コンパートメントの中は沈黙が流れていた。
これ以上話すことはないとでも言うように、壁に寄りかかり目を閉じたリーマス。まだ三十を過ぎたばかりだというのに、ライトブラウンの髪に混じる白髪の多さにルーシーは唇を噛み締めた。
本当だったら。もし、全て望んだ通りになっていたとしたら――思い描いた彼らの未来はとうとう叶うことがなかった。それならば、一体何の為に彼らを棄てたというのだろうか。
耳の奥でヴォルデモートが嗤う。
愚かだとルーシーを嘲る。
列車の外はいつの間にか賑やかになっていた。発車時刻が近くなり、生徒たちが集まってきたのだろう。
この笑い声の中にハリーのものも混ざっているのだろうか。あの時たった一歳の赤ん坊だった彼は、一体どんな風に成長したのだろう。
目を閉じて深呼吸をする。大丈夫、大丈夫だ。
まだ諦めるわけにはいかない。
「あの……」
音もなく開いたコンパートメントの戸から、赤毛の少年が顔を覗かせた。戸惑いがちに一緒に座っても良いかと尋ねる彼に頷きを返せば、ホッと表情を緩ませて少年が中へと入ってきた。その後には彼の連れだろう少女が続く。
そして、もう一人。
「、ぇ……」
あちこちに跳ねた黒髪。
丸い眼鏡。
懐かしい顔立ち。
そして、翡翠色の瞳。
ジェームズ。
思わず漏らした声に、向かいに座るリーマスが僅かに身体を揺らすが、カトレットは気付くことなく彼を見つめた。
ジェームズ。違う。ハリーだ。ハリー・ポッターだ。
「この人は?」
ソファに腰を下ろすと、赤毛の少年が隣に座るリーマスを見て声を潜めた。
「リーマス・ルーピン先生だよ」
「ルーピン? 聞いたことないな」
「新しい先生じゃない? ほら、防衛術はまた空席になったから」
首を傾げる赤毛の少年にハリーが言う。
声は似てないんだな。そんなことを考えたルーシーは、こちらを見つめる栗毛の少女に気付き首を傾げた。
「何?」
「貴方、何年生?」
「三年生」
「でも、君のこと見たことないな……レイブンクロー?」
その寮だけは同じ授業がないんだ。そう続けた赤毛の少年の問いに「違う」と首を振れば、三人は首を傾げてカトレットを見つめた。
「今年から入るの。まだ寮が決まってないんだ」
「今年から?」
「転入生ってこと? パパは何も言ってなかったなぁ」
「へぇ、そういう事もあるのね。私はハーマイオニー・グレンジャー。貴方は?」
「リサだよ」
ぎこちない笑顔になってはいないだろうか。僅かな不安を胸にカトレットは自らの名を口にする。
けれど、それはルーシー・カトレットという名前ではない。
「リサ・桜井」
「桜井? こっちの国じゃないの?」
「親がイギリス人と日本人なの」
へぇ。こちらを物珍しそうに見つめながら、赤毛の少年はロンと名乗った。
よろしく。微笑みを返しながら、ルーシーはチラリと狸寝入りを決め込むリーマスへと視線を向ける。
嘘っぱちだ、何もかも。けれど詳しい事情を話す必要もない。アリアと夫のコウタがリサ・桜井の保護者であることに変わりはないのだから、両親と呼んだって何の問題もあるまい。
アリアは眉を吊り上げて怒りそうだが、知られなければどうという事はないのだから。
「ハリー・ポッターだよ。よろしく、リサ」
”僕はジェームズ。ジェームズ・ポッターだ”
いつだって自信に満ち溢れていた親友に比べると、ハリーはだいぶ謙虚な少年だ。
顔の造りはこんなにも似ているというのに。
”よろしく、ルーシー”
「………よろしく、ハリー」
僅かに潤んでしまった目を細め、ルーシーは差し出されたハリーの手に己の手を重ねた。