01


「お前ら、最近いきなり仲良くなったよな」

昼食も終わり、食堂でレイアとコーヒーを飲んでいたリサは洗い物を終えて目の前に座ったサッチの言葉に首を傾げた。

「私達は元々仲良しだけれど?」
「頭おかしくなったか? 殴るか?」
「違ェよ! その拳を下ろせ! ったく……お前らってのは、リサとマルコの事だっての」
「私とマルコ?」

グッと握り込んだ拳を下ろしてリサは怪訝に顔を顰めた。サッチは厨房で淹れてきたコーヒーを啜ると「レイアもそう思うだろ?」と隣に座るレイアに尋ねた。

「そうね……まぁ、前よりは良くなったんじゃないかしら」
「そうか?」
「前はいつ刺し違えてもおかしくない状態だったけど、今はそういう感じしないもの。言い合いはしてるけど手が出ないって分かるから安心して見てられるわ」
「そうかぁ……?」

「分かんねぇよ」と首を捻るリサにサッチとレイアは顔を見合わせてそれぞれ溜息と苦笑を零した。

「まぁ、お前は変わってねぇよ。変わったのはマルコの方だな、お前に対して優しくなった」
「それはねぇよ。昨日だって、まだ傷が治ってねぇってのに叩きやがったんだぜ?」

包帯が巻かれている左腕を指して顔を顰めると「それだ」とサッチが人差し指を立てた。

「前はお前が怪我してたら『ハッ、ダセェ』って鼻で嗤ってただろ?」
「あぁ……ムカつく顔で嗤ってたな。ぶん殴ってやろうと思った」
「けど、今はそうやって手が出るようになった」
「悪化してんじゃねぇか」
「バーカ、そうやって気軽にスキンシップ出来るようになったって事だろ。メルエル島の事件が終ってからだよな、マルコが変わったの」
「そうね、最近はライアとベタベタしてるの見ないし……目が覚めたのかしらね」

楽しげに笑うレイアとサッチに、未だ首を傾げていたリサは唸りながら小さく頷いた。

「うーん……まぁ、確かにライアにデレデレヘラヘラしてるのは見なくなったな」
「だろ? 昔のマルコに戻ったって感じだよな」
「まぁ、ライアは不満みたいだけどね」

肩を竦めるレイアにそう言えばそうだったかも、とリサは最近の二人の様子を思い出した。
以前は腕に引っ付いて歩くライアにデレデレ笑っていたマルコだったが、どんな心境の変化があったのか最近は「歩きにくいよい」と素っ気ない言葉を吐いていた。その所為か最近のライアの機嫌は悪化する一方だ。二人に何があったのかなどリサには興味が無いし、仕事さえしてくれれば口を出すつもりもないから気にしていなかったが、言われてみれば思い当たる節はあったかもしれない。そう考えると、やはりサッチやレイアの言うようにマルコは変わったのだろう。

「私、この間二人が言い合いしてるの見たよー」
「ぐえっ」

背後から声が聞こえると同時にナンシーの身体がリサの身体を押し潰した。

「『ぐえっ』て何! 酷い! 私そんなに重くないもん!」
「つーか危ねぇよ! コーヒー零すだろ! フツーに隣に来いよ!」
「コーヒーもーらい!」
「聞けよ!」

リサの言葉を無視して隣に座ったナンシーがリサのコーヒーをひったくる。「ったく……」と呆れたように呟いてリサは頬杖をついた。

「言い合いって、マルコとライアが?」

レイアが尋ねるとナンシーはマグカップを口に運びながら頷いた。ズズッと音を立てて啜ってから「レアだよね」と笑う。

「でも、最近あんま上手くいってないらしいよ。この間テレサも見たって言ってたし、イゾウんトコのロナンも見たって言ってたもん」
「へぇ……」
「珍しいこともあるもんだ」
「前は気持ち悪いくらいベッタベタだったのにね」
「ふーん……まぁ、別に仕事さえサボらずにしてくれりゃ、どうだって良いんだけどな」
「そうそう。それもマルコがライアに言ったらしいよ?」
「何て?」
「『真面目に仕事しろ』って」

コーヒーを口に運んでいたサッチが噴き出した。

「汚ェ!!」
「ワリ……いや、マジで? さすがの俺もビックリだわ」
「マジ。イゾウが言うには『そろそろ目が覚めてきたんじゃねぇか』だってさ」
「へぇ……あのマルコが」
「俺が何だって?」

食堂に入って来たマルコが顰め面でリサ達の元にやって来た。隣にライアの姿はない。

「人のいねぇトコで陰口たァ、嫌な奴らだよい」
「いやいや、前のお前ほどじゃねぇよ」

ニヤニヤと笑みを浮かべながらリサが言うと、マルコが苦い顔でリサを睨んだ。何を話していたのか理解したのだろう。顔を逸らして舌打ちを一つ零すと、手に持っていた丸められた羊皮紙でリサの頭を叩いた。

「何だよ、事実だろ」
「煩ぇよい。おいサッチ」
「あん?」
「テメェ、もっと読みやすい字で書きやがれ」

リサとナンシーの間に身を割り込ませてサッチの真ん前に座るとマルコは丸めた羊皮紙を広げてテーブルに叩き付けた。

「さすがに読めねぇよい」
「どれどれ? ……うわぁ……」

身を乗り出して書類を覗き込んだナンシーが顔を引き攣らせて呟く。同じように身を乗り出したリサとレイアも書類からそっと視線を逸らした。サッチに至ってはそっぽを向いて口笛を吹いている。

「テメェの字が汚ェ事は嫌ってほど分かってるが、ここまで酷くはなかった」
「いやぁ……実はな、」
「提出期限忘れてて慌てて書いたんだろ」
「リサちゃん正解!」
「キモイ」
「ナンシー、お前実は毒舌だよな」

左胸を押さえて苦しげな顔をするサッチをマルコは黙って睨み付けている。さすがにマズイと思ったのか、サッチはコーヒーを飲み干して座り直しマルコに向き合った。

「よし、俺が解読しようじゃないか。読めねぇのは何処だ?」
「全部と言いてぇトコだが、何とか粗方解読出来たんだよい。分かんねぇのはここだ」

マルコが指した部分は、ただミミズのようにうねった黒い線が横に伸びているだけだった。

「ワリ、さすがに分かんねぇや」

テヘ、と舌を突き出すサッチの胸倉を掴んで頭突きを食らわせると、マルコは立ち上がり書類を指してサッチを冷たく見下ろした。

「一時間以内に書き直して持って来い」
「い、一時間!!?」
「この文字にすらなってねぇ部分だけで構わねぇよい。俺が読める字で書いて来い」
「いや、でも一時間って……」
「一秒でも遅れたら……分かってんだろうなァ?」
「………頑張ります」

青褪めながら返事をしたサッチに鼻を鳴らしてマルコが去っていくと、サッチが突然レイアの両手を取って叫んだ。

「手伝ってください!!」
「ナンシー、ジーン達に伝えておいてちょうだい。次の上陸はサッチの奢り酒よ」
「マジかよ……!!」
「よっしゃあ!」
「わーい! 皆に言っとくねー」

リサのコーヒーを飲み干してナンシーが軽やかな足取りで去っていくと、サッチは更に青褪めた顔でレイアを見つめた。

「ちょ、ちょっと高くつきすぎじゃねぇか?」
「一秒でも遅れたらどうなるかを考えたら安いものだと思うけど?」
「…………」
「まぁ、サッチがどうしても出せないって言うんなら仕方ないわね。この話は無かったことにしましょう。リサ、食後に身体動かしたいから付き合って」
「あいよ」
「あぁ、そうそう。医務室に寄ってドクター達に言っておかないとね。一時間くらいで血塗れのサッチが運ばれて来るって」

薄い笑みを浮かべながら二人が立ち上がると、サッチが慌ててレイアの腰にしがみ付いた。

「奢らせていただきます……!! だから助けて!! 俺まだ死にたくない!!!」
「次の上陸は美味しいお酒が飲めそうね。じゃあ行ってくるわ」

涙目のサッチと共に食堂を去っていくレイアを見つめ、リサは喉を鳴らしてもう一度腰を下ろした。

「すっかり海賊だ」

レオンの言葉がレイアの胸につかえていたものを取り除いてくれたのだろう。あの島を出航してから変わったのはレイアだとリサは思う。今までとは明らかに違う。笑顔が本物になった気がする、と微笑みマグカップを手にしたが、ナンシーが全て飲んでしまったのだと思い出して舌打ちをした。

「淹れ直すか」

レイアとサッチのカップと共に厨房へ運び、流しに置いてから新しいコーヒーを淹れたリサは、そう言えばさっきのマルコは疲れた顔をしていたな、と頭を掻いた。

「………たまには持ってってやるか」

書類を書くだけの自分達とは違い、全てに目を通して纏めて書き直して白ひげに報告しなければならないのだ。白ひげは適当に目を通すだけだから書き直す必要はないのかもしれないが、それでも後々何か起きた時の事を考えれば読みやすく纏められたものがあった方が良い。そう考えると、マルコ一人で相当な仕事を請け負っているのだと気付いたリサは頭を掻いた。前は気付かなかった所に気付くようになったのだから、リサも変わっているのだ。
自分とマルコのコーヒーを淹れてマルコの部屋まで行き、カップを持ち直してノックをすると返事はすぐに返ってきた。

「入んぞー」

入って来たのがリサだと気付いたマルコは目を丸くし、すぐに訝しげな顔へと変えた。

「何の用だよい」
「ん、コーヒー」

デスクに置くとマルコが信じられないという顔でリサを見上げた。

「………毒か?」
「ぶっかけられてぇか?」
「どういう風の吹き回しだよい、お前が俺にコーヒー持ってくるなんざ」
「自分の淹れ直すついでだよ。何か手伝うことあるか?」
「…………医務室?」
「ホンットにぶっかけるぞ」

鼻を鳴らして自分のコーヒーもデスクに置き、デスクの上に溜まっている書類を手に取った。

「全部読んで纏めて書き直すんだろ? 半分に分けて纏めてから最後に纏めた方が楽だろ、手伝ってやっから紙とペン寄越せ」
「……別に俺一人で出来るよい」
「目の下に隈作って何言ってんだよ」
「いつもの事だい」
「何もかも一人でやる必要なんざねぇだろ。同じ隊長なんだ、好きなだけ使えば良いじゃねぇか」

九番隊から十六番隊までの書類を奪い取ってベッドに腰を下ろすと、マルコが溜息をついた。

「ここでやってく気かよい」
「いいだろ別に。分かんねぇ事あって一々聞きに来るの面倒じゃねぇか」
「……勝手にしろい。ただし、やるならキッチリやれよい」
「言われるまでもねぇよ。んで、早く紙とペン」

「寄越せ」と言うと「何様だ」という言葉と共に紙とペンを渡された。ベッドの上に一枚ずつ書類を広げ始めた。

「あー……これが十二番隊でー……」
「……」
「ん? これ何て書いてあんだ?」
「……」
「ハールータ……あ、これ名前か」
「……」
「うおっ、イゾウすげぇ達筆!!」
「お前煩ェよい!! 気が散んだろうが!!」

ひたすら堪えていたマルコだったが、とうとう我慢出来なくなりデスクを叩きながらリサを怒鳴り付ける。突然怒鳴られたリサは唇を尖らせて「ヘイヘイ、悪かったな」と答えると、黙り込んで書類を一枚ずつ手に取って目を通し始めるのだった。