「次の島はメルエル島。偵察隊の話じゃ、街の中央には大きな門があって北と南で二分されてる。北側には貴族達の住む家が並んでっから、北側には行かないように。質問は?」
島が近付くと各隊ごとに隊長から注意事項を説明されるのが白ひげ海賊団の決まりだ。朝食が終わり、二番隊専用の広間に隊員達を招集したリサは隊長会議での内容を説明していった。
「貴族が住んでるっつー事はさ、隊長」
「何だ?」
「海軍もいんのか?」
ヒラヒラと手を挙げて質問をする隊員にリサは頷いて答えた。
「北側に海軍の屯所がある。南側にも出てくるらしいが……まぁ、手は出して来ねぇだろうから気にすんな。お前ェらも手ェ出すんじゃねぇぞ」
「おー」
「美味ェ酒が呑めりゃそれで良いや」
ゲラゲラと笑う隊員達に口端を上げ、リサは手にしていた書類を丸めて自身の肩をトントンと叩いた。
「それから、いつも言ってる事だが酔って暴れて迷惑かけんじゃねぇぞ。オヤジの名前を汚すような事はするんじゃねぇ」
「分ーってるって!」
「あ、ログはどんぐらいで溜まるんだ?」
「一週間だ。出航時間は島に着いたら聞かされるだろうから、忘れんじゃねぇぞ」
「おう!」
「んじゃ、これで終わりな。今日は午後に一番から三番倉庫の掃除があるから忘れんじゃねぇぞ!」
そう言って広間を出たリサは扉が閉まると同時に、ふぅと息を吐いた。
「あとちょっと、か」
呟きは部屋の中から聞こえる賑やかな声に掻き消されてしまった。
「島に着いたぞ!!」
朝食を食べに集まった船員達で賑わう食堂中に響いた声。一瞬の静寂の後、船員達は喜びの声を上げた。慌てて料理を掻っ込んで食堂を飛び出していく船員、島は逃げない、とゆっくり朝食を食べ続ける船員、様々な行動を取る家族を尻目にレイアは僅かに息を吐き出した。忘れる事の出来ない光景がグルグルと頭の中を駆け巡り、抜け出すことが出来ないまま息が苦しくなったその時、コトン、と音を立ててマグカップを置く音が耳に届いた。
「島に着いたってさ」
隣に座るテレサの呟きで我に返ったレイアは顔を上げて正面に座るリサを見つめた。リサの真っ直ぐな視線を向けられてほんの少しだけ微笑むと、リサも同じように口端を上げた。
「必要な物は?」
「大丈夫」
「じゃあ、船に残るか?」
「――降りるよ」
ジーンの問いにそう答えると、レイアは深呼吸を一度だけして立ち上がった。同時にリサ達も立ち上がり、空になった食器を下げに行く。
「それじゃ、甲板で」
「あぁ」
隊長という事で一人部屋を持っているリサと別れ、レイア達はジーン達と共に部屋へ向かった。上陸の準備をしている間、誰も何も話すことはなかったが、四人が自分の事を心配していてくれている事はレイアにも分かっていた。
「行こう」
「あぁ」
「美味しいものあるかなぁ」
「美味しいお酒もね」
「早く甲板行かないと『遅い』ってリサに怒られちゃうわ」
部屋を出て五人は甲板へ向かう。まるで、レイアを護るかのように囲んで歩く四人にレイアは苦笑せざるを得なかった。甲板に着くと、既に用意を終えたリサが不敵な笑みを浮かべて「遅い」と零す。
「ほらね」
サティの言葉にレイア達が笑みを零し、六人はモビーディック号を降りて島へ上陸した。
「どっから行く?」
ナンシーの問いにリサはレイアを見つめた。けれど、レイアは微笑んでリサの額を小突いた。
「何処に行きますか?隊長」
一瞬ポカンとした表情を浮かべたリサは、すぐにいつものように笑うと口を開いた。
「んじゃ、適当にブラブラすっか。飯食ったばっかで腹減ってねぇし」
そして六人は街の中を歩き回り適当に買い物を済ませた。酒場で食事を取り、夜になれば船に戻る。他の島の時と同様に一日目を過ごした。
二日目も同じように過ごしたリサ達は、後は帰って寝るだけだと船へと足を運んだ。前日と同じように船に戻って風呂に入って寝る。そうなると思っていた。
「――あらら、こりゃビックリだ」
背後から聞こえた声に、レイアは一瞬で背筋が寒くなるのを感じた。慌てて振り返ると、そこには見知った顔がいた。額にアイマスクを装着した長身の男は、常日頃あまり変化する事のない顔をほんの少しだけ困ったように眉を下げてこちらを見下ろしていた。
「青雉か」
まるでレイアを庇うかのように前に出たリサが挑発的な笑みを浮かべて腰のサーベルに手をかけると、青雉は片眉を上げてリサを見据え、その背後で顔を強ばらせているレイアを見てから再びリサを見た。
「成程、そういう事か」
「何か用か?」
「用はねぇが……久しぶりに会ったんだ、一杯付き合わないか?」
「ハッ、海軍大将殿が海賊を誘って平気なのかよ?」
「海賊? ――まさかとは思うが」
「そのまさかだと言ったら?」
冷静さを取り戻したレイアがリサの隣に並んで青雉を見据える。そんなレイアの様子に青雉は大きな溜息をつきながら頭を掻いた。
「なーんでその船に乗っちゃうかなぁ。そこら辺の船だったら適当に潰して終わりにするんだが……白ひげ海賊団を相手にするのはなぁ」
「じゃあ、見逃してくれるのかしら?」
「それを決めるのは俺じゃないでしょ。それに、この先どうなるかを知ってるのは君らの方でしょうに」
「………嫌よ」
「それを言う相手も俺じゃないでしょ」
そう言うと青雉はレイア達に背を向けてひらひらと手を振りながら歩きだした。
「ま、取り敢えず報告だけはさせてもらうよ。この島に来たって事は、覚悟の上なんだろう?」
去って行く青雉の先に見えるのは高くそびえ立つ門。あの門を潜ってしまえば、そちらは貴族達の住まう別世界だ。小さくなっていく背中を見つめながら、レイアはそっとリサの手を握った。
「――傍にいて」
「あぁ」
「ずっとよ」
「あぁ」
「……離れないで」
「分かった」
レイアの手を握り返しながらリサが返事をすると、レイアは漸く少しだけ安堵した様子で微笑んだ。
「とにかく、今日は船に戻るぞ」
成り行きを見守っていた四人を振り返ると、テレサ達は何処か硬い表情のまま静かに頷いた。
帰りの道は、前日と違って重苦しい沈黙が支配していた。
レイア達が船室に入っていくのを見届け、リサは甲板で酒を呷っている白ひげの元へと向かった。前日は酒場へ行っていたマルコやイゾウ、ビスタの姿があったが、珍しい事にマルコの隣にライアの姿はなかった。
「オヤジ」
「何だ、もう帰って来やがったのか」
「あぁ、十分飲んだからな」
「その割にはまだまだいけそうだな。飲むか?」
イゾウが差し出す酒瓶を礼を言って受け取り、栓を開けないままリサは白ひげを見つめた。
「報告だ。この島に青雉が来てる」
マルコ達の顔が一瞬で引き締まる。唯一何の変化も見せなかった白ひげは酒を飲み干してから「そうか」と呟いた。
「会ったのか?」
マルコの問いに頷くと、白ひげが鋭い目でリサを見据えた。
「それで?」
「それだけさ。明日からは今日よりも海軍がウロチョロするだろうが、まぁ問題は無いだろ。報告は以上」
酒瓶の栓を開けてグイと呷るリサを見ていた白ひげは口端を上げて新たな酒瓶に手を伸ばした。
「オヤジ、あんま飲み過ぎんなよい」
「グラララ! 酒ってのァ、飲みてェ時に飲むモンだ」
「ちったァ自分の身体も労わってくれよい」
マルコの苦言を一切無視して酒瓶を呷る白ひげに、リサとイゾウは肩を竦め、ビスタは苦笑し、マルコは溜息をついた。
「リサ、レイアはどうだ?」
「別に何も変わんねぇよ」
「そうか」
「望み通りになって良かったじゃねぇか」
「グラララ、期待してるぜバカ娘共」
酒を飲み干したリサは空瓶を手に船室へと戻って行った。
「随分と意味深な会話だったじゃないか」
船室へ消えていくリサを見遣りながら口端を上げるイゾウに、白ひげはもう一度声を上げて笑った。
「いつまで経っても成長しねぇガキ共に発破掛けんのも親の務めだろうが」
「お手柔らかに頼むよ。どうしようもない奴でも、俺にとっちゃ大事な妹なんでね」
優美に微笑み酒を口に運ぶイゾウに、ビスタも微笑み、マルコは肩を竦め、白ひげは再度声を上げて笑うのだった。