねェさ」
「既に笑ってんじゃねェか!! ぶっ飛ばすぞテメェ!!!」
「はいはい、とっとと用意するわよ」

リサの襟首を掴んでレイアが歩き出す。引かれて歩きだしたリサは悔し紛れにマルコとレイア、まだ見ぬ白ひげの友人へ向けて叫び声を上げた。

「アホンダラアアアァァァァ!!!!」
「はいはい、とっとと行くよー」
「ちょっ、レイア! 放せって!」
「はーい、大人しくしてねー」
「サティ!」

ニヤニヤ笑いながらレイアに加勢してリサを部屋に連れていこうとするサティを怒鳴りつけると、サティは舌を突き出してウィンクしてみせた。

「楽しいことは存分に楽しまなきゃね」
「私で遊ぶな!! ――うわっ!」
「はーい、リサちゃんお部屋に運びまーす」
「サッチ!! テメ、ざけんな! 下ろせ!!」
「嫌でェーっす。可愛くなってきてね、俺の為に」
「バカか! 何言ってやがる!! 何で私がお前なんかの為に――って、だああぁっ! 放せっつってんだろうが!!!」

どれほど叫ぼうとも暴言を吐き捨てようともレイア達は止まらない。楽しい事を求める気持ちは分からないでもないが、自分がオモチャになるのだけは御免だ。リサは必死に抵抗を試みるが、努力虚しくサッチ達によって部屋へと連行されていった。

「さーて、リサチャン」
「気色悪ィ。ふざけんなクソリーゼント。禿げろ」
「バカ野郎! 見ろ!! この立派なリーゼントを! ふっさふさだ!!」
「ダセェ」

ハッと嘲ってやれば、サッチは「何この子!反抗期!!」と叫び、両手でリサの頬を強く押し潰した。

「はらへ!!」
「んー? サッチ君、なに言ってるか聞っこえなーい!」
「はいはい。サッチ、遊ぶのはそこでおしまい。とっとと出てって頂戴、着替えさせられないわ」
「えー……」
「まさか、リサの着替えを見たいなんて言わないわよね?」

ニコリと微笑みながら問いかけるレイアに恐怖を覚えたのか、サッチは顔を引き攣らせると咳払いを一つしてリサの頭をぐしゃぐしゃと撫で回して親指を突き立てた。

「期待してるぜ!」
「消えろ禿げろもげろフラれろ」
「怖ェ事言うなよ!! ホントにフラれたらどーすんだ!!」
「心の底から嘲笑ってやる」
「はーい、サッチ早く出てってー」

「リサちゃんのバカ! 泣いちゃうから!!」などと叫んだサッチは、サティとナンシーによって部屋の外に追い出された。

「ったく……何で私がこんな目に………」

ブツブツと不満を口にするリサを余所に、サティ、テレサ、ナンシーの三人は自分達の服を持ち寄ってリサに着せる服を選んでいる。時折聞こえる「フリル」だとか「レース」だとか「リボン」という単語に顔を引き攣らせたリサは脱走を試みるが、ジーンがリサを取り押さえているから叶わない。ジーン一人なら何とかなろうとも、全員に取り押さえられてしまえば逃げることなど出来ない。少しでもマシなものを選んでくれる事を心から願いながら、リサは自分に化粧を施し始めるレイアを見て不貞腐れた声を上げた。

「つーかよ、レイアが行けば良いじゃねぇか。なぁ、お嬢様」
「あら、貴族令嬢の高飛車な挨拶より、従順な奴隷の挨拶の方が好感が持てるんじゃなくて?」
「地べたに頭擦り付けて挨拶しろってか?冗談じゃねェ」

鼻を鳴らすリサにクスクス笑い、レイアはリサに化粧を施していった。

「むず痒い」
「仕方ないわよ、普段化粧なんかしないんだから。動かないで」

顔を顰めたリサにそう言えば、リサは大人しくされるがままになって黙り込んだ。

「サッチは随分と楽しんでるみたいだな」

後ろからリサを羽交い締めにしていたジーンは、大人しくなったリサを解放しながら喉を鳴らした。

「あの噂でしょ? サッチってば、楽しいからって煽りまくってるものね」
「サッチうざい」
「喋らない」

サッチへの不満を口にすれば、レイアに叱られた。拗ねたように黙り込むリサに笑みを零したレイアは、化粧を終えると今度は高い位置で一つに束ねているリサの髪を解いて櫛で梳き始めた。

「ねぇ! これなんてどう?」

ナンシーが持って来たのは白を基調とした清楚な雰囲気のワンピース。リサは間髪置かずに却下と叫んだ。

「誰が着るか!!」
「そうねぇ……着てるリサを見たい気もするけど」
「でしょ!?」
「そういう基準で選んでんのかよ!」
「けど、『強い女』がご所望だっていうのなら動きやすさも重視した方が良いんじゃない? この島には他の海賊船だって停ってるって言ってたし、何があるか分からないもの。そもそも、別に飾る必要なんかないでしょう? リサが女に見えれば良いんだから」
「おい! それは私が女に見えねェって事か!?」
「えー……じゃあスカートはダメ?」
「ヒラヒラもリボンも何もいらねェ!」
「そうねぇ……こんなのどう?」
「聞けよ私の話を!!!」

リサの叫びは見事に無視され、結局サルエルパンツに裾にレースをあしらったチュニックという格好に決定した。無難過ぎるそれはマルコの言う『飾る』とは違うかもしれないが、それでも普段Tシャツに短パンという出で立ちのリサからすれば頑張った方だ。

「はい、じゃあこれ履いて」
「髪型もちょっと変えようかしら」

想像していたよりずっとマシな格好になった事に安堵したリサは、文句を口にする事なくレイア達に身を委ねた。軽く巻かれた髪は下ろされて邪魔だったが、文句を口にしようものなら更に酷いものになる事は間違い無かった為に、何も言う事が出来なかった。

「えー! つまんない! もっと可愛い格好しろよ!!」

部屋の前に待機していたらしいサッチが声を大にして不満を叫んだが、レイアに視線を向けられると置物のように静かになった。

「……何つーか、お前らいつの間にそんな力関係になったんだ?」
「リサはもう奴隷でもメイドでもないもの。代わりが必要でしょう?」

にっこり微笑むレイアに、リサ達は心の中でサッチに合掌するのだった。