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”頭を冷やしなさい”

厳しい顔つきのマクゴナガルから言い渡された罰は、夏休みの宿題が二倍に増えるという素晴らしいものだった。

色んな意味で有名なシリウス・ブラックと、これまた色んな意味で有名なセブルス・スネイプが本気で互いを殺そうと決闘をした。おまけに、試験後には各寮監から「生徒同士の決闘は禁止」との警告。
これらはOWLを終えた五年生だけでなく、学校中に広まった。

二人の仲の悪さは学校中が熟知していた事だが、これほどの事件になるということは何かしらの理由があるのではと勘ぐる者は少なくない。決闘の場に居合わせてしまった生徒たちは、シリウスがルーシーにキスをしたこともスネイプがそれに憤ったことも全て見ている。先の事件でスネイプとルーシーの関係に気付いた者は少なくないだろう。

事件後、レイがルーシーを殴ったということはリリーから聞かされた。
夏休みに入るまでレイはスネイプの傍を離れず、かと言ってルーシーの話題を上げようものなら険しい顔つきで「その話はしたくない」と吐き捨ててそっぽを向いてしまう。

反対されるだろうことは予測していたが、ここまでとは。スネイプは溜息を禁じ得なかった。
スネイプはレイを大切な友人だと思っているし、レイだってそう思ってくれているはずなのだ。おまけに、レイはルーシーの大切な妹だ。そのレイからルーシーとの仲を反対されるのは堪える。けれど、彼女との関係をきちんと報告しようにもレイがそれに耳を貸してくれないのでは、スネイプにはどうすることも出来ない。
シリウスがルーシーにちょっかい出さないかとヤキモキしながらも、スネイプはルーシーの傍に行くことすら出来ずそのまま夏休みを迎えてしまった。

レイが口を利いてくれない。
話しかけても無視される。

夏休みに入ってから届いたルーシーの手紙にはそんな言葉が並んでいた。
落ち込むルーシーを慰める為のうまい文句も思いつかず、スネイプはただただ悶々と日々を過ごすしかなかった。
比較的家が近いリリーとはたまに会うが、リリーもルーシーのことを心配してはいるものの、何と言ったら良いのか分からず手紙を送っていないと言う。

「買い物に誘ったのよ。セブも一緒に行きましょう」

途中で自分は抜けるから、その後は二人で話をすればいい。
前日に思い立って手紙を送ったというリリーだが、偶然にもスネイプも同じ日にルーシーに向けて手紙を送ってしまった。一緒に買い物に行かないか、と誘いの手紙を送ったのだが、ルーシーからは何と返事がくるだろうか。

けれど、スネイプの手紙にルーシーから返事が来ることはなかった。
リリーのところにはちゃんと返事が届いたというのに、スネイプの方には何もない。
おまけに、リリー宛の手紙にはスネイプに誘われたという文が見当たらない。困惑を露にするリリーの前で必死に虚勢を張って「二人で行ってくればいい」と言えたのは奇跡だ。

同じ日に買い物に行って彼女と出くわすのは気が引けたから、結局別の日に一人でダイアゴン横丁へ買い物に行った。
もしここにルーシーがいたら――そんな事を考えては、返事がこなかったという事実と誰もいない隣に溜息を零した。

ルーシーへ手紙を送ってから、一週間。
前年も、その前の年も、夏休みはルーシーとの手紙のやり取りが楽しみだった。
不仲な両親の間に漂う嫌な空気から逃げるように家を飛び出し、公園の木陰でルーシーからの手紙を読み返したり、教科書や本を読んだり。それがスネイプにとっての「当たり前」となっていたのに、今はルーシーからの手紙がこない。手元にあるのはレイに嫌われてしまったと嘆く、後味の悪い手紙ばかりだ。

「チュニーと喧嘩したのよ」

時折、鼻を啜りながらやって来ては隣で唇を尖らせるリリーの愚痴を聞いて。
自分の周りは何処もかしこも嫌なことばかりだ。仄かに鼻を赤くしたリリーに当たり障りのない慰めの言葉を口にして、教科書へと視線を戻す。

「ルーシーから返事はきた?」

傷口を抉るかのようなリリーの質問に、スネイプは僅かに顔を顰めて溜息を零した。
苛立ったそれに答えを察したリリーは「ごめんなさい」と呟いて無言になる。

「………元気そうだったか?」

二人の間に漂う気まずい空気に耐え切れなくなったのはスネイプの方で、けれど咄嗟に出てきた話題がルーシーのことなのだからどうしようもない。愚かしい自分を苦く思いながらリリーへと視線を向ければ、こちらを窺うように覗き込んでいたリリーは縦に首を振ってから僅かに傾げた。

「そうね……元気と言えば元気だったけど、ちょっと無理して笑ってたかもしれないわ」

心配させまいと気遣ったのだろうが、そんなものが通るほど短い付き合いでもない。
何も言わずにルーシーに合わせたのは彼女を想うがゆえの行動だったが、今思えば自分から話を切り出して相談に乗ってあげるべきだったかもしれない。リリーはそう言って儚げに微笑んだ。

「ごめんなさいね、役に立てなくて」
「いや……」

上手い返答が思いつかなかったスネイプは、ありがとうと呟いて再び教科書へ視線を落とした。
先程からずっと同じページを見ているが、内容は全く頭に入ってこない。気がつけば彼女のことばかり考えているのだが、どうして返事をくれないのだろうか。

まさか、届かなかったのだろうか?
確率としてはとんでもなく低いそれに縋りたくなるのも無理はない。無視された事実から目を背けたくなるのは仕方のないことなのだから。

何度目か分からない溜息を零して教科書を閉じたその時。

「あ! ルーシーの梟だわ!」

空を見上げたリリーの声に弾けたように顔を上げれば、足に手紙を括りつけた一羽の梟がこちらに向かってスーッと飛んでくるのが見えた。リリーではなくスネイプの前に降り立った梟は、早く手紙を取れと言わんばかりにスネイプの靴をつつく。
慌てて紐を解くスネイプの顔は自然と緩む。おそらくリリーにも気づかれているだろうが、何も言わないでいてくれるのはありがたい。
紐が解けるとすぐに飛び去っていく梟へと視線を向けることなく、スネイプは急いで封を開けた。取り出した手紙を破いてしまわないように気を付けながら広げて、書いてある内容へと急いで目を通す。

「、え……」

そして、凍りついた。

「セブ?」

何て書いてあったの?
隣で首を傾げるリリーの声は耳へ入ってこない。
するりと指の隙間から落ちた手紙を拾ったリリーがそれに目を通して、

「え!?」

同じように声を漏らした。

”やめよう”

”ごめんなさい”

紛れもなくルーシーの字で書かれたそれは、頭が真っ白になったスネイプの網膜に強く焼き付いた。