二人がモビーディック号へ戻ると、すぐに宴が始まった。見つけた宝は白ひげへ差し出し、リサはレイアとサッチによって医務室へと連行された。船医の治療を受けたリサは、現在、甲板にやって来てレイアと二人で酒を煽っている。
「ったくよぉ……もっと自分の身体を大事にしろっての」
ブツブツと文句を口にするのは新しい酒瓶とつまみを持って来たサッチ。リサ達の前に置くと、グシャグシャとリサの頭を掻き回した。崩れたポニーテールにリサが顔を顰めるがお構いなしに鼻を鳴らし、サッチはリサの正面に腰を下ろした。
「そんな怪我するほど大変だったのか?」
「別に大変じゃねぇよ」
「どんな仕掛けがあったの?」
「特に何も。ただ、水ン中潜ったり真っ暗な道歩いたり炎の中歩いたり氷点下の道を歩いたりしただけ」
肩を竦めて酒を呷ると、サッチが顔を顰めた。
「おいおい、それの何処が大変じゃねぇってんだよ。お前の足がそんなんなってんのはその所為か」
火脹れと凍傷になりかけて痛々しいリサの手足を見下ろしながらサッチが眉間に皺を寄せる。レイアを見ると、レイアも同じような顔をしていた。
「あの宝、奴隷達が隠したんだと」
「奴隷達が?」
「この島にある街、『奴隷の街』って呼ばれてるって知ってるか?」
サッチとレイアが一瞬目を見開き、すぐに眉間に皺を寄せる。知らなかったのだと理解したリサは「私もマルコから聞くまで知らなかった」と呟いた。
「んで、私らが行った神殿は遥か昔に奴隷達が建てさせられたんだ。壁画に石を運ぶ奴隷達の絵があった。宝への手掛かりは『我らを知ることが 宝へと導く その道は 我らの敵にあり』だとよ」
「……じゃあ、リサが通った道ってのは、」
「あぁ、宝箱の傍にあったぜ。『我らの痛みを思い知れ』ってな」
三人の間を沈黙が支配する。少し離れた所から他の船員達の楽しげな笑い声が聞こえてくるが、リサ達の所だけがまるで切り離された空間のように静かだった。
「ホント、執念深ぇ奴らだぜ」
嘲るように口元を歪めてリサが酒を呷るのをサッチは無言で見ていた。
水中にいるかのように息苦しく、未来の見えない恐怖を抱き、炎に焼かれているかのような痛みを受け、極寒の地にいるかのように寒さに凍える。それは奴隷として生きる事を強いられた彼らからのメッセージ。助けてくれ。何故、自分達だけが。どうして。同じ目に遭えば良い。思い知れ。苦しめ。同じように苦しめ。
「――オヤジさんは、知ってたの?」
ポツリと呟いたレイアの方を向くと、その瞳が暗く冷たい光を発している事に気付いた。
「さぁな」
そう答えながらも、リサは白ひげがその事を知っていたであろう事に気付いていた。サッチは勿論、問いかけたレイアですらもその事に気付いているだろう事は間違いなかった。
「………ちょっと、席外す」
酒を飲み干して立ち上がり喧騒の中へと消えていくレイアの背中を見つめながらサッチが僅かにため息を零す。リサを振り返ると、リサは無表情で酒を煽っていた。
「怪我、全部治るまで動き回んなよ」
苦笑しながらリサの頭に手を乗せると、「多分な」と小さな声が返ってきたのだった。
「オヤジさん」
マルコを含めた数人の隊長達に囲まれるように座って上機嫌に酒を呷っていた白ひげの元にやって来たレイアは、水を差したと睨んでくるマルコや、隣に座るライア達二番隊の新入り女隊員達を一切無視して白ひげに話しかけた。
「知ってたんですか?」
ガブガブと飲み干した酒瓶を膝の上に置き、口元を拭いながら白ひげはレイアを見下ろした。何の感情も篭っていないようで、実は僅かに怒りの色を瞳の奥に湛えているレイアに瞬きを一つする事で肯定の意を表す。
「ならば何故です?」
「何がだ」
「何故私じゃないんですか?」
「いい加減お前ェも前を見たらどうだ? レイア」
宴の席だというのに何処かピリピリとした空気を放つレイアと白ひげに、近くにいた船員達の視線が向けられる。新たな酒瓶の栓を抜きながら白ひげはチラとリサのいる方を見やってからレイアを見据えた。
「お前ェが前を見ねぇ限り、何も変われねぇだろうが」
「見てます」
「見てるだァ? 何年経っても脅えてるお前のどの口が言いやがる」
「………脅えてなんか、ない」
あくまでも涼しい顔で無表情を装うレイアだが、その拳が強く握り締められている事に気付かない者はいなかった。呷っていた酒瓶をダンと肘掛けに下ろすと、白ひげは身を乗り出してレイアに言った。
「俺ァ白ひげだ。バカ娘共が未来に脅えて縮こまってるってんなら、その未来を切り開いてやるのが親ってモンだろうが」
「――、」
何かを言おうとして口を開きかけるが、すぐに口を閉じたレイアは目を伏せて深呼吸をしてから白ひげをジッと見据えた。
「私は、間違った事をしているつもりはありません」
「………バカ娘が」
グビグビとあっという間に酒を飲み干してしまった白ひげが酒瓶を放り投げて立ち上がる。レイアの正面に立つと、レイアがグっと歯を食いしばって白ひげを見上げた。
「レイア、お前ェ……俺より怖ェもんがあんのか?」
「……っ、」
「そこら辺で勘弁してくれよ」
レイアを庇うように前に立ったリサが白ひげを見上げる。
「悪いな、オヤジ。コイツちょっと酔ってんだよ」
「そうやって誤魔化すのはお前ェの悪ィ癖だ、リサ。甘やかすだけが教育じゃねぇだろう」
「甘やかす? 教育? 生憎、私にそんな偉そうな事ァ出来ねぇよ。オヤジだって知ってんだろ?」
僅かに口端を上げてそう答えると、リサはジーンを呼んだ。
「そいつ酔っ払ってっから部屋に連れて帰れ」
「あぁ」
ジーンがレイアの肩を抱いて船室へと促すと、レイアは何も言わずにジーンと共に部屋へと戻って行った。パタンと扉が閉まると、静寂が甲板を支配する。
「アイツの言動が気にいらねぇってんなら、私に言ってくれよ。私の隊の奴なんでね」
「親の言う事を聞きもしねぇハナタレに何言えってんだ?」
「言いたい事言ってくれて構わねぇぜ? 他でもねぇオヤジの命令だ、私に出来る事なら何だってするさ」
「俺が言いてぇ事はお前が絶対に聞かねぇ事だろうが」
「おいおい、私だって万能じゃねぇんだ、私に出来る範囲内の事にしてくれよ。言ったろ? 私に出来る事なら何だってする、ってな」
「バカ娘が………グラララ、おい、新しい酒持って来い」
「あいよ」
新しい酒瓶を取りに行くリサを見ながら白ひげが再び椅子に腰掛ける。それと同時に張り詰めていた空気は綺麗さっぱり消え去り、船員達は未だ動揺を隠せないながらも宴会を再開した。
「ほらよ。あんま飲みすぎてナース達に怒られても知らねぇぞ」
「グラララ、飲みてェもん飲んで身体に悪い訳あるか」
「ま、好きにしたら良いさ。私はオヤジの言う事には逆らわねぇからな」
「どの口がほざいてやがる」
声を上げて笑う白ひげにヒラヒラと手を振ってその場を離れてレイアの部屋へ向かおうとしたリサの元にナンシー、サティ、テレサがやって来る。その表情は何処か複雑そうだった。
「リサ、」
「シケた面してんなよ。折角の宴だ、飲んで騒いでろ」
「私達も行くわ」
「いらねぇよ。ガキじゃねぇんだ、お守りはいらねぇ」
「レイアとアンタの為じゃなくて、私らの為だよ。構わないでしょ?」
腰に手を当てて笑うテレサに片眉を上げ「勝手にしろ」と呟いて船室へと入っていく。三人が後に続き、四人はレイアの部屋へと向かった。
「レイア、入るぞ」
軽くノックをして扉を開けると、扉の所に立っていたジーンが肩を竦める。ベッドに腰掛けていたレイアは俯いていて、ふわふわとした長い金糸をぐしゃりと掴んでいる。
「レイア」
扉を閉めてリサが呼びかけると、レイアの肩がピクリと動いて緩慢な動きで顔を上げた。その顔は悲しげで、けれど涙が流れる気配は見られなかった。
「あんま考えんなよ」
「……分かってる」
「オヤジが言いてぇ事も分かってる。私らがこの船に乗ってもう六年だ。けど、レイアが見たくねぇのに無理に見る必要なんかねぇよ」
「………」
「気張んな。『ゆっくりやっていこう』だろ?」
「……ん」
弱々しく、けれど確かに微笑んだレイアにリサも表情を和らげる。
「レイアのペースでやっていけば良い。私も、お前らもな」
振り返ってそう笑いかければ、ジーン達もそれぞれ微苦笑を浮かべていた。ナンシーに至っては目に涙を溜めている。
「なぁに泣きそうになってんだ?」
「だって……、」
「ほら、来いよ」
素直にリサの元にやって来たナンシーの腕を引き寄せて抱きしめると、とうとう涙を零したナンシーがリサの肩口に顔を埋めて嗚咽を噛み殺した。リサのシャツを握りしめるナンシーの手は僅かに震えていて、リサは優しくナンシーの頭を撫でながら笑った。
「鼻水付けんなよ」
「分か、てるもん」
グスグスと鼻を啜るナンシーにサティがクスクスと笑いを零すと、テレサもジーンもレイアも笑い出した。リサも声を上げて笑うと、ナンシーは真っ赤な顔でリサの背中を叩く。
「バカ、痛ェって」
「笑うなぁ! うー……」
「ハハッ、悪ィ悪ィ。いい加減泣き止めよ。食堂行って酒もらって来ようぜ?」
「そうね、まだ飲み足りないわ」
リサの言葉にサティが頷く。
「私が行って来る。テレサ、付き合え」
「ついでに食べ物もよろしくね」
「太るわよ、ナンシー」
「ちゃんと運動するもん!」
「私も行くよ」
レイアも立ち上がり、ジーン、テレサと共に部屋を出ていった。サティがリサの隣に腰を下ろし、後ろからリサに抱きつくとリサは喉を鳴らした。
「抱き枕じゃねぇぞ」
「ちょっとだけよ。……ねぇ、リサ?」
「んぁ?」
「………ありがとう」
「ハッ、礼を言われる事なんざしてねぇだろ」
「私達と一緒にいてくれて……ここにいさせてくれて、ありがとう」
「私も……ありがと、リサ……レイアも」
「そりゃ、レイアに直接言ってやれよ」
ナンシーを抱きしめ、後ろから抱きつくサティの肩に後頭部を預けてリサが笑う。ナンシーもサティも笑い出し、三人はレイア達が戻ってくるまで笑い続けた。