05


「……っ、う……」

全身を襲う痛みにリサは顔を歪めて正面に立つ男を睨んだ。上等な服に身を包む男は、そんなリサを嫌そうに見下ろして手にした鞭を振るった。乾いた音と共にリサの小さな呻き声が上がる。

「その目は何だ? ご主人様に向ける目ではないな」
「わ、たし、は……っ、どれい、じゃ、ない……!!」
「どの口が言う?」

再度振るわれる鞭が、先の青雉との戦いで傷を負っていたリサの身体に更に無数もの赤い線を引いていく。手枷には太い鎖が繋がり、それは天井へと続いていた。リサの足は既に立つ事すら出来ず、けれども鎖に繋がれている所為で倒れる事も膝を付く事も出来ない。圧迫され鬱血した手首は紫色に変色し、指先は色を失っていた。

「貴様は私が買った。エリーネの世話役にしてやり餌も与えてやったというのに、エリーネを攫って逃げ出すとは……まぁ、こうして戻って来た事だけは褒めてやろう」
「わたしは……っ、リサだ……――っ!!」

尖った革靴の爪先がリサの腹にめり込む。呼吸が出来なくなった次の瞬間には肺に大量の酸素が送られ、盛大に咽せた。胃液を吐き出し、生理的な涙が浮かぶ。そんなリサを穢らわしいという目で見下ろした男は、何度も鞭を振りリサの身体を赤く染めた。

「ちっ、穢らわしい……! さっさと私に服従すれば良いものを……!!」

睨み付けてくる眼光は鋭く、男は苛立ちを露に机の上に置いてある銃を手にした。

「その目を、止めろ!!」

パン、と乾いた音が響く。同時にリサの右肩に鋭い痛みが走り、それは徐々に熱を持っていく。

「ぅ、あ……」

パン、パン、と続けて二発の銃声が響き渡る。太腿と左腕に銃弾を受けたリサから呻きが漏れると、男は満足したように銃を机に戻してリサに歩み寄った。

「海軍の連絡によれば、今この屋敷に海賊が忍び込んでいるらしい。始末してエリーネを連れ戻して来い」
「ぐ、ぅ……」
「分かったのか?」
「、ああぁっ……!!」

髪を掴み、今しがた撃ち抜いた太腿を革靴で押し潰すとリサが悲鳴を上げる。

「そうだ、それで良い。お前はただ、私の与える痛みに脅えながら私に従っていれば良いのだ。間違えるな、お前の名前は――イレイサだ」
「ぃ、ぎ……あ、ああああぁぁぁっ……!!」

その目から光が失われていくのを満足げに見下ろし、男はリサの手枷から鎖を外した。石畳の床に伏せて荒く呼吸を繰り返すリサに口元を歪め、壁際の椅子に腰を下ろしてその苦しむ様を眺めていた。

「リサ!!」

勢いよく開いた扉から飛び込んできたマルコの姿と声に、リサが反応する事はなかった。




「リサ! しっかりしろよい! おい!!」

血塗れで地に伏しているリサに駆け寄り、マルコはその身体を抱き上げて呼び掛けた。だが、リサの光を失った目がマルコを映す事はなく、その呼び掛けに応じる事もない。

「テメェ……! 何しやがった!!」

悠然と椅子に腰を下ろして手を組んでいる男を睨み付けるが、男はただ笑みを浮かべるばかりで答えない。その顔がつい先程対峙したレオンと似ている事に気付いたマルコは盛大に顔を顰めた。

「お前……レイアの父親かよい」
「さて、そんな低俗な名前の女は知らないな」
「リサに何しやがった!」
「リサ? 一体誰の事を言っているのかね?」
「惚けんじゃねぇよい!!」

激昂するマルコの怒声など物ともせず、男は笑みを浮かべ続けている。

「まさかとは思うが、『それ』の事を言っているのかね? だとしたら、間違いだ。それはリサなどではない。イレイサという名前を私が付けた。私の所有物だ」

膝の上で手を組んだまま、人差し指だけをリサに向けて笑う男にマルコはリサを抱く腕に力を篭める。

「エリーネを攫うという失態を犯した道具だが……猛省し自ら戻って来たのだ、咎めはせんよ」
「ハッ、じゃあこれは何だってんだい?」
「それはただの躾の一貫だ。一度逃げ出した犬は厳しく躾直さなくてはならない。当然だろう? ――まぁ、君のような低俗で野蛮な者には理解出来ないかもしれんがな」
「………もう、それ以上喋んじゃねぇ」

リサの身体を横たわらせ、ゆらりと青い炎を立ち上らせながらマルコが立ち上がる。

「確かにコイツの事は気に入らねぇが………それでも俺の家族だ。テメェみてぇな胸糞悪ィ野郎に好き勝手されて黙ってられる程、俺は落ちぶれちゃいねぇ」
「私に刃を向ける気かね? 止めておけ、生命が惜しいのならな」
「生命乞いすんのは――テメェの方だよい!!!」

マルコは地を蹴って男に向かって行った――はずだった。

「あ?」

何かに腕を引っ張られている気がして振り返ると、そこには無表情のままマルコの腕を掴むリサがいた。

「何だよい、邪魔すん――っ、」

腕を振り払って再び男に向かおうとしたその時、突然リサがマルコに向けて鋭い蹴りを繰り出した。咄嗟の事に防ぐ事が出来なかったマルコの身体が勢いよく吹っ飛び壁に激突する。ガラガラと崩れ落ちた壁だったものを押し退けながら起き上がったマルコは鋭くリサを睨んだ。

「テメェ! 何す――」

マルコの声が途切れる。男を庇うように立っていたリサの目は、何処までも深い闇のような色だった。過去に何度か見かけた事のある奴隷達と同じような目をして立っているリサを見上げたまま、マルコは心の中で問うた。これは誰だ?と。
答えなど、返ってくるはずもない。