04


「………もう一回言ってくれるか?」

新たな島に到着したその日、船長である白ひげの部屋に呼び出されたリサは目の前で酒を飲んでいる白ひげを睨んだ。その口元はヒクヒクと痙攣しているが、白ひげはそんな事はどうでも良いらしい。ガブガブと酒を呷り口元を拭うと先程と同じ言葉を繰り返した。

「この島の何処かに宝が隠されてるらしい。探して来やがれ」
「それは良い。その後だ」
「マルコと二人で行って来い」

チラリと隣に立つ男を見遣ると、その男もこれでもかというくらい顔を顰めて白ひげを見ていた。

「……聞いてもいいかい?」
「何だ」
「何で俺とコイツの二人なんだよい、オヤジ」
「んなモン決まってらぁ。お前ェらが仲悪ィからだろうが」
「悪いって分かってんなら……」
「ガキ共が仲良くなるように計らってやるのが親ってもんだ。とっとと行って来やがれアホンダラァ」

グラララと声を上げて笑い、再び酒を呷る白ひげに、リサとマルコは図らずも同時にため息をついたのだった。

「オヤジ、私も一つ良いか?」
「あァ?」
「『一緒に行って来い』ってのは、命令か?」

じっと白ひげを見上げると、白ひげも片眉を上げてリサを見下ろした。

「――あぁ、命令だ」
「………そうかよ」

白ひげに背を向けて外へと向かうリサに、白ひげは小さな溜息を漏らして口を開く。

「リサ。お前ェ、まだ直らねぇのか」

ピタリとリサの足が止まるが、リサは振り返る事はしなかった。

「俺ァ言ったはずだぜ。お前ェはお前ェらしく生きろと」
「――生きてるさ」

そう答えるとリサは振り返る事なく部屋を出て行った。目を閉じて何かを思案している白ひげをマルコは訝しげに見上げたが、尋ねる事はしなかった。仮にも家族なのだから聞いても構わないのだろうが、リサと犬猿の仲である自分がそれをする事は憚られたのだ。それに、意地もある。サッチに言わせればくだらない意地なのだが、リサに良い感情など持てるはずもない。

「……俺も、行ってくるよい」

結局それだけを口にしてマルコは白ひげの部屋を後にするのだった。
白ひげの部屋を後にして自室に戻ってきたリサは、乱雑にベッドに腰を下ろして髪を解くと、徐にガシガシと掻き毟った。

「………はぁ……」

何だってマルコと二人で行かなければならないのだと、次から次へと出てくる不満を溜息に変えれば数分と経たない内に十数回を超える数の溜息を漏らしていた。

「リサ、入るよ」

ノックの音と共に開いた扉から入って来たのはレイアとジーン、サティ。

「ナンシーとテレサは?」
「甲板で他の隊員達と釣りしてるわ」
「マルコと宝探しに行くと聞いたが、本当か?」

ジーンの問いにリサはあからさまに顔を顰めて大きな溜息を吐き出した。その様子から聞いた事が事実なのだと悟ったレイア達三人は顔を見合わせて肩を竦めたり苦笑を零した。

「二人で行くっていうのも本当?」
「ちったァ仲良くなってこいって」
「オヤジも思い切った事をするものだな」
「本当ね。どちらかが戻ってきて「アイツは死んだ」なんて事にならなければ良いけど」
「縁起でもねぇ事言うなよ、サティ……」
「冗談よ」
「どちらにしろ、私達は行けないんでしょ?無理はしないこと」

リサの隣に腰を下ろし、掻き毟られてグシャグシャになった髪を手で梳かしながら言うレイアに、リサは軽く肩を竦めて「分かってる」と答えた。

「命令には従うさ」
「必ず帰ってくること」
「あぁ」
「勿論、二人でよ」
「私がアイツを殺すって?」
「冗談よ」

悪戯っぽく笑うレイアに顔を顰めたリサだったが、それも一瞬の事ですぐに声を上げて笑った。

「んじゃ、行って来るよ」
「はいはい」
「気を付けてな」
「足の引っ張り合いなんてダメよ? 怪我せずに帰ってらっしゃい」
「わーってるって」

レイア達のおかげで幾分か気が楽になったリサは、三人と共に甲板へ向かった。甲板に出るとすぐに釣りをしている二番隊隊員達とナンシー、テレサが目に入った。つい先程、漸く釣り上がった魚をギリギリの所で逃してしまったらしい。テレサがリサ達に気付いて手を挙げた。

「気を付けて」
「あぁ。帰って来た時の宴用に大物釣っとけよ?」
「こんな浅いトコじゃ大物なんて無理だってば!」

ナンシーが大袈裟に声を上げてみせると、皆が笑い出す。つられてリサ達も笑い、マルコの元へ向かった。既に上陸の準備を終えているらしいマルコが不機嫌顔でリサを睨んでいる。その横にはライアがいて、離れたくないとでも言うようにマルコの腕に自身の腕を絡めている。傍に立つサッチと目が合うと肩を竦めながら苦笑された。

「遅ぇよい」
「心配性な奴らが多いんでね。んじゃ、行ってくる。レイア、後は頼んだぜ」
「はいはい。気を付けるのよ」

リサの両頬を包みながらレイアが微笑む。その手を取って甲に口付け、リサはレイアに笑いかけた。

「必ず帰ってくる」
「よろしい」

微笑みリサの背を押すレイアに軽く手を挙げてリサはモビーディック号から飛び降りた。マルコもすぐに降りてきて二人で歩き出す。背後から聞こえる「気を付けろよ!!」というサッチの声に振り返らぬまま手を挙げて応え、森の中へと入っていった。




「――んで、何処行くんだ?」

リサの質問に答えないまま無言で歩き出すマルコの背を眺めながらリサは内心溜息を零した。どうやら、マルコは必要以外話す気が無いようだった。けれど、それはリサにとっては好都合で、道を知っているのならただついて行けば良いのだと楽な気持ちで後に続いていた。

鬱蒼とした森を歩き続けること数十分。何処からか音楽のようなものが聞こえてきてリサは無意識に足を止めた。一メートル程先を歩くマルコも足を止めてその音に耳を澄ませている。

「………この島、街があるんだな」

レイアやサッチがここにいたのなら、ポツリと呟いたリサの声がいつもと微妙に違う事に気付いただろうが、日頃リサと滅多に会話をする事のないマルコがそれに気付くはずもない。何の違和感も抱かぬまま口を開いた。

「ちゃんとした名前があんだろうが、『奴隷の街』って呼ばれた街だよい」
「……へぇ」
「貧富の差が激しくて、まるで奴隷のように扱われてる奴らが多いって話だい。胸糞悪ィ街なんざ行かねぇよい。とっとと宝見つけて船戻るぞい」
「………あぁ」

再び沈黙が二人の間に落ちる。そのまま歩くこと数十分。鬱蒼とした森を抜け出すと、そこには新しい景色が広がっていた。背後に広がる鬱蒼とした森は人の手が一切加えられていないものだったが、目の前に広がる石畳の道は明らかに人為的なものだ。所々に置いてある石像にはコケが生えていて、年季の入ったものだという事が一目で判る。

「遺跡、みたいだな」
「よくもまぁ、こんなモンを作ったもんだよい」

石像に左右を囲まれる石畳の道を進んで行くと、正面に大きな神殿のようなものが見えてきた。石を積み上げて造られた建物は壁のあちこちに小さな罅が入っていて黒ずんでいる。石像と同時期に建てられたのであろう。入口には扉が無く、あっさりと中に入る事が出来た。

「………どれか分かるか?」
「………」

中は思っていた以上に広いらしい。正面の入口をくぐって拓けたホールのような場所にやって来た二人の目に、奥へと続いているであろう入口がいくつもあるのが見えた。引き攣った笑みを浮かべながらリサが隣に立つマルコを見上げると、マルコも苦々しげな顔で辺りを見回していた。何か手掛かりが置いてあるはずだと踏んだのだろう。リサも同じように辺りを見回していると、突然マルコが歩きだした。向かった先は自分達がやって来た入口へと続く通路の入口だった。

「何してんだ?」

入口の前にしゃがみ込んだマルコに近寄ると、足元の砂を払っていた。砂で隠された石造りの床には文字のようなものが書かれている。

「古代文字……?」
「いや……書体がややこしいだけだい」

砂を払いながら、やたらと装飾された文字をマルコが読み上げていく。

「『我らを知ることが 宝へと導く その道は 我らの敵にあり 』……?」

他に手掛かりが無いかと砂を払っていくが、何も見つからずにマルコは僅かに溜息を零して立ち上がった。ここに宝を隠した者達が、宝を探そうとする者達に対して少なからず敵意を抱いている事だけは分かったが、その言葉を解き明かすのは骨が折れそうだ。

「――?」

何故か天井を見上げているリサに気付いてマルコも上を見る。天井は高く、人間が描かれているようだった。しかも、誰もが装飾品などを身に付けた貴族のようだ。よくもまぁ、あんな所にまで絵を描いたもんだと感心というか呆れていると、リサがポツリと何かを呟いた。

「あ? 何だよい」

聞き取れずに聞き返すと、視線を上の壁画に向けたままのリサが腕を上げて何かを指差した。

「あの男だ」
「男?」

言われてリサの指す方を見遣ると、他の壁画と同じように装飾品を身に付けた男が描かれていた。

「何でアレだって分かんだよい」
「冠に家紋がある」
「家紋?」

目を細めて凝視すると、確かに冠には何か円のようなものが描かれているが、それが家紋なのかどうかはマルコには判断がつかなかった。

「アレが?」
「あぁ」

余りにも自信たっぷりに頷くリサにマルコは訝しげに眉を寄せた。自分が分からないのにリサが分かっているという事も素直に受け入れられない理由の一つだった。

「証拠は?」
「――貴族は自分達の家紋を円で囲むんだ」
「何の為に」
「世界政府のマークには円があるだろ。その円の中に自分達の家紋を書く事で、自分らの裏には世界政府があるって事を示してんだよ。下手に手出しするなって警告の意味を篭めてな」
「生憎、貴族なんてものとは縁が無くてねい。お前ェの言ってる事が本当かどうかなんて分かりゃしねぇよい」

あくまでも信じていない風を装うマルコに、リサは家紋を見ながら「あれが敵だ」と呟いた。

「あの家紋が?」
「あぁ。ここに宝を隠したのは――奴隷だ。どういう経緯でそいつらが宝を隠す事になったのかは分かんねーけど、奴隷にとっての『敵』は自分達の主人。つまり、あの貴族を示すあの家紋が『敵』だ。ボタンか何かあんじゃねぇの?」
「………無かったら覚えてろい」

認めたくはないが他に手掛かりも無い。あながち嘘にも聞こえなかったので、マルコはその両腕を青い炎へと変えると翼へと変化したそれでもって宙へ浮かび、天井の壁画へと向かった。近くで見ると確かに冠に描かれる円の中にはそれらしい模様がある。そっと手を伸ばして円に触れた瞬間、家紋らしき模様が真っ黒に塗り潰された。

「間違いじゃなかったって事かよい」

零れそうになる舌打ちを飲み込んで真っ黒に塗り潰された貴族の『証』であり、奴隷達の『敵』でもあるそれを見つめていると、下からリサの呼ぶ声が聞こえた。

「地下に通じる階段が出てきた」

中央に現れた地下へと続く階段の傍に立つリサ。そこに降り立ったマルコは天井を見上げてからもう一度階段を見下ろした。

「……随分と捻くれた奴らだよい」

一体どうやって『敵』に触れろと言うのか。不死鳥の能力を持っていたから良かったものの、そうでなければどれだけ大変だったか。それを考えると、マルコは舌打ちを零さずにはいられなかった。