09


「それ、誰に付けられたんだ?」

選抜が行われた日の夜、談話室で寛いでいたルーシーの元にやって来たシリウスが言った。その後ろには何故か表情の硬いジェームズ、リーマス、赤面したピーターがいる。

「それ、って……どれ?」

首を傾げてリリーを振り向けば、リリーも分からないと首を振る。

「ちょっと失礼」
「え、な、何?」

頭を掴んだ大きな手が、ルーシーの頭を更に横へと傾げる。痛い痛い!喚くルーシーの首筋にかかる髪を耳にかけた。誰かが息を呑んだ音が聞こえ、ルーシーは益々困惑した。

「え? ちょ、何? 何なの?」
「これ、誰に付けられたんだよ」

漸く解放してくれたシリウスが不満げな顔で同じ問いを繰り返す。
だから何が!?声を荒らげたルーシーはリリーを振り返った。いつの間にかピーターと同じように赤面しているリリーが、こそこそとルーシーを招いて耳打ちをする。

「それ、もしかしてキスマーク……?」
「、」

バチン!慌てて首筋を押さえると大きな音が鳴った。
一瞬で真っ赤になったルーシーのその行動で理解したリリーが、更に頬を染めて黙り込む。相手が知られているからだろうか、とんでもなく恥ずかしい。

「やっぱり! 誰だよ!?」

同じように理解したらしいシリウスがルーシーに詰め寄った。

「だ、誰って、べべべ別に……!」
「いつから!? 何処のどいつだ!」

次々に詰問するシリウスの後ろでは、ジェームズが信じられないと嘆いてリーマスに慰められている。

「まさかルーシーに先を越されるなんて……!」
「早く答えろって! 誰だ!?」
「ううう煩いな! 誰だって良いでしょバカヤロー!」

部屋戻る!サッとシリウスの脇をすり抜けたルーシーは、真っ赤な顔のまま女子塔へと駆けていった。

「あっ! チッ、逃げられた……!」
「そっとしておいてあげなさいよ。貴方たちが関わって喧嘩になったりしたら可哀想じゃない」
「エヴァンズは知ってるの?」
「そりゃあ、勿論よ。私はあの子の親友だもの」

実際、教えてもらったのは二人が付き合ってから一年も経ってからなのだが、こちらが気付く前にルーシーの方から教えてくれたのだから良いだろう。ジェームズたちよりも早く知ったのは事実なのだから。

「誰だよ?」
「言わないわ、別れて欲しくないもの」

幼馴染みと親友。自分だけが除け者にされてしまった感は否めないが、それでも二人が幸せならそれで良いと思う。何だかんだ言って、スネイプもルーシーを想っていたんじゃないか。リリーは上機嫌だった。
寮の違う二人が付き合っている。それはつまり、スネイプが他のスリザリン生と同じような偏見を持っていないということに等しい。幼馴染みと、これからも幼馴染みとして、友達として過ごすことが出来るのだ。それはとても幸せなことではないか。
家庭に問題を抱えているスネイプが手に入れた小さな恋人。よほど好きなのだろう、注視していればルーシーを見る目が優しいことに気付けた。ルーシーが幸せで、スネイプが幸せで。それはつまりリリーにとっての幸せだ。

「邪魔しちゃだめよ、そっとしておいてあげて」

素直に聞いてくれる相手ならば良かったが、相手は悪戯仕掛け人を自称する彼らだ。
リリーの願いとは反対に、彼らはルーシーの相手を探すことに躍起になっていくことになる。





「本当に好きだね、それ」

隣にやって来たリーマスの言葉に、苺を食べようとしていたルーシーはピタリと手を止めた。隣のリーマスを見やり、すぐさま呆れを露にする。

「リーマスもね」
「美味しいんだよ」

ルーシーも食べる?という問いに首を振って、持っていた苺を口へと放る。口内に広がる甘みに頬を緩めれば、隣でケーキを口に運んだリーマスも同じような顔をしていた。

「幸せですねぇ」
「、そう、だね」

うん、幸せだよ。ぎこちないその態度に首を傾げたルーシーだが、リーマスが再びケーキへとフォークを向けたのを見て苺へと向き直った。

「ルーシーは別の意味でも幸せだもんね」
「………、うん、まぁ……」

照れ臭さに頬を掻きながらぼそぼそと答えれば、隣のリーマスが声を上げて笑う。
真っ赤だよ、なんて余計なことを口にするリーマスに、煩い。吐き捨ててルーシーは再び苺へと手を伸ばした。

「どういう人?」
「なに、シリウスたちに何か言われたの?」

じろりと睨むとリーマスは肩を竦めた。

「半分は僕の興味。ルーシーが好きになるのはどういう人かなーと思って」
「………優しいよ。すっごい優しい」
「ふぅん?」
「か、かっこいいし……頭だっていいもん」

俯きがちにボソボソと挙げていくルーシーに、面白くないという感情がじわりとこみ上がる。

優しい、だなんて。それが本物か偽物かなんて分かりもしないのに。
カッコイイ。シリウスより顔の良い男なんてそうそういないだろう?
ジェームズとシリウスは頭が良い。自分だって、学年上位にいる。

ルーシーの傍には、いつだってその条件に見合う男がいたはずなのに。ジェームズでも、シリウスでも、自分でも。そこまで考えてリーマスはそっと溜息をついた。
自分でも、だなんて。業を抱えた自分が幸せになれるわけがないのに。

「リーマス?」

首を傾げるルーシーに「何?」と笑顔で返事をする。笑顔を貼り付けるのが上手くなったのはいつからだろう。
ジェームズたちといるのは楽しい。こうやってルーシーと話をするのも楽しい。
ホグワーツに入学できて、本当に良かったと心から思う。
けど、その裏で彼らを妬む自分がいることにも気付いている。
どうして自分だけ。他の皆は普通の人間なのに、どうして自分だけ。
楽しいのに、楽しくなくて。幸せなのに、不幸せで。

「いいことばかりじゃないよね」

ポツリと零した言葉を聞き取ったのだろう。ゴクンと喉を鳴らしてジュースを飲み干したルーシーが、グラスをテーブルに置きながら小さく頷いた。

「幸せな時ってさ、怖くなったりするよね」
「え?」
「幸せな分、後から嫌なことが一気にやってくるんじゃないか、とか」
「意外。ルーシーもそういうこと考えたりするの?」

何それ。笑ったルーシーにリーマスも笑った。

「誰だって、悩みくらいあるでしょ」

周りにとっては小さなその悩みは、本人にとってはとても大きな悩みである。

「でもさ、それをちょっとでも忘れられるくらい楽しいことがあると嬉しいよね」

だから、悪戯を仕掛けるのだとルーシーが笑った。
悪戯仕掛け人たちと一緒になって、悪戯を繰り返すのだと。

ルーシーの悩みは何?
尋ねようとしたリーマスはすぐに口を噤んだ。
誰にだって、人に言えない悩みを持っているはずだ。自分だってあるではないか。

「さっき、ジェームズたちがまた悪戯仕掛けるって話し合ってたよ」
「え、ホント? じゃあ私も行って来ようかな」

リリーには知られないようにしなきゃね。悪戯っぽく笑うルーシーに、リーマスも同じように笑ってケーキへと手を伸ばした。