二度目のホグワーツでの生活が始まる。
一人きりの部屋でブラウスに袖を通しながら、ルーシーはハンガーにかけてある制服を見つめた。細部のデザインがほんの少し変わっただけの制服は、かつてルーシーが袖を通していた制服と殆ど変わりはない。
”ルーシー、起きて! 朝よ!”
あの頃、そうやって起こしてくれた友人はもういない。あんなにも朝に弱かったルーシーを起こしてくれて、早く着替えろと急かすように制服を寄越してくれた彼女はもういないのだ。
シンとした部屋に静かに広がる衣擦れの音は、より一層孤独感を増していくように思えた。
「おはよう、リサ」
部屋を出た所で出会したハーマイオニーがにっこり笑う。転入という形で入学したルーシーを気遣ってくれているのだろう。面倒見の良さそうな彼女は、ルーシーが挨拶を返すと優しく目を細めて一緒に行こうと誘いの言葉をくれた。
階段を降りて談話室に入ると、ソファの所に真っ黒な癖毛と燃えるような赤毛を発見した。寝癖なのか元々なのか分からないくしゃくしゃの黒髪を撫で付けながら、大きな欠伸をしていたハリーがハーマイオニーに気付いて片手を挙げる。
「おはよ」
ハリーにつられるように欠伸をしながら漏れたロンの挨拶は辛うじて聞き取ることが出来たが、そのだらしなさが気に入らなかったのかハーマイオニーは僅かに顔を顰めながらロンの歪んだネクタイを指した。
「おはよう、曲がってるわ」
「分かってるよ」
朝から煩いな、と言わんばかりの顔でネクタイをぐいっと直したロンが、ハーマイオニーの後ろに立つルーシーに気付いてきょとんと目を丸くした。
「おはよう、リサ」
「おはよう」
ハリーからの挨拶に笑顔で答えると、ハーマイオニーが「私が誘ったのよ」と得意気に笑う。
「一緒に行ってもいい?」
「もちろん」
二度目の欠伸を噛み殺しながらロンが頷き、そんなロンに笑いを漏らしながらハリーも頷いてくれた。
「今日から授業ね。リサ、貴方は何の教科を取っているの?」
談話室を出て気紛れな階段を降りながら、ハーマイオニーが尋ねてくる。
「えぇと……」
知らない。ルーシーは曖昧な笑みを浮かべながら頭を掻いた。
入学前にダンブルドアに頼んだおかげで、ハリーと同じ教科になっているはずだ。けれどそれが何の教科なのかルーシーは知らない。入学に必要なものを買う為にダイアゴン横丁に行きはしたが、実際はそこで合流したダンブルドアと魔法省の役人数名と入学後の生活について話し合っただけで、教科書やら必要な道具やらは全てあちらが用意していてくれたのだ。
入学前に教科書に目を通すなんて優等生らしいことをするようなルーシーではないし、既に揃っているそれらをそのままトランクに突っ込んだだけで確認したりもしていない。
つまり、何も知らないのだ。
けれどそれをそのまま告げるのは都合が悪い。訝しむハーマイオニーたちに、ルーシーは眉を下げて笑いながら「覚えてないの」とすっとぼけた。
「君、自分が何を選んだか覚えてないの?」
「教科書とかは?」
「あー……その、教科書とかは親が用意してくれたから………ダイアゴン横丁でローブ新調してる間に全部揃えておいてくれたの。全部揃ってるのそのままトランクに入れてきたから……」
「まぁ! そんなのダメよ、ちゃんと全部あるか確認しないと!」
「はい、気を付けます」
キッと眉を吊り上げるハーマイオニーのお説教に殊勝に頷くと、ハリーとロンから笑い声が上がる。ハーマイオニーも笑い出し、つられるようにルーシーも笑い声を上げた。
大広間に入ると、スリザリンのテーブルが何やら騒がしい。足速にスリザリンのテーブルを通り過ぎようとするハリーたちに続こうと足を速めれば、目敏くハリーたちを見つけたドラコ・マルフォイが大袈裟に身体を捩らせて気絶したフリをしだした。スリザリンのテーブルから嘲るような笑い声が上がる。
「知らんぷりよ、無視して」
表情を強ばらせるハリーの背に手を当てて先へ急ぐよう促しながらハーマイオニーが宥めるように言った。
「相手にするだけ損――」
「あーら、ポッター!」
甲高い声がハリーの名を呼んだ。思わず足を止めてしまったルーシーたちの視線の先で、スリザリンの女子寮生がドラコに続けとばかりにわざとらしく両手を広げてゆらゆらと身体を揺らす。
「ポッター、吸魂鬼が来るわよ。うううぅぅぅ!」
吸魂鬼の真似だろうか。幼稚なそれに冷めた視線を送り、ルーシーたちは足速にグリフィンドールの席へと向かった。何年経ってもグリフィンドールとスリザリンの関係は変わらないらしいと思うと呆れてしまうが、考えてみればもう千年も変わってないのだから今更変わりようがないのかもしれない。変わらないのか変われないのか、彼らは一体どちらなのだろうか。
そんなことを考えながら空いている席に腰を下ろすと、ハリーの隣に座っていた赤毛の上級生が時間割表を寄越してきた。
「三年生の新学期の時間割だ」
「ありがとう」
怒りが治まらないハリーの顔は険しい。ロン、ハーマイオニーを通じて流れてきた時間割表を受け取ったルーシーは、手近にあったパンを齧りながらそれを広げた。
「リサ、何だった?」
「えっと……『魔法生物飼育学』と『天文学』だ」
「本当? 私たちも同じよ!」
声を弾ませるハーマイオニーに笑みを返し、残りのパンを口に詰め込むとルーシーは丸めた時間割表をバッグの中へ押し込んだ。
知ってるよ、だなんて言えるはずがない。無邪気な笑みを浮かべるハーマイオニーからそっと顔を逸らした。