「島が見えたぞー!」
見張り台にいた船員がそう叫んでから一時間後、モビーディック号は航海を終えて島に停泊した。約二週間ぶりの上陸という事もあり、仕事のない船員達は我先にと島に上陸して街の酒場へ駆けていった。
リサ達二番隊も仕事が無く、殆どの隊員達は街へと降りていった。甲板にいたリサとレイアはジーン達が降りていくのを見送り、酒瓶を呷った。
「何だ、お前らは行かねぇのか?」
声のする方を見れば、可哀想な事に本日の船番を引き当ててしまった十六番隊隊長のイゾウがいつものように煙管を片手に船室から出てきた所だった。
「必要なものもないんでね」
「酒場に行きゃあ良いだろう。ここの地酒は美味いって評判だぜ。今、買い出しのハルタの隊とは別にラクヨウの隊がオヤジの為の酒を買い出しに行ってる」
「へぇ……」
「ハルタ達も買って来るんだろ? 別に陸が恋しい訳でもないし」
「そうかい」
ふぅ、と白煙を吐き出し、リサ達の元にやって来たイゾウは船縁に肘を付いて港を見下ろした。港ではマルコの指示の下、隊員達が積み込みの作業を行なっている。
「お前さんらは滅多に島に降りないが、何か理由でも?」
「別に。興味が無いだけ」
「買うものも無いのに降りたってつまらないしね」
「そうかい。まぁ、誰しも言いたくない事の一つや二つ、あるもんだ」
イゾウの言葉に苦笑し、リサとレイアは肩を竦めた。
「さて、と。どうする?」
「私は書類片付ける。文句言われる回数を増やしたくないんでね」
「手伝うよ」
「別に良いのに。たまにゃゆっくりしときな」
「暇だから」
「そ。んじゃ、お言葉に甘えてたっぷり手伝ってもらおうか」
喉を鳴らし、リサがレイアと共に船室へ戻って行く。そんな二人を眺めながら、イゾウは煙を吐き出して喉を鳴らした。
「仲良しさんだねぇ」
その言葉は二人には届かない。
リサの部屋に戻ると、レイアはリサの椅子に、リサは自身のベッドに腰を下ろしてそれぞれ書類を手にして仕事を始める。時折リサがレイアに尋ね事をする以外はレイアがペンを走らせる音と紙を捲る音だけが続いた。
「ねぇ、リサ」
「ん?」
「あの子達の事はどうするつもり?」
「あの子? ――あぁ、ライア達か……どうすっかなぁ……」
そう言いながらも、リサの中で答えは出ていた。結局は、本人達がやる気にならなければ何も変わらないのだ。リサがどんなに言ったとしても、何も変わらない。
「いっそ、オヤジさんに言ってみる?」
「いや……迷惑はかけたくない」
「言うと思った。じゃあどうするの?」
「アイツらがどうするつもりもねぇんなら、私らに出来る事なんかねぇだろ」
「それが問題よね。マルコもいい加減煩いし……」
「あぁ、それが一番腹立つ」
これでもかという程に顔を顰めるリサにレイアは苦笑しながら「寄ってる」と自らの眉間を指した。
「私らに出来る事が無いなら、放っておく?」
「………いや、ちゃんと話す」
未だ顰め面ではあるが、先程よりはいくらか穏やかになった表情でリサが溜息を零した。
「隊長ってメンドクセー……」
「ご愁傷様」
「レイアがなりゃ良いんだよ。私より適任だ」
「オヤジさんがリサがなれって言ったのよ。自信持ちなさい」
「………はぁ」
書類を放り投げてゴロンとベッドに寝転がるリサに、レイアは肩を竦めて仕事を再開するのだった。
「ライア」
昨夜、仕事を終えたマルコと街に外泊に行っていたライアが船に戻って来たのを確認してリサはライアの部屋を訪れた。ノックをして返ってきた声に扉を開けると、そこにはライアとマルコの姿もあった。マルコはリサを見て一瞬顔を顰めたが何も言わなかったので、リサはマルコを無視してライアに用件を告げる為に口を開いた。
「お前、五時に二番倉庫に集合な」
「え?」
「用件はそれだけだ。邪魔したな」
踵を返し部屋を出ようとしたリサを呼び止めたのは、やはりというかマルコだった。
「上陸中に倉庫で何の用があるってんだい。必要な事は全部昨日の内に済ませてあるだろい」
「上陸中で他にやらなきゃならない事がねぇからこそ、先送りにしてる事をするんだ。いつまで経っても覚えられねぇ仕事を教えてやるって言ってんだよ」
振り返り冷めた視線を向けるリサにマルコは相変わらずの顰め面だ。
「それとも何か? 仕事より大事な事があるとでも? 一番隊隊長殿」
「…………」
「あぁ、それとも一番隊隊長殿が私の代わりに個人教授でもしてくれんのかい? そいつァ助かるぜ。愛しの隊長殿が手取り足取り教えてくれるってんなら、いくらやる気がないライアでも覚える気になるだろうよ」
「テメェ……俺に喧嘩売ってんのかよい」
「そう聞こえたか?」
鼻を鳴らすと、ゆっくりと立ち上がったマルコがリサを鋭く睨み付けながら腕を組んだ。
「そうとしか聞こえねぇだろい」
「おかしいな、私はオヤジに任命された二番隊隊長として自分の隊の隊員に命令しただけだぜ? それを別の隊で無関係の隊長が私情入りまくりの抗議入れたんだろ? 悪いのは私か?」
拳を握り締めて睨んでくるが、反論をしないマルコからライアに視線を逸らして「五時だ」とだけ告げると、リサはライアの部屋を後にした。
部屋を出て自室へ向かおうとすると、向こう側からサッチがやって来た。昨夜帰って来なかったサッチの頭は、いつものリーゼントではなくオールバックだった。
「よう」
「何だ、もう帰って来たのか? てっきり出航までずっと女のトコだと思ってたぜ」
「お前が寂しがってんじゃねぇかと思って帰って来てやったんだよ、感謝しやがれ」
「……ヘェ、アリガトウ」
「カタコトで答えんなよ! 目ェ逸らすな! うっせぇな! 一晩で満足したんだよ! 悪ィか!!」
「何だ、もう枯れたのか? そいつァ可哀想にな、まだ三十前だろ?」
「殴って良いか?」
拳をプルプルさせるサッチに「殴り返して良いんなら」と返して歩き出す。サッチの横を通り過ぎて部屋に向かうと、何故かサッチもついてきた。
「何だよ、サッチに興味ねぇよ」
「俺だってねぇよ! 怖ェ事言うな! 俺はもっとボンキュッボンで色気ムンムンの姉ちゃんが良いんだよ!」
「ハハッ」
軽口を叩き合って笑い、二人はリサの部屋へとやって来た。中で仕事をしていたレイアがチラとサッチを見てからすぐに書類に視線を戻し、「お帰り」と片手を上げる。
「お前まさかレイアに仕事押し付けてんのかよ」
「バカ言うな。私がやったのをレイアに確認してもらってんだよ。ミスがあるとどっかのクソパインが煩ェだろ」
「そういやお前、さっき何処行ってたんだ?」
「ライアの部屋」
「ライアいた?」
「あぁ、クソパインと一緒にな」
鼻を鳴らすリサにレイアとサッチが顔を見合わせて互いに肩を竦める。また一悶着あったのだと分かってしまうのは、それだけ二人を理解しているからなのだが、少々寂しいものがある。家族が仲良くしないのは、嫌だと思うのだ。出来れば仲良くして欲しいと思うが、この二人はリサが乗船してきた頃から仲があまりよろしくない。
言葉を選ばず刺々しい態度を取るリサと、そんなリサに真っ向から対抗する大人げないマルコ。六つも離れているのだから、上であるマルコが大人になればマシになるだろうに、何故かマルコにとってリサは生理的に受け付けられない存在らしい。顔を突き合わせれば互いに罵倒し合う毎日だ。
それでも、今まではまだマシだった。そこまで酷いものではなかったし、殴り合いが勃発するような事はなかったのだから。
だが、ライアが来てからそれは悪化の路を辿るばかりで、そろそろ流血沙汰になってしまうのではと危惧しているのは、何もレイアとサッチだけではない。
「んで、ライアに何の用だったんだ?」
「覚える気のねぇ奴でも私の隊員だ。仕事がねぇ時なんて上陸中くらいしかねぇだろ、今日はサシで叩き込んでやろうと思ってな」
「……お手柔らかに」
相変わらず頭の固い奴だ、とサッチは内心溜息をつかずにはいられなかった。言っている事は間違っていないのだが、如何せん、リサは攻撃的過ぎるのだ。ライアがどういう人間なのかは傍から見ているサッチにはよく分かっている。どう考えたって悪いのはライアと、一緒に加入した女隊員達だ。マルコも気付けばいいものを、上手く誑し込まれてしまい、疑うどころかリサとの溝を深めるばかりだ。
船長である白ひげに言えばもっと事は簡単に進むだろうに、そうしないのはリサが白ひげに迷惑をかける事を極端に嫌っているからだ。その理由を知る者はレイアとサッチ、そして白ひげ本人だけ。傍から見ればリサが意地を張っているようにしか見えない。とことん、不器用な奴だと苦笑せざるを得ない。
「なぁ、リサ」
「あ?」
「お前さ、少しは休めよ?」
「ちゃんと寝てる」
「バーカ、そういう意味じゃねぇよ。分かってんだろ?」
「……とっととリーゼントにしろよ、別人みたいで気持ち悪ィよ」
そっぽを向きながらそんな事を呟くリサに、サッチはほんの少しだけ悲しげな顔で笑いながらリサの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。