「リサ!!」
またか、とリサは溜息をつきたいのをグっと堪えて振り返った。眉間に皺を寄せて歩み寄ってくるのは一番隊隊長のマルコだ。マルコはリサの前で立ち止まると、腕を組んで自分よりも遥かに背の低いリサを睨み付けた。
「お前ェ、俺が何言いてぇのか分かるよなぁ?」
「……生憎、エスパーじゃないんでね」
マルコを睨み上げながら挑発的に口角を吊り上げると、マルコの眉間の皺が数本増えた。
「お前、二番隊隊長の自覚あんのかよい」
「勿論あるさ。いくら『絶対嫌だ』って言ってたにも拘らず押し付けられた役職でも、就いたからには職務を全うするとも」
「じゃあ、アレはどう説明すんだよい」
自分がやって来た方を親指で指しながらマルコが目を細めた。リサも負けじと目を細めて睨むと、わざとらしくため息をついた。
「何を言ってるのか分からないんだけど?」
「惚けんじゃねぇ。お前ェんトコの若ェ奴らの事に決まってんだろい」
「あぁ、仕事覚えるよりも早く男口説き落とした子達の事ね。そういう仕事ばっか早いってのも困りモンだよね」
「茶化すな。お前ェら、何でアイツらに仕事やらせねぇんだよい」
吐き捨てられた言葉にリサはこれみよがしに鼻を鳴らした。
「ハッ、どうやら色ボケの隊長様は頭がおかしくなっちゃったみたいだねぇ。私らがいつ仕事をやらせなかったってんだよ?」
「現にあいつらは――」
「こちとら忙しい身でねぇ。何度説明しても『分かりません』『分かりやすく説明してください』しか言わねぇガキ共の為に割いてる時間なんざ持ち合わせてねぇんだよ。覚える気も無いガキに任せられる仕事なんかあるもんか」
「お前らがちゃんと説明しねぇからだろい。自分の説明下手を棚に上げて何言ってやがる」
「へぇ、そいつァおかしいねぇ。今まで何度となく新人達に仕事を教えてきたが、そいつらにゃ私らの説明は十分通じてたみたいだけど? それとも何だ? アンタの可愛いライアちゃんは理解力が乏しい訳かい?」
ピリピリとした空気が二人を包み込む。今にも殴り合いを始めてしまいそうな空気を雲散させたのは、リサの元にやって来た二番隊の副隊長であるレイアだった。
「はい、そこまで」
「レイア」
レイアの登場にマルコはあからさまに舌打ちをする。リサに睨まれるが、鼻を鳴らすだけで目を合わせる事はしなかった。
「リサは少し落ち着きな」
「けど……!」
「落ち着きな、って言ってんの」
「………」
掌で目を覆い黙り込んだリサを横目に、レイアはマルコに書類を差し出した。
「提出期限、明日までだよね」
「……あぁ」
「確かに渡したから。リサ、行くよ。そろそろ訓練の時間だ」
「分かってる」
レイアと共に歩きだしたリサは、数歩進んだ所で足を止めてマルコを振り返った。
「私らの説明が不十分だってんなら、テメェで教えやがれ。アンタお得意の手取り足取りってヤツでね」
そう吐き捨ててレイアと歩き出すリサの背中には、マルコの鋭い視線が突き刺さっていた。
「マルコの言いがかりなんざいつもの事なんだから。適当にあしらっておけば良いだろ」
「始めはそうしてたんだよ。でも毎日のように来るから鬱陶しくってさ。苛々する」
「気持ちは分かるけど、敵を増やしたって良い事が無いくらい分かってるだろ」
「分かってる。気を付けるさ」
甲板へ出ると、そこに集まっているのは二番隊の隊員達で、先程マルコとの会話にあった若い隊員達の姿もあった。
「訓練始めるよ! レイア、ナンシー、サティ、テレサ、ジーンの所に一人ずつ並びな!」
二番隊の隊員の古株であるナンシー、サティ、テレサ、ジーンを含めた六人は、皆が同時に白ひげ海賊団に入団していて、その所為か結束力は他の隊員達の比ではない。こうして訓練時に他の隊員との組手を任される程の実力を持っているからこそ、批判される事は無い。
けれど、最近になって変化が訪れた。
ライアという女海賊が新しく白ひげ海賊団に加入してからというもの、それまでの平和が崩れつつあった。というのも、ライアと同時加入した数人の女海賊達は仕事を一切やらなかったからだ。何度説明しても『分からない』の一点張りで、埒が明かないからとリサやレイア達が自分でこなしてしまい、それが他の隊員達の目にはリサ達がライア達に仕事を与えていないといった風に映っているのだ。
おまけに、入団当初に一番隊隊長であるマルコと恋仲になってしまったライアはマルコに溺愛されていて、それがリサ達を悪役に仕立てるのに拍車をかけていた。
「ったく……隊長が全体を見れないでどうすんだっつーの」
ぼやいてしまうのも仕方が無い。毎日のようにマルコから文句を言われ続ければ、適当に流し続けていたリサにだって限界がくる。おかげで、先程のような一触即発の会話が後を絶たないのだ。
白ひげ海賊団に加入するだけあって、ライア達もそれなりに戦う事は出来る。襲撃があればちゃんと戦うのだから、仕事さえしてくれれば何かを言うつもりも無い。けれど、その仕事をしないのだからリサ達からしてみれば「ふざけるな」の一言である。仕事をしないライア達は勿論、言いがかりを付けてくるマルコに対しても同じ言葉しか出てこない。そうすると必然的に仲は悪くなり、顔を突き合わせては言い合いを繰り返したり互いにいないものとして扱ったり。現在のモビーディック号は、些か空気が淀んでいた。
「――それまで! 今日の訓練は終了! 怪我した奴らは医務室へ行くこと! 武器の手入れも忘れるなよ!」
隊員達が返事をしてその日の訓練は終了。自分も少しくらいは身体を動かせばストレスが発散出来ていたかもしれない、そんな事を考えながらリサはレイアにタオルを渡した。
「ありがと」
「どう?」
「まぁまぁね。筋は悪くないから、後は自分のやるべき事を全うしてくれりゃ文句ないわ」
「だろうね。私も同じ事を考えてたよ」
「リサ、ちょっくら酒付き合わないかい?」
船縁に身体を預け、手すりに肘を付いて甲板を眺めていたリサの元に酒瓶を持ってやって来たのはテレサ。その後ろにはジーン達もいて、各々その手に酒瓶を持っていた。
「サッチに怒られても知らねーぞ」
「残念でしたー!」
「サッチがくれたのよ」
「サッチが?」
ナンシーとサティの言葉に首を傾げると、ジーンが肩を竦めた。
「『お前らんトコの血の気の多い隊長殿に飲ませてやれ』ってさ」
一瞬顔を顰めリサは声を上げて笑った。
「んじゃ、お言葉に甘えようかねぇ」
「ところが、そう上手くはいかないんだな」
テレサの言葉にリサとレイアが首を傾げると、四人は酒瓶をリサ達の足元に置いて元いた場所まで下がった。
「飲む前に軽い運動が必要でしょう?」
「リサは動いてないもんね」
「動いた後の方が美味く飲めるってモンよ」
「さ、やろうか」
挑戦的に笑むサティ、ナンシー、テレサ、ジーンに、リサとレイアは顔を見合わせてから小さく笑う。
「出来た仲間をお持ちね」
「嬉しくて涙が出そうだ」
コキコキと首を鳴らし、リサは四人に向かって地を蹴った。
「おーおー、派手にやりやがったな」
傷だらけのリサ達六人を見て苦笑するのは四番隊隊長のサッチだ。夕食の時間になっても食堂に来ない六人に、まだ酒盛りでもしてるのかと声をかけに来てみたら、甲板に仰向けに倒れ込んでる五人と、そんな五人を面白そうに眺めながら一人酒を煽ってるレイアの姿があった。
「軽い、運動、どころじゃなかった……」
「あー……疲れた……」
「酒ー……って、レイア! お前一人で飲むなよ!」
「美味しく頂いてるよ」
「私にも寄越せー!」
「お前ら元気だな……」
疲れていたはずなのに酒に向かって飛びかかる四人に、リサは呆れたように笑った。未だ甲板に寝転がっているリサの傍にしゃがみ込んだサッチがリサの額に張り付いた髪を左右に分ける。
「気分はどうだ?」
「目障りなリーゼントに苛々してる」
「惚れ惚れの間違いだろ」
「はいはい、カッコイイカッコイイ」
「こんにゃろ」
コツン、と額を小突かれてリサは小さく笑った。ジーン達は酒を飲み始めてて、まるで水のようにガブガブと飲んでいるものだから、既に少しだけ頬が赤くなっている。寝転がったままその様子を見てリサはもう一度笑い、大きく息を吐いた。
「あー……久々に動いた」
「隊長だからって動かねぇでいると、いざって時動けねぇぞ」
「分かってんよ。基礎は毎日やってる。ただ、訓練の時は他の奴ら見ないとだろ」
「お前は無駄に頭が固ぇのが難点だよなぁ」
「サッチは無駄に頭が突き出てんのが難点だよな」
「わざとだっつーの!! リーゼント馬鹿にすんな!」
再度小突かれ、リサは声を上げて笑ってから起き上がった。
「ナンシー、私にも酒くれ」
「あ、ゴメン。飲みきっちゃった」
「は!? 私の為に持って来たんじゃねーのかよ!」
「遅いリサが悪い。因みに私も飲みきった」
「私もー」
「悪いね」
「お前ら……もっぺんやるか?」
こめかみに青筋を浮かべながらゆらりと立ち上がると、レイアが酒瓶を差し出してきた。
「ちゃんと取ってあるから大人しくなさい」
「やった、サンキュ」
瓶を受け取るなり一気に呷るリサに、皆が声を上げて笑う。
「ったく……お前ら飯食えよ飯! 俺ァそれを言いに来んだ!」
「飯より酒が欲しい」
「お前それでも女かっつーの」
「一応」
「お前なぁ……そんなんじゃ嫁の貰い手ねーぞ?」
「んなモンいらねぇって。私はレイアとオヤジとコイツらと一緒にいられればそれで良い」
「へいへい。聞いた俺が馬鹿でしたー」
「リーゼント止めたら賢くなれるんじゃねぇか?」
「なるか!」
笑いながら小突き合いを始めるリサとサッチにレイア達は肩を竦め、瓶を手にして船室へと向かった。
「ほら、リサ。ご飯行くよ」
「おー」
「サッチ様特性の美味ェ飯食ったらその不細工なツラもちったぁマシになんだろ。あんまマルコとやり合うなよ」
「アレはマルコが悪い」
フンと鼻を鳴らして立ち上がると、サッチがリサの頭に手を置いてグシャグシャと撫でた。痛いと文句を零しても聞き入れてもらえないのは明白なので、リサは何も言わずに食堂へと向かうのだった。