海賊達の怒号が甲板中に響き渡る。剣と剣が交じり合う音や銃弾の飛び交う音の中、リサはサーベルを片手に襲いかかってくる海賊達を蹴散らしていた。
久しぶりの敵襲は思っていたよりも手強い海賊団で、確かここ最近名を上げてきた海賊団だったなとリサは唇を舐めた。
「悪そうな顔」
そんなリサを見て呆れたように呟くレイアもしっかりとサーベルを手にしていて、他の四人に至っては既に散り散りになって海賊達を相手に暴れている。
「久々の敵襲、久々の出番。レイアは嬉しくねぇのか?」
「生憎、戦闘狂じゃないのよ。リサ達と違ってね」
そう答えながら海賊を斬り倒したレイアに、リサは声を上げて笑いながら襲いかかってくる海賊を蹴り飛ばした。
「そういや、アイツらはどうした?」
「あっちよ。船尾の方で戦ってるわ」
船尾の方を顎で指したレイアは海賊達が群がる方へ駆けて行った。「十分戦闘狂じゃねェか」と喉を鳴らしたリサはレイアとは反対へ向かって駆けて行く。白ひげ海賊団とは比べ物にはならないが、敵も中々に数を揃えていて、その半分程が既にモビー・ディック号へ乗り込んできていた。
船尾の方へ急げばそちらでは一番隊も交戦しており、丁度マルコが不死鳥に変身して空へと舞い上がって行くのが見えた。
「おーおー、派手にやってんなァ」
既に甲板に沈められた海賊達を見て呟いたリサは、自分も戦いに参加すべくサーベルを握り直して駆けていく。
ふと、視界の端に海賊と交戦しているライアが映った。どうやら相手も中々の手練らしく、ライアが押されているのは明白だった。ライアとて白ひげ海賊団員。それほど弱い訳ではないが、それでも相手の方が上手らしい所を見れば、敵船の中でもそれなりに地位のある海賊なのだろう。
このままでは倒れるのはライアの方だ。方向転換をしたリサはライア達の方へ向かって駆け出した。けれど、すぐにその足を止める事となった。
「来ないで!!」
海賊と鍔迫り合いをしているライアがこちらを見ないままに叫んだからだ。思わず足を止めたリサは顔を顰めた。
「お前、いくら私に助けられたくないからって――」
「分かってるなら手出ししないでよ!! アンタなんかに助けられたくなんか無い!」
「ガキか」と呟いたリサは頭を掻いて空を仰いだ。真っ青な鳥が海賊達目掛けて急降下しているのが見えた。
「余所見してんじゃねェ!!」
斬りかかってきた海賊の攻撃を避け、背後に回って斬り倒したリサは再度ライアへと視線を戻した。鍔迫り合いなど、女であるライアが敗けるに決まっている。それでも助けを請う事も他の戦法に持っていくこともしないライアは意地になっているように見えた。
「ったく……おい!! マルコ!!!」
声を張り上げれば、丁度敵を海へと蹴り落としたマルコが不機嫌そうに振り返った。ライアの方を指すとマルコは更に眉間の皺を濃くしたが、すぐに飛び上がってライアの元へ飛んでいった。
「見てねェで助けろよい!」
海賊を蹴り飛ばしてライアを助けたマルコが不機嫌を露にリサに噛み付いてくる。
「私に助けられんのが嫌だって言ったんだよ!」
自分は悪くないと返せば、マルコは顰め面のままライアを振り返って見下ろした。ライアは痺れる腕を解そうと揉みながら視線を背けている。
マルコがライアに何かを言っているが何を言っているかは聞き取れない。もう大丈夫だろうと判断したリサは海賊を一掃すべく再びサーベルを持ち直して斬りかかっていった。
「ちょっと来いよい」
夜、風呂を終えて自室へ戻ろうと廊下を歩いていたリサは、角を曲がったところで出会ったマルコに呼び止められた。同じく風呂上がりらしいマルコは、来いと言ったきり何も言わずに歩き出した。そんなマルコの背を顰め面で見ていたリサは、ふぅと一つ息を吐くと素直に後を追った。
「ライアの事だが、」
「おー、アイツどうにかしろよ」
マルコの部屋に連れて来られたリサは、デスクの上に重ねられている書類を手に取り目を通しながら素っ気なく返した。
「お前の隊の隊員だろうが」
「あのなァ……知ってんだろ? アイツは私の言う事なんざ聞きゃしねェよ」
風呂の前に着ていた服などの入った籠を足元に下ろしてベッドに腰を下ろし、書類をヒラヒラと振りながら呆れたように言うと、マルコは溜息を一つ零して椅子に腰を下ろした。
「それでもお前が言うしかねェだろうよい」
「つーかよ、お前の隊に入れときゃ良かったじゃねェか。女だからって二番隊に入れる必要なんざ無かったんじゃねェの?」
「仕方ねェだろ、もう入れちまったんだから」
答えるマルコの声は疲れたような響きを持っていて、リサは書類を纏めてベッドに置くと、足を組んで膝の上で頬杖をつきながらマルコを見た。
「お前よ、最近疲れてねェか?」
「………」
「私がどうこう言う問題じゃねェけどよ、そろそろ何とかした方が良いんじゃねぇの?」
答えないマルコに肩を竦めたリサはそれ以上何も言う事もなく、書類を手に立ち上がった。
「これ、持ってくな。終わったら持って来る」
「あぁ、助かる」
返ってきた言葉に思わず足を止めたリサは、それでも振り返る事をせずそのまま部屋を後にした。閉じた扉に背を預けて静かに息を吐いて虚空を見つめながら、リサはガシガシと頭を掻く。
「疲れてんなァ……」
恐らく原因はマルコと同じなのだろうと、リサは脳裏に浮かんだ自身の隊の隊員の顔に僅かに眉を寄せると、大きく息を吐き出してその場を去って行った。
何をどうすれば現在の状態が緩和されるのだろうか。そんな事を考えながら部屋に向かっていると、角の向こうからライアとその取り巻きの隊員達が現れた。思わず足を止めたリサを見たライア達は一瞬顔を顰めながらも、何も言わずに歩を進めて来る。
「怪我はもう良いのか?」
脇を通り過ぎて行こうとするライアに問いかけると、ピタリと足を止めたライアは不機嫌さを露にリサを睨んできた。
「バカだとでも思ってるんでしょう? 私があんな海賊一人倒せなかったから……!」
「まぁ……バカだとは思ってる」
「何ですって!?」
自分で言ったくせに怒るのかよ。心の内でそう呟いたリサは頭を掻きながら難しい顔でライアを見た。
「お前がアイツを倒せなかったからじゃねェよ。自分の力量を知ってるくせに意地張って逃げなかったからバカだっつってんだ」
「っ、何よ! 私が弱いって言いたいの!?」
「別にお前を弱いなんて思った事はねェよ。ただ、あの海賊の方がお前より遥かに強かっただけだ」
ガシガシと頭を掻きながら「で、腕はもう良いのか?医務室行ったんだろ?」と続けながらライアの方を見たリサは、突然殴りかかってきたライアの平手を身を反らせて避けた。空を切る音が耳に届いた。
「バカにして……っ! アンタなんか嫌いよ!! 大ッ嫌い!!」
「………まぁ、それは別に良いけどよ」
「アンタ見てると苛々すんのよ! 何でアンタなんかが隊長なのよ!! 何でアンタなんかが……っ!」
再びリサ目掛けて振りかぶったライアの腕は、けれど降り下ろされる事なく誰かに止められた。
「おいおい、何やってんだ?」
驚き半分、呆れ半分といった様子のサッチがライアの腕を掴んだままリサ達を見下ろしていた。その後ろには他のクルー達も集まっている。
「放してよ!」
「あのなァ……別に個人の好き嫌いをどうこう言うつもりはねェけどよ、家族なんだから仲良くしろよ」
「家族? こんな女が?」
ハッと嘲笑するライアにサッチが僅かに顔を顰めた。
「大事な家族だろ」
「私は家族だなんて思ってないわ」
鼻を鳴らしてサッチの手を振り解いたライアは、これでもかと言うほど嫌悪の眼差しをリサに送り「アンタなんか絶対認めないから……!!」と吐き捨てると、取り巻きの隊員達を引き連れてその場を去って行った。
「………何つーか、女って怖ェな」
「そう思うんなら、島に降りるたびに女に貢ぐの止めとけよ」
小さくなっていくライアの背中を眺めながら呟くサッチにそう答えると、リサは溜息を一つ零した。そんなリサの頭をぐしゃぐしゃと撫でたサッチは、半乾きの髪に顔を顰めた。
「お前よォ、ちゃんと拭けよ。風邪ひくぞ」
「あぁ、忘れてた。さっき風呂に入ったばっかで――あ、」
「あ?」
首を傾げるサッチを無視してリサが自身の両手を見下ろす。手には書類が数枚のみ。もう一度溜息を零したリサは元来た道を戻り始めた。
「どした?」
「マルコの部屋に荷物忘れた」
「は? 荷物? マルコの部屋に?」
「風呂出てすぐマルコの部屋行ったんだよ。書類持って来たのに服とか全部置いて来ちまった」
「おいおい、それマズイんじゃねぇの?」
難しい顔でリサの隣に並ぶサッチにリサは首を傾げてサッチを見上げた。その間も足は止めずにマルコの部屋へ向かっている。先の角を曲がればマルコの部屋まであと少しだ。
「だってよ、もしライアがマルコの部屋に行ってそれ見付けたら――」
「どういう事!!?」
角を曲がりながら囁くように声を発していたサッチの声は、ヒステリックな声によって掻き消された。驚いて足を止めたリサ達の視線の先、マルコの部屋の前でライアがマルコに詰め寄っている。マルコの手にはリサの着替えが入った籠があった。
「あちゃぁ……遅かったか」
隣で額に手を当てて溜息を零すサッチを苦い顔で睨み上げたリサは、どうしたものかとその場に立ち尽くして成り行きを見ることしか出来ない。
「何であの女の荷物を持ってるのよ!」
「だから、部屋に忘れてったんだっつってんだろ!」
「何でマルコの部屋にあるの!?」
「それは風呂上がったアイツがそのままここに来て――」
「嘘!! 私に隠れて一緒に入ってたんでしょう!? 前もそうだったじゃない!!」
「入ってねェよい!!」
「白熱してんなァ……」と零したリサの頭を軽く叩いてサッチが一歩踏み出す。廊下で人目も憚らずに怒鳴り合う二人に少しだけ歩み寄ると、サッチはヒラヒラと手を振りながら二人に声をかけた。
「おーい、お二人さーん」
「何よ!!」
「何だよい!!」
勢いよく振り返った二人はサッチを睨み付け、その後ろに立つリサを見て更に凶悪な顔になった。
「怖ッ! なぁ、取り敢えずそれ、返して?」
リサの荷物を指してサッチが言うと、マルコは舌打ちをしながらサッチに向けて籠を突き出した。それを受け取ったサッチは「サンキュ」と礼を言うとリサの所に戻ってきた。
「お前よォ、忘れんなよ」
「ワリ、フツーに忘れてた」
「お前の色気ゼロのパンツでマルコが良からぬ事企んだらどーすんだ」
「悪かったな色気ゼロで」
鼻を鳴らしながら籠を受け取ったリサはマルコ達に向けて「スマン」と片手を上げると唇を尖らせながら歩き始めた。一緒に歩き始めたサッチがリサの籠の下の方からリサの下着をつまみ出して悲鳴に近い声を上げた。
「バカ! お前バカ! 何で俺が選んでやったヤツ穿かねェんだよ!!」
「バカ野郎!! テメェが選んだのは全部横が紐じゃねぇか!! つーかフツーに引っ張りだすなよ!」
「こんな色気ゼロのパンツじゃ何もする気起きねェよ!!」
「知るか!! 何であんな面倒臭ェの穿かなきゃなんねェんだよ!」
「分かってねーな! アレ解くのが楽しいんだろうが!!」
「分かりたくねェよ!! 解かねェよ変態!! 腐れリーゼントが!!」
サッチに回し蹴りをお見舞いしたリサは、悶絶するサッチをわざと踏み付けてその場を去って行った。
二人のやり取りを見ていたマルコの顔が僅かに曇った事に気がつく事はなかった。