地下へと続く階段を降り始めると、リサはすぐに顔を顰めた。
「何も見えねぇな」
生憎、煙草を吸わないのでライターなど持っていない。こんな事ならランプの一つでも持ってくれば良かったと溜息を零しそうになったその時、突然背後が光り輝いた。マルコがその腕を青い炎へと変えたのだ。
「便利なこって」
先頭をマルコに譲り、後を歩いていく。明るくなったおかげで足元もよく見える。同時に、階段が随分と長く続いている事に気付いた。ふと壁に目をやると、そこにも絵のようなものが描かれている事に気付いた。
「――マルコ、ストップ」
数段下でマルコが立ち止り不機嫌そうに振り返る。リサが壁を顎でしゃくると、炎で照らしながらマルコも壁画を見た。
「さっきと同じだろい」
「いや……さっきのは貴族達だったけど、こっちは奴隷達の絵だ。石を運んでる……この神殿を作った時の絵じゃねぇか?」
ならば、この絵の中に何か手掛かりがあるはずだ。マルコもそう考えたらしく、先程よりペースを落とし壁を照らしながら階段を降りていった。無言で階段を降りていくこと十数分。最後の一段を降りた二人の前には大きな壁があった。
「行き止まり……?」
「絵の中には特に気になるようなモンは無かったよな?」
「じゃあ、あの入口が間違ってるって事かよい」
「いや……入口は合ってるはずだ。他に奴隷達の『敵』は無かったし、間違った通路の壁に絵を描いたりしねぇだろ」
もう片方の腕も炎へと変え、マルコがその場を更に明るくする。大きな壁がそびえ立ち、背後には自分達が降りてきた階段。そして壁画。壁を念入りに調べてみるが、おかしな所は見当たらない。
「『敵』が何処かにあるんじゃねぇかと思ったが……見当たらねぇな」
「『敵』?」
「何も、あの入口だけとは限らねぇだろい」
それもそうか、とリサもマルコが調べている壁を見回してみるが、それらしいものはない。ふと、たった今自分達が降りてきた階段の壁画を振り返った。
「なぁ」
「あ?」
「あの壁画にあったか覚えてるか?」
階段の方を親指で指しながら尋ねると、マルコはあからさまに顔を顰めて舌打ちをした。もっと注意深く見ていれば良かったと考えているのか、もっと早く気付けとリサを責めているのかは定かではない。もしかしたら、リサより先に気付きたかったのかもしれない。
たった今降りてきた長い階段を今度は上りながら二人は注意深く壁画を眺めた。奴隷達が一列になって石を抱えている絵がひたすら続いている。半分ほど上った所で先を行くマルコが足を止めた。無言で壁画を照らし出す。そこに描かれている奴隷は他のと何ら変わりが無いが、その奴隷の足元に転がっている小さな石ころに『敵』が描かれているのだ。
「これだな」
リサが『敵』にそっと手を伸ばして触れた途端、地鳴りがした。閉鎖された空間の中でそれは徐々に大きな音となり二人の鼓膜を震わせる。顔を顰めながらその音に耐えていると、何処からか水音のようなものが聞こえた。
「水……?」
「どっから――っ、マルコ!」
下から水が迫ってきている事に気付いて慌てて声を上げると、同じ頃に気付いたマルコが腕を完全に翼へと変えて宙へ浮かぶ。強くなった光で照らされた水の底を目を凝らして見つめると、例の壁が無くなり奥へと続いているのが見えた。
「『我らを知る』、か……」
呟き、リサは靴を脱いでマルコに放り投げた。しっかりと受取りながらマルコが顔を顰める。
「お前一人で行く気かよい」
「だってお前泳げねぇだろ。心配すんなって」
「お前ェの心配なんざしてねぇよい。宝が取れるか心配してんだい」
「オヤジが欲しがってんだ。持ち帰るさ、必ずな」
そしてリサは大きく息を吸い込んで水の中に飛び込んでいった。せり上がってくる水に逆らってどんどん下へと潜っていくリサを苦々しげに見やり、マルコは階上へと向かうのだった。
水の中に飛び込んだリサは、ひたすらに下へ下へと泳ぎ続けていた。一番下へと辿り着き、壁によって閉ざされていた道へと入っていく。目の前は真っ暗で何も見えない。息が何処まで続くかは分からないが、諦める訳にはいかない。何とかなるだろうと先の見えない道を泳ぎ続けた。リサが泳ぐ道はどうやら所々でカーブしているらしかった。時折壁にぶつかりながらも何とか先へ進んでいくと、遥か前方で灯りのようなものが見えた。酸素を求めて必死に泳ぎ切ると、そこには更に先へと続く道があった。
「泳ぎながら上に上がってたのか……」
いつの間にか地上に出ていたらしい。髪の毛と服の端を軽く絞って歩き出そうとしたリサは、靴をマルコに預けたままだった事を思い出して僅かに舌打ちを零した。無いのなら仕方がない。先へ続く道は再び洞窟になっていて灯りは一切見えなかったが、今更立ち止まる訳にはいかないのだ。気合を入れる為に頬を軽く叩き、リサは闇の中へと足を踏み入れた。
「あー、あー……声出してんだか分かんねぇな」
視覚、聴覚を奪われながらもリサは先へと進む。片手を壁につき、もう片方の手を前に出して進んで行くが出口は一向に見えない。孤独がリサに襲いかかる。けれどリサは表情を崩す事なく、また、躊躇う事もなく足を進めていく。整地されていない地面がリサの素足を傷付けていくが、そんな事もリサの歩を止める理由にはならなかった。
どれだけ歩き続けたのか定かではないが、暗闇に終わりが訪れたのは突然の事だった。前方を確認する為にかざしていた手が壁に触れたのだ。左右の壁も確認するが、確かに行き止まりだった。視覚も聴覚も奪われているリサには触れて確認する事しか出来ない。上から下まで壁に手を這わせ、それが左右の壁と同じく岩で出来た壁ではなく、木で出来たそれだという事に気付いた。ならば、とあるものを探して手を彷徨わせたリサの手に探していたものが触れた。
「やっぱ、ドアか」
ノブを回すと扉が音を立ててゆっくりと開く。少しずつ開いていく扉の向こうから赤々とした明かりが漏れてきて、リサは眩しさに目を細めた。
「水攻め、暗闇、んで今度は火攻めってか」
目の前に広がるのは、轟々と燃え盛る炎だった。上下左右お構いなしに、炎がまるで嘲笑うかのように赤赤と燃えている。地面は炎こそ上がっていないものの、裸足で踏み込もうものなら大火傷をする事は目に見えていた。
「やっぱ靴預けんじゃなかったわ」
溜息混じりに呟いてリサはパーカーを脱いだ。その下に着ているタンクトップを脱いで再びパーカーを羽織り、フードを被って頭の上の方で結んでいる長い髪を隠した。次に脱いだタンクトップを半分に裂くと、徐に足の裏に巻きつけた。
「まだ濡れてるし、気休め程度にはなんだろ」
多少の火傷など気にしないが、船に戻ってレイアから説教を食らうのだけは勘弁したいリサの苦肉の策だった。
「よし、行くか」
深呼吸を一度すると、リサは炎の中へと消えた。
炎の道を通り抜け、その先に続いていた凍えそうな程に寒く冷たい道を通り抜けたリサは、宝箱の前に立っていた。宝箱のすぐ傍には入口の所と同じ飾り文字が文字を連ねていた。
『我らの痛みを思い知れ』
たった一文に、宝を隠した奴隷達の想いが全て篭められていた。だが、リサはその文が書かれた壁を思い切り踏み付けて舌打ちを零す。
「自分の力でどうする事も出来ねぇ奴らが調子乗ってんじゃねぇよ」
グリグリと文字を踏み躙り、宝箱の蓋を開ける。そこには使い古された手枷が沢山詰まっていた。手錠を一つ一つ取り出して適当に放りながら宝箱の中を漁っていくと、一番下に掌サイズの青い石が隠してあった。雫をモチーフにした青い石の中央には『敵』が印されている。
「執念深ェ奴らだ」
『敵』を手枷で押し潰そうとしたその発想も、これまでの道のりも、何もかも。一度鼻を鳴らして青い石をポケットにしまうと、リサは元来た道を戻って行った。凍えそうな通路を通り、炎の道を通り、暗闇の道を通って再び水の中へ潜る。
来た道を全て通ってマルコが待つ入口に戻る頃には、外はすっかり暗くなっていた。最後の階段を上り終えたリサは、そこでずっと待っていたのであろうマルコに軽く手を挙げて歩み寄った。
「待たせたな」
「宝は?」
「ほらよ」
ポケットから青い石を取り出してマルコに放り投げる。マルコは手の中にある青い石を見て顔を顰めた。
「これが宝か?」
「『敵』が彫ってあんだろ? 宝箱ン中で、手枷に埋もれてたぜ」
「……執念深い奴らだよい」
リサと同じ事を呟いたなど知る由もないマルコは、それを自身のポケットにしまってリサを見下ろした。
「酷ェ格好しやがって」
「取り敢えず、靴返してくれ」
足の裏に巻き付けた、元はタンクトップだった布切れを剥ぎ取り、リサはマルコの足元に置いてある靴を履いた。全身びしょ濡れで、しかも服のあちこちが焦げて穴が開いている。パーカーは殆ど原型を止めておらず、その下にある沢山の傷が残る肌と胸に巻いたサラシが殆ど丸見えだった。
「ったく……水が無けりゃ俺が行って来れたってのによい」
宝を探しに行けなかった事が余程悔しかったのか、そんな事を呟きながらマルコは自身が羽織っていたシャツを脱いでリサに放った。
「着とけ」
「あ? 別にいらねぇよ」
「船に戻って俺が変な目で見られんだろい」
自分も不本意なのだと告げるマルコに肩を竦め、リサはパーカーの上からマルコのシャツを羽織った。
「とっとと戻るぞい。オヤジが待ってる」
「はいよ」
来た時同様、殆ど会話もないまま二人はモビーディック号へと戻って行った。