05


おかしな事に、スネイプは週に一回のペースでルーシーと会っていた。
どうしてそういう流れになったのかは分からない。ただ、気が付いたら「また来週」と会う約束をしていて、約束を破れば良いのに律儀にも教室に向かったスネイプは、一週間前と同じように窓側の床に並んで座り(微妙な距離だけは保ち続けている)ルーシーの他愛ない話を聞いていた。

今回で終わりにしよう。

毎回約束の場所に向かうまではそう思うのだが、最初にスネイプが言った通りルーシーは決して煩く騒ぎ立てることはせず、おかげで二人でいる時間を苦痛に思うどころか何となく居心地が良く思えてきてしまい、結局「また来週」と別れてしまうのだ。

「それでね、ジェームズがやたらとリリーに構うから、リリーが怒っちゃって」

ここ最近の話題はジェームズとリリーだ。
片や鼻持ちならない傲慢な男ジェームズ・ポッター。
片や大切な幼馴染みリリー・エヴァンズ。
列車での初対面からずっとリリーがジェームズを嫌っていることは誰もが知っていることで、だと言うのにジェームズはここ最近リリーに求愛しているのだとルーシーは言う。

顔を合わせれば必ず声をかけ、嫌々ながらもリリーがそれに答えれば水を得た魚のようにマシンガントークを始め、うんざりした様子のリリーが適当に会話を終わらせてその場を去る。

それはグリフィンドールの談話室だけに限らなかった。
他寮生であるスネイプも大広間や廊下などでそのような場面を何度か目撃している。
傍目にはリリーがジェームズに対して嫌悪感丸出しだと分かるのに、当の本人は気づいていないらしい。

「ううん、気付いてるよ。気にしてないだけ」
「最悪だな」

笑いながら教えてくれたルーシーにスネイプも嘲りの笑みを浮かべる。
無様なジェームズを見るのは中々どうして気分が良い。三年生になった現在、ジェームズとシリウスの横行はスリザリン生であるスネイプから見ても気分が悪い。

『悪戯仕掛け人』

同級生のピーター・ペティグリュー、リーマス・ルーピンを交えた彼らは、いつしかそう名乗るようになった。
悪戯の域を軽く超えた悪戯を仕掛ける彼らは、スリザリン生たちにとっては悪魔のような存在である。
それはスネイプにとっても同様で、彼らは事あるごとにスネイプに突っかかってくる。リリーと幼馴染であることも勿論、ルーシーがスネイプを気にかけている事も気に食わない理由の一つなのだろう。

ルーシー自身もそれに気付いたのか、ここ最近はジェームズたちと一緒にいる時はスネイプに近付いてくることはしなくなった。自分の所為で嫌な思いをさせるのが嫌なのだと言ったが、スネイプは『それならこうして会うのも止めろ』とも『金輪際、僕に構うな』とも言えなかった。何故か口が動かなかった。

ルーシーは変な奴だ――スネイプはそう思う。

根っからのグリフィンドール生で、ジェームズたちとも仲が良い。だと言うのにスネイプの友達だと言う。友人たちはスネイプを毛嫌いしているというのにだ。
リリーとは概ね良好な関係を保っているが、ここ最近ではリリーから同室の友人たちと付き合うのは良くないと苦言されるようになった。根っからのスリザリン生な友人たちを、彼女は好きになれないらしい。

「そう言えば、レイとは上手くやってるのか?」
「ん? どうして?」
「いや……」

顔を合わせるたびにルーシーを睨み付け追い払うレイ。気を遣ってくれているのは嬉しいが、最近ではもしかしてレイはルーシーの事が嫌いなのでは?と思ってしまう。それほど、レイのルーシーに対する態度は酷かった。
それを告げればルーシーは困ったように微笑む。

「あぁ……まぁしょうがないよ。でも大丈夫、家では普通に話してくれるし」
「そうか……」

家でレイとルーシーがどんな会話をしているのかは知らないが、学校でのやり取りを見た限りでは、レイがルーシーに笑顔で話しかける姿なんて想像できない。ルーシーが一方的に話しかけてレイが適当に返事をする光景が浮かんだが、もしかしたらそれは当たっているのかもしれない。

「ありがとう」
「?」
「心配してくれたんでしょう?」
「、べ、べつに……」

そんなんじゃない。お前の心配をしたわけじゃない。勘違いするな。
そう続けてやりたかったのに、嬉しそうに笑うルーシーを見てしまえば開いた口からは何も出てこなかった。

何となく、顔が熱いような気がした。





その日、スネイプは不機嫌だった。
気紛れな階段によって授業に遅刻するし、廊下で出くわしたジェームズとシリウス相手にひと悶着を起こし(やって来たマクゴナガル教授によってそれぞれ五点減点された)、夕食のデザートはスネイプの嫌いな甘ったるいフルーツタルトだった所為だ。

「どうしたの? 機嫌悪いね」

その日に限ってルーシーと会う約束をしていたスネイプは、内に溜まった苛立ちをどうすることも出来ないまま教室へと来ていた。

運が悪いことに、その日ルーシーが挙げた話題はこれまたスネイプの苛立ちの大半を占める大嫌いな同級生たち。学校の傍にあるホグズミード村への外出が許された日に大量の悪戯グッズを仕入れていたらしい彼らが、談話室でそれらを同時に使って大惨事が起きたと言うのだ。
いつもなら「くだらない」だの「無様だな」だのと返すのだが、さも楽しげに話すルーシーを見て更に苛立ちを募らせたスネイプは適当な返事も出来ないまま黙り込み、漸くルーシーはスネイプの機嫌が物凄く悪いということに気付いたのだ。

「別に」
「セヴィ?」

覗き込んでくるルーシーから顔を背けてグッと眉根を寄せる。
何故か分からないが、苛々して仕方ない。止まらない。何故か分からず更に苛々する。

「今日はもう帰る」

吐き捨てながら立ち上がると、一拍遅れで「え?」と驚いた声が返ってくる。

「どうしたの?」
「何でもない」
「でも、」
「何でもないって言ってるだろ、帰る。じゃあな」
「あ……、うん………じゃあ、また来週ね」

ドアに向かって歩き始めていたスネイプは、その言葉にピタリと足を止めた。
戸惑うようなルーシーの視線が背中に突き刺さる。

「、セ――」
「何で僕なんだ」
「え、何? 聞こえないよ」

ポツリと零した言葉に返ってくるのは戸惑いを露わにした声。
振り返るとルーシーと視線がかち合う。息を呑んだルーシーの顔が泣きそうなものに変わった。

「別に僕じゃなくたって良いんだろう」
「何、言ってるのか分かんないよ……セヴィ、どうしたの? 今日、変だよ」
「変なのはお前だろ!」

怒鳴り返して我に返った。何をやってるんだ。変なのは自分だ。ルーシーではない。何がしたいんだ。
俯くと「セヴィ?」と気遣うルーシーの声が耳に届いた。

「君は何がしたいんだ? こうやって会ったって、話すのはポッターだのブラックだの……そんなの聞いたってちっとも楽しくない」
「、ごめ……」
「僕はただ気が向いたから一緒にいてやったんだ。珍しく君が泣いてたし、レイにも言ってないって言うから……っ、なのに結局泣いてたのは最初の夜だけで、ずっと笑ってるじゃないか。僕はポッターたちの話なんか聞いたってこれっぽっちも面白くないし、そんなくだらない話を聞くために無駄に時間を過ごすなんて真っ平だ!」

吐き捨てると沈黙が教室を支配する。嫌な空気だとスネイプは思った。
ルーシーに当たってしまった。ジェームズの話なんて聞いても楽しくないことは事実だが、ここまで言うつもりなんかなかった。一緒にいるこの時間が苦痛だなんて思ったことはなかった。自分が何をしたいのか分からない。支離滅裂だ。

「………ごめん、なさい」

やがて返ってきたのは、小さな小さな謝罪の言葉。

「そう、だよね……メーワク、だったね」

違う――そんなこと今更言い出せず、スネイプは俯いたまま黙り込んだ。

そもそも、何でこんな事になってしまったんだ?スネイプは頭を抱えたくなった。
ただ苛々していただけだ。それは気紛れな階段の所為だったり、腹立たしい同級生の所為だったり。決してルーシーの所為ではないというのに、ルーシーに当たってしまった。

 ――何故?

 簡単だ、彼女が腹立たしい同級生の話を始めたから。

 ――いつものことじゃないか

 それでも、腹が立った。今までだって、楽しかったわけじゃない。

 ――黙って聞いてたくせに

 他の話題がなかっただけだ。聞きたいと思ってたわけじゃない。それに、

 ――それに?

自問自答を繰り返す。頭の片隅で警鐘が鳴り響いているような気がした。

 それに、楽しそうに笑っていたから。だから、水を差したくなかった。

 ――何故?

 笑っていてほしいと、そう思ったから。

だめだ、考えるな。そう思うのに、自分の意識の外で自問自答が続けられていく。
最終的に行き着く答えが何となく見えてしまった気がして、スネイプは慌てて頭を振った。

「あ、の……ありがとね! 話聞いてくれて、嬉しかった。あの………じゃあ、帰ろっか」

泣きそうな顔でぎこちない笑みを作ったルーシーがスネイプを追い越してドアへと向かう。
自分よりも小さな身体が脇を通り過ぎて行こうとするのを、スネイプは咄嗟に腕を掴んで止めた。

 ――何をしてるんだ?

「、セヴィ……?」

振り返ったルーシーの目には涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうだ。

「泣くな」

 ――泣かせたのは僕なのに?

「だいじょぶ、ありがと……」

その言葉の信憑性は限りなく低い――つまりゼロだ。
咄嗟に掴んだままの腕を放せずにいるから、ルーシーも動くことが出来ない。放してくれるのを待っているのだろう、困ったようにこちらを見てくるルーシーを見つめ返しながら、スネイプは何故か自分の顔が熱くなっている事に気付いた。

「だから、つまり……」

 ――僕は、何がしたいんだ?

困惑の色を浮かべる潤んだ目が徐々に見開かれていく。開いた口が音もなくスネイプの名を呼んだ。

 これで終わりにするのは、嫌なんだ。

「、また、来週……」

ポカンとこちらを見つめるルーシーを見る事が出来ない。羞恥に染まった顔を背けながら何とか紡いだ言葉は、自分のものとは思えないほど上ずっていた。

「今度は、もっと……違う、話……だから、その………あんな奴らのじゃなくて、」
「………いい、の?」

必死の思いで首を縦に振れば、目の前のルーシーが安堵の息を漏らしたのが気配で分かった。そっと顔を上げてみれば、嬉しそうに顔を綻ばせる顔。今まで見てきた笑みと違う気がしてジッと見つめてれば、答えはすぐに分かった。

「、赤い」
「セヴィも、赤いよ」

照れ臭そうにはにかんだルーシーの手が伸びてきて、空いている方の手をそっと握った。自分のものではない温もりにまた顔が熱くなるのを感じながら、何となくその手を握り返す。心臓の音が煩くて、余計に顔が熱くなった。

 ――つまりは、そういう事なんだろ?

頭の片隅でもう一人の自分が問いかける。スネイプはそっと目を閉じた。

「気に食わないけど」
「ん?」
「………そう、みたいだ」
「何が?」

首を傾げたルーシーをチラリと見たスネイプは、分かっていない様子のルーシーにムッと顔を顰めると、悔し紛れに引き寄せて思い切り抱きしめてやった。