09


「あー……朝陽が目に沁みる」
「オッサンかよ」

一晩中酒を飲んで笑い明かしていたリサ達が酒場を後にすると、丁度朝陽が昇った所だった。目頭を押さえて唸るテレサに笑い、リサは身体を伸ばした。

「久々に飲み明かしたぜ」
「も、お腹いっぱい……気持ち悪い……」
「うー、飲みすぎた……」
「………」
「おい、レイア大丈夫か?」

青褪めているのはサティ、ナンシー、レイアの三人で、レイアに至っては何も言えない様子で口を押さえていた。テレサ、リサ、ジーンの三人は顔を見合わせて笑い、それぞれ一人ずつ肩を貸して船へと歩きだした。

「ちょ、リサ……もっとゆっくり……」
「聞こえねぇなぁ」

サティの呻き声を切り捨てて歩いていると、隣でテレサもナンシーに対して同じ事をしているようだった。ジーンは既に歩く事も出来なくなっているレイアを抱きかかえて歩いている。

「お前ら弱すぎ」
「リサが強すぎるんだろ。私だって結構辛い」
「私は眠い」
「そんな調子でよく飲み明かそうなんて言えたモンだ。ったく……ほら、サティ。歩けって」
「うー……」

真っ青な顔で呻きながら蹲るサティに溜息を零してジーンと同じように抱き上げると、サティが小さな声で謝罪の言葉を口にした。

「一週間、酒禁止な」
「うー……」
「勿論、ナンシーもレイアも」
「うえぇ……」
「………」

船に戻ると、どうやら甲板で飲み明かしていたらしいイゾウが「お帰り」と迎えてくれた。

「おやまぁ、随分と楽しそうな事になってるじゃないか」

リサ、テレサ、ジーンに抱き上げられているレイア達を見て喉を鳴らすイゾウ。

「サッチは帰ってるか?」
「いや、まだ帰ってないな」
「そっか、サンキュ」

三人を部屋に連れて行きベッドに降ろすと、リサ達はコキコキと首を鳴らして部屋を後にした。

「あー、そういや昨日買ったモン全部私の部屋だな」
「先に取っておくか」
「そだね、私が後で持って行くよ」

リサの部屋へ行き、三人は自分達が買ったものを取ると、レイア達の分もそれぞれ分けて袋に詰めてやった。

「しかし、レイアがあそこまで飲むとは思わなかったな」
「いつもはああなる前にやめるもんね」
「まぁ、たまには良いだろ。アイツは溜め過ぎなんだよ」

適度に吐き出す事をしないから、この間のように宴の席で白ひげに突っかかるような真似をする事になるのだ。そう言って肩を竦めるリサに、ジーンとテレサは顔を見合わせてリサの頭と肩にそれぞれ手を置いた。

「お前もな」
「あ?」
「前に進むんでしょ? なら、ほんの少しずつでも口にしてみれば?」
「別に不満なんてねぇよ、私は」

ジーンとテレサが同時に顔を顰める。

「レイアが良ければそれで良いさ」

その言葉が本心からのものなら、どんなに良かったか。微笑ましい家族愛として受け取る事が出来たが、そうでない事を二人はよく知っている。ジーンとテレサは顔を見合わせてこっそり溜息を零さざるを得なかった。





冬島を後にしてからも、モビーディック号は何度か島への上陸を経てグランドラインを自由に航海していた。

「お前ェ、何で呼び出されたか分かってんだろうな?」

人払いがされた白ひげの部屋に呼び出されたレイアは瞬きを一つして肯定の意を表す。すると白ひげはグラグラといつものように笑って身を乗り出した。いつもはその手に酒瓶があるのだが、その時だけは何も持っていない。真剣な話なのだとすぐに想像がついた。

「次の島が何処か分かるか?」
「いいえ、聞いてませんから」
「メルエル島だ」
「っ、」

息を詰めるレイアをジッと見つめ、白ひげはゆっくりと上体を起こして背もたれに背を預けた。

「お前らが前に進む気になった事は分かってる。最近、島に着くたびに上陸してるみてェじゃねぇか」
「…………」
「そろそろ乗り越えてもいい時だ。違うか?」
「………私は、」

俯き小さな声で呟くレイアの言葉を聞き漏らさないようにと、白ひげは耳を澄ませた。握り締めた拳が僅かに震えている――否、レイアの全身が震えているのだ。

「私は……でも……まだ、無理です」
「お前がそういう風に扱うからだろうが」
「それは……っ、」
「お前の言いてェ事は分かる。だが、このままで良いはずがねぇ」
「………ずっと……このままいれば、変われると思ってた……」

唇を噛み締めるレイアの顔は苦痛に歪んでいる。掌に食い込んだ爪がぷつりと音を立てて肉を突き破って血が滲んだが構わなかった。

「でも……変われなかった……何年経っても……っ、何も変わらない……!」
「…………テレサ達はどうだ?」
「あの子達は……変わりましたよ。オヤジさんだって知ってるでしょう?」
「お前らみてぇに逃げてるようには見えねぇな。だが、俺に言わせりゃまだ駄目だ」
「オヤジさんは完璧を求めすぎですよ」
「バカ言ってんじゃねぇ、俺ァ、テメェはテメェらしく生きろって言ってるだけだ」
「………それ、あの子に言ったらこう言われますよ。『私は私らしく生きてる』って」
「グラララ、あのバカ娘が」

話は終わりだとでも言うように、白ひげが酒瓶を掴む。レイアは詰めていた息を吐き出してくしゃりと髪を掴んだ。

「どちらにしろ、次の島がメルエル島って事は変わらねぇ。きっちりケジメ付けて来い」
「………もし、最悪の事態になったら……」
「そん時ゃ、バカ娘ぶん殴って目を覚まさせてやりゃあ良い」
「オヤジさんが殴ったら死んじゃいますよ」

苦笑しながらレイアが答えると、酒をがぶがぶと飲んでいた白ひげは口元を拭って不敵な笑みを浮かべた。

「俺が大事なバカ娘を殴るかよ。適役がいるだろうが」
「サッチの事ですか? サッチが殴るとも思えないけど……」
「アホンダラァ。もっと適役がいんだろうが」
「……まさか、マルコだなんて言いませんよね?」
「グララララ! アイツなら喜んで殴りそうだ」
「オヤジさん……」

堪えきれずに溜息を零せば、白ひげは一段と大きな声で笑い酒を呷るのだった。




レイアが白ひげの部屋を訪れた頃、リサは操舵室で航海士から次の島の事を聞いていた。

「やっぱ、その島なんだな」
「ん? 何だ、知ってたのか?」

「さっき食堂でマルコがライアにそう言ってんの聞こえたんだよ」
「珍しいな、お前がわざわざ確認しに来るなんて。知ってる島なのか?」
「………いや、どんな島かは知らねぇな」

「サンキュ」と言い残して操舵室を後にしたリサは、その足で再び食堂へと向かった。昼食を終えて疎らになった食堂にはそれでも数十人の船員達が残っていて、酒を飲んだりカードで遊んだりしていた。操舵室に行く前にいたマルコとライアの姿も見えた。

「サッチ」

厨房に行くとすぐに、じゃがいもの皮むきをしているサッチが見つかった。空樽に腰を下ろして器用に包丁を操って皮を剥いているサッチの元へ行くと、じゃがいもから顔を上げてリサを見たサッチは僅かに首を傾げた。

「何かあったのか?」
「、どうして」
「変な顔してんぞ」

鋭いサッチに曖昧に笑みを零して背中合わせに同じ樽に腰を下ろすと、後ろから「狭ェよ」と笑いながら文句がリサの耳に届いた。

「我慢しろって」

サッチの背中に身体を預けて天井を見上げると、サッチは何も聞かずに鼻唄を口ずさみながら皮剥きを続けた。既に聞き慣れた歌は時折音を外してリサの鼓膜を震わせる。けれどそれが何処か心地良くて目を閉じて耳を傾けていると、サッチが喉を鳴らした。

「俺様の美声に聞き惚れたか?」
「いや、音痴だなと思って聞いてた」
「悪かったな!」

恥ずかしいのか、焦ったような声が聞こえてリサは小さく笑みを零す。

「んで? 俺はいつまでこの逞しい背中を貸し出してれば良いんだ?」
「あぁ、重いか?」
「いや、皮剥き終わったからあっちに運びたいんだよ」

そういう事ならとサッチの背中から離れると、サッチは剥き終わったじゃがいもの入ったボウルを抱えて調理台へと向かった。包丁と手を洗って戻ってくるサッチをぼんやりと見ていると、手を拭かないままの濡れた手がリサの額を弾いた。

「痛ェ」
「あんま変な顔してんじゃねぇよ」
「悪ィな、元からこの顔だ」
「バーカ。俺様を騙せると思ったか? お前の事なら大抵はお見通しだっつーの」

ポンポンとリサの頭を叩いたサッチは、そのままリサの頭を自身の胸へと引き寄せた。

「大丈夫だ」

思いがけない言葉に目を見開いたリサは、自分よりも早くサッチが次の島の事を知っていた事に気付いた。思い返せば、マルコが知っていたのだからサッチが知っていたとしても何ら不思議ではないのだ。

「……ホントに、そう思うか?」
「あぁ」

きっぱりと頷くサッチにほんの少しだけ笑みを零し、リサはサッチの胸に頭を擦りつけた。大きな手がリサの頭を優しく撫でていく。その手の温かさに目を閉じて唇を噛み締めていると、カツンという靴音が耳に届いた。反射的に食堂へ続く扉の方を見ると、マグカップを片付けようとしていたのだろう、マルコが立っていた。

「こんな所でイチャついてんじゃねぇよい」
「……そんなんじゃねぇよ」

顔を顰めて答えると、マルコが鼻を鳴らして流しにカップを運ぶ。目を眇めてその背を睨み付けたリサは、サッチに笑いかけた。

「ありがとな」
「大丈夫か?」

探るように覗き込んでくるサッチにいつものように笑いかけると、サッチは何処か困ったように笑った。

「殴ってくれよ」
「は?」
「目が覚めるまで……思い切り、ぶん殴ってくれ」
「――バーカ、俺がお前を殴れると思ってんのか?」
「頼んだぜ」

サッチの胸を拳でトンと叩いて厨房を後にしようとすると、サッチがリサを呼び止める。振り向かないリサの背に向かって口を開いた。

「死ぬ気で抗え」

答える事なく厨房を後にするリサに舌打ちを零してシンクに向かうと、片眉を上げて何処か訝しげな顔をするマルコと目が合った。

「気になんのか?」
「何で俺がアイツを気にしなきゃなんねぇんだよい」
「雪ン中で酒飲んでたアイツに毛布渡して、寝ちまった後わざわざ部屋まで運んでやった奴の台詞とは思えねぇなぁ。ご丁寧に俺の名前まで出して隠蔽工作か?」
「………」

何で知ってるんだと心の中で舌打ちをするが、そんな事おくびにも出さずにマルコは厨房を後にした。その背にかけられたサッチの言葉に、マルコが答える事は無かった。