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”力を寄越せ”

甘く囁くヴォルデモートの声がするりと耳の奥深くへと侵入していく。
絡み合った目は逸らすことも、全身へ広がっていく奇妙な感覚に抗うことも出来ない。自分が今、呼吸をしているのかすら定かではなかった。

一体どれほどの時間が経っただろうか。
たった数秒のようでもあるし、数十分のようでもあった。

「なるほど」

呟いたヴォルデモートの指が離れていく。
逸らされた視線と消えた温もりに、大きく息を吐き出した。ゼイゼイと肩で息をしながら、溢れ出る汗を拭う。

「返事を聞かせて頂こう」

再び椅子に腰掛けたヴォルデモートの声に顔を上げ、深呼吸を一つ。
恐怖は消えない。身体の震えが止まらない。
頷くつもりなどない。そんな選択肢は最初からない。答えはノーだ。
それなのに、首を振ることが出来ない。恐怖に竦む身体が、口が、動いてくれない。

「返事を、待っているのだが?」
「さっさと答えろ!」

ヴォルデモートの声を後押しするかのように、誰かの足がルーシーの背を踏みつける。
突然の衝撃に床に倒れ込む羽目になったルーシーに降ってくるのは、苛立ちの募った女の怒声だ。聞き覚えがあるような、ないような。思い出せない。分からない。踏みつけられた背中が痛い。

「ベラトリックス」
「、」
「離れろ」

険を帯びた声と同時に背中を踏みつける足が消えた。
ベラトリックス。その名前は聞いたことがある。あぁ、そうだ。シリウスの親戚だ。
数いるスリザリン生の中で、彼女ほど純血にこだわっていた人間をルーシーは知らない。

「お前の忠誠心は評価するが、俺様のものに手を出すことは許さん」
「も、申し訳ありません……」

ヒステリックな声が一変して恐怖の混じった囁き声へと変わる。
記憶の中の彼女は、いつだって高圧的で他者を見下しているような人間だったというのに。

怯えている。
あのベラトリックス・ブラックが。
ヴォルデモート卿とはそれほどまでに恐ろしいのだと、そう思わざるを得ない。

逃げられない。
ならば、どうすれば良いのか?

降伏する以外に、どんな選択があるというのだろうか。

戦う?――ばかな。
勝てるはずがない。逃げられるはずがない。

状況は絶望的だ。
恐怖ばかりがルーシーを襲う。

ただただ怖くて、助けて欲しくて。
浮かんだのはたった一人。

「セヴィ」

小さな小さな囁きだった。
誰の耳にも拾われることなどなく、ただ虚空に溶けて消え去るはずだった。

それなのに、どうして。


「セブルス・スネイプ」


この男の耳は、あんなに小さな囁き声すらも拾ってしまったというのか。

人間とは思えないような顔の男が、
その顔に底知れぬ笑みを浮かべる男が、

ただただ、怖い。


「助けたいとは思わないか?」


何を言われたのか分からなくて。
数拍後に漸く理解して。青褪めて。

いつの間にかヴォルデモートの手には杖が握られていて。

次の瞬間、全てが真っ白になった。