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宿題を放置していたことをリリーに気づかれたのが三時間前。
こってり絞られて図書館に連行されたのがその十五分後。
そして現在、漸く宿題を終えたルーシーは、よろよろと足元をフラつかせながらリリーと共に談話室へと戻ってきた。

「やぁ、エヴァンズ! ルーシーの宿題終わったのかい?」

談話室ではピーターの宿題を手伝っていたジェームズが朗らかにリリーに話しかける。
いつもなら嫌そうに顔を顰めるリリーも、散々ルーシーに怒り続けて突かれたのか、この時ばかりは顔を顰めることもなく頷いた。

「えぇ、漸く。そっちはまだなの?」
「こっちももう終わるとも」

ほんの少しの会話に嬉しさを滲ませるジェームズの傍ら、テーブルに向かい必死にペンを動かすピーターはげっそりとやつれている。あぁ……仲間。疲れきった声で呟いたルーシーはピーターの隣に腰を下ろしてテーブルに突っ伏した。

「ルーシー、ちょっと退いて」
「うあー……ピーター、宿題って大変だよね」
「うん……僕ももうちょっと――出来た!!」
「はい、お疲れ」

肩越しに宿題を覗き込んだジェームズが、満足げに頷き労いの言葉と共にピーターの肩に手を置く。
大きく息を吐き出したピーターはルーシーと同じようにテーブルに突っ伏した。

「つかれた……」
「ほんとにね……」
「溜めるのが悪いのよ」
「先生がスパルタでね……ピーターは?」
「僕も……ジェームズ容赦ないから……」
「おかげで頭に叩き込めただろう?」

爽やかな笑みを浮かべるジェームズと呆れ顔のリリーを恨めしげに見上げて、ルーシーとピーターは顔を見合わせた。図らずも同時に漏れた溜息に、顔を見合わせて力なく笑う。

「あら、そう言えばブラックは?」
「散歩してくるってさ」
「そう……リーマスは大丈夫なの?」

ぎくり。無意識に肩を強ばらせたルーシーとピーターに横目に、ジェームズは「ん?」と首を傾げてみせる。

「またお母さんが倒れたんでしょう? 大丈夫かしら……」
「あぁ……リーマスは心配性だからね。そこまで重くはないってマクゴナガル先生が言ってたよ」
「そう、なら良いんだけど……戻るのはいつ?」
「エヴァンズ、そんなにリーマスが心配なのかい?」

まさかリーマスのことを――?などと青褪めるジェームズに、リリーは慌てた様子で首を振った。

「ち、違うわよ! ただ、彼は私と同じ監督生だし……!」
「あぁ、そうなんだよね。不思議だよ、何で僕じゃないんだろう」
「え、ジェームズ自分が選ばれると思ってたの?」

目を丸くしたピーターがジェームズに睨まれ「ひっ」と悲鳴を上げて身を竦める。
どうやらこの親友は純粋に疑問に思ったらしい。ジェームズは顰め面のまま鼻を鳴らした。

「そりゃ、監督生なんて面倒なことをやりたいとは思わないさ。けど、女子の監督生がリリーだって言うんなら、男子は僕であるべきだ。そうだろう?」
「う、うん! そうだと思うよ!」

少々わざとらしいが、賛同してくれたピーターに満足げに頷き、ジェームズは腕時計に目を落とした。
そろそろリーマスが暴れ柳のトンネルを潜って叫びの屋敷へ辿り着いた頃だろうか。マクゴナガルが城に戻ってきたらシリウスが呼びに来てくれる手筈になっているから、そろそろかもしれない。

「そろそろ部屋に行きましょう、疲れちゃったわ」
「あ、ちょっと待った。ウッドから伝言があるんだよ、次の試合の作戦があるからって」
「まーた長くなるんじゃないでしょうね……リリー、ごめん先に戻っててくれる?」
「大変ね、シーカーさんは」

肩を竦めてみせるルーシーにひらひらと手を振り、リリーが女子寮へ続く階段へと消えていく。
ルーシーは顔を上げてジェームズを見た。

「シリウスはいつ戻ってくるの?」
「そろそろだと思うんだけど――あぁ、戻ってきた」

談話室に入って来た親友の姿に、ジェームズが笑みを浮かべる。

「大丈夫だったかい?」
「あぁ。けど、今夜は行かなくても良いんじゃないか?」
「どうして?」

先月、ジェームズたち三人はとうとうアニメーガスとなることに成功した。
変身してリーマスと共に叫びの屋敷で過ごした彼らは、当然ながら今夜も一緒にいるはずだと思っていた。そしてそれはルーシーだけでなく、ジェームズもピーターも同じだ。

「今夜はオモチャがあるからさ」
「オモチャ?」

愉しげに嗤うシリウスに、ジェームズが顔を顰める。

「何だって言うんだ?」

問いかけられたシリウスが、チラリとルーシーを見た。
意味深長なその笑みに僅かばかり不安を覚えたその時だ。

「スネイプさ」
「、え……?」

無意識に漏らした声に、シリウスは再度繰り返す。

「スネイプが後を追ったんだよ、今頃暴れ柳の穴を潜ってる頃だろうぜ」
「何だって!?」

ジェームズが声を荒らげた。談話室に残っていた視線がこちらに向いたが、それどころではない。
てっきり笑うものだと思っていたらしいシリウスはジェームズの反応にムッと顔を顰め、ぞんざいにソファに座った。

「だから、アイツがリーマスの後を追ってったんだよ。ずっとこそこそ嗅ぎ回ってただろ? だから教えてやったのさ、あのトンネル潜っていけば答えが見つかるって――」
「シリウス!!!」

怒鳴りつけられたシリウスはキッとジェームズを見上げ、そして目を瞠る。
僅かに唇を震わせたジェームズは、酷く青褪めていた。

「プロングズ?」

どうしたんだよ?問いかけるシリウスを無視してジェームズが走り出す。

「ピーター! ダンブルドアを呼んできてくれ!」
「わ、分かった……!」
「おい! ジェームズ!!?」

慌てて談話室を出ていくジェームズを引き止められなかったシリウスが舌打ちをしてソファに身体を沈める。
オロオロと挙動不審なピーターはそんなシリウスをチラチラと見て、それからルーシーへと視線を向けた。
そして、気づく。

「ルーシー?」

大丈夫?問いかけるピーターの声は耳に届かない。

シリウスが。
教えて。
ジェームズが。

それで?

スネイプが。
スネイプが。
スネイプが。

暴れ、柳に――?

「――っ、」
「あ、ルーシー!!」

ピーターの声を無視して、ルーシーは駆け出した。

ダンブルドアの元へ?
違う。

マクゴナガルの元へ?
違う。

「やだ……やだ……!!」

彼の元へ。