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「早く上級生になりたい。そう思っていた時期が私にもあったなぁ」

今はずっと下級生でいたかったって思ってるけど。続けたルーシーに返ってくるリリーの声は酷く冷ややかだ。

「現実逃避してないで、ほら。手が止まってるわよ」

図書館の片隅、机に魔法史のノートを広げ、頬杖をついてぼんやりと虚空を見つめるルーシーをリリーが窘める。向かいに座る彼女は、薬草学のノートと教科書とを交互に見ながら必死に作業をしていた。

「それ、何してるの?」
「単語帳を作ってるのよ。薬草の名前と、成分なんかを書いてるの。これならいつでも手軽に勉強出来るでしょ」
「………作るのにどれくらいかかるのさ」
「あとちょっとよ。出来上がったらルーシーにも問題出してあげる」
「うー、やだやだ! もう勉強やだ! OWLとかやだ!」
「シーッ! 大きな声出さないで! 追い出されちゃうわ!」

きつく窘められ、ルーシーは頬を膨らませて項垂れた。視界の端に捉えた司書の姿は、気付かなかったことにしておこう。
ノートはリリーのおかげで完璧に仕上がっているが、如何せん読み返す気にならない。魔法史の勉強を始めると、途端に担当教授であるビンズの眠りを誘うような声が甦ってくるのだ。
彼がゴーストだからだろうか、あの声には眠りを誘う魔法が篭められているようにすら思える。

「馬鹿な事考えてないで、勉強しないと」
「もー飽きたよ……」
「ダメよ、後から困るのは貴方なんだから」

正論すぎる返答にぐうの音も出せないルーシーは、大きな溜息を吐き出してノートと向き合った。

普通魔法レベル試験――通称O.W.Lは、五年生の終わりに受験することになっている。その為だろうか、五年生になった途端に増える宿題、難しくなる授業。現実逃避でもしなければやってられないというのがルーシーの考えだった。

クリスマス休暇前ならば悪戯に精を出せていたというのに、休暇を終えてからは勉強一色だ。
ルーシーと共に行動するリリーが勉強一色になってしまったおかげで、ルーシーは逃げる事も出来ずにこうして毎日のように図書館に入り浸ってしたくもない勉強をさせられている。

「実技なら何とかなるんだけど」
「筆記試験もあるのよ」
「勉強しすぎて頭が割れそう」
「ノートと向かい合ってるだけで、勉強してないじゃない」
「リリー、向かい合ってるだけで奇跡だと思わない?」

腹立たしいことに、ジェームズやシリウス、リーマスは学年でも上位の成績をキープしている。ピーターだけはルーシーが手を差し伸べてやりたくなるような成績の持ち主だが、周りに優秀な人間が三人もいるのだ。時折ピーターを囲んでスパルタな勉強会を開いているのを見たことがある。

「お前も混ざるか?」

一緒に面倒見てやるよ。杖の代わりに何処からか取り出したハリセンでバシバシと机を叩きながらニヤリと笑うシリウスに、平身低頭してお断りしたのは記憶に新しい。
馬鹿笑いしていたシリウスとジェームズの声がこびり付いている。悔しい。悔しいが、頭では到底敵わない相手なのだ。

「神様は不公平だ」
「言ってたらキリが無いわよ」

素っ気ないながらも律儀に返事をしてくれるリリーの優しさに感謝しつつ、ペチペチと頬を叩いて気合を入れると、ルーシーは握り拳を作った。ふと、左手の薬指で視線が止まる。

クリスマス・イブ――ルーシーとレイの誕生日でもあるこの日の夜、スネイプは言った。
ルーシーが嵌めている指輪は、普段は誰にも見えないように魔法で消えているのだと。

それから――

「え、対になってるの?」
「あぁ」
「セヴィの分もあるの?」
「僕のは石が青い」

左手の薬指に光る指輪の中央、小さな赤い石を指してスネイプが言った。
揃いの指輪を、彼も付けてくれているのだと。スネイプの指にスッと現れた指輪に頬を緩ませ、嬉しいと抱き付いて互いに笑った。

誰も知らない、二人だけの秘密。
一人でいる時にこっそり指を見つめ、現れる指輪に頬を緩ませる。

嬉しそうね、何か良いことあったの?
休暇が終わり、ホグワーツに戻って来たリリーに尋ねられたのはひと月前のことだ。
何でもないと誤魔化したが、毎年帰省していたクリスマス休暇をホグワーツで過ごしたことに疑問を持っていたらしいリリーは、「ふぅん?」と意味深長な笑みを浮かべた。

「ルーシーに先を越されちゃうなんてね」

怖くて言葉の真意を尋ねることは出来なかったが、おそらくバレているのだろう。
そう考えると気恥ずかしいものではあったが、幸せ?と問われて『YES』と即答してしまう程度にはリリーに知られても構わないと思っていたのかもしれない。

「………またセブのこと考えてるでしょ」

ぎくり。思い出に浸っていたルーシーは、リリーの声に身を強ばらせた。

「甘い思い出に浸るのは結構ですけど、きっちり勉強してくれます? ノートを貸してあげたんだから、それなりの成績を修めて頂きたいのだけれど?」
「………はい、頑張ります」
「よろしい」

大きく頷いたリリーが小さく噴き出し、ルーシーも笑う。

「そこ! 静かに!」
「ごめんなさいっ!」

飛んできたお小言に即座に謝罪の言葉を返し、二人は慌てて勉強を再開するのだった。