02


「リサ・桜井?」

ルーシーが差し出した入学許可証に書かれていた宛名にスネイプは眉根を寄せた。

「私の名前」
「ふざけるな」
「まさかルーシー・カトレットって名前で入学するわけにはいかないでしょう? 先生たちの中には私を知ってる人だっているし、保護者の中にだって」
「他の者たちの目を欺く為に偽名を使うと? それを許可したのか? 魔法省が?」

百歩譲ってダンブルドアは良しとしよう。何せあの老人だ、どんな無茶だって平気でやってのける事だろう。けれど魔法省がそれを全て受け入れるはずがない。ルーシーを入学させる事だって相当渋ったに違いないのだ、それ以上の無茶を強いられることを良しとするはずがない。

「まぁ、教師たちには話すって言ってたから、実際は保護者たちに気付かれないようにする為の処置らしいけどね」
「だとしても、浅慮にも程がある。気付かれないとでも思っているのか?」

何しろ、姿形は昔と全く同じだ。偽名は和名だが、ルーシーの外見はどう見たって欧米人のそれのまま――偽名だと気付かない人間がいないはずがない。生徒たちから好奇の目を向けられることは必至だ。

「大丈夫だって。表向きには私の親はレイって事にするし、レイの旦那が日本人だからそれ以上疑う人なんかいないでしょ。わざわざふくろう便で親に連絡取るような人なんかいないよ」
「………何故ここに来た」

肩を竦めるルーシーを油断なく見据えれば、ルーシーは困ったような顔で頭を掻き、溜息と共にスネイプに背を向けた。

「言ったでしょ? 挨拶だって」
「違う。聞いているのは貴様がホグワーツに来た理由だ」
「だから――」
「ポッターを狙っているのか?」

スネイプの問いかけにルーシーの肩が揺れた。

「ブラックは何処にいる」
「……さぁ? 知らないよ、会ってない」
「今更、貴様の言葉を信じるとでも?」
「聞いてない? 私はずーっと日本にいたの。レイと一緒にね」
「あのレイが裏切り者の貴様を受け入れるはずがない」
「そうだね、普通なら」
「何?」

怪訝に眉を寄せたスネイプの前で、ルーシーは薄く笑みを浮かべて両腕を広げた。

「知らないんだよ。レイは私が何も覚えてないと思ってる」
「、」
「『子どもに戻った反動で記憶が無くなった』――お母さんがそう言って私をレイに預けたから」
「何てことを……」

無意識に握り締めた拳に痛みが走った。
ルーシーの言うことが事実だというのなら、レイは何も知らないままルーシーを育てたという事になる。自分を裏切った双子の姉が記憶を失ったと聞かされて絆されたのかは定かではない。レイと母親との間にどんなやり取りがあったのかは分からないが、ルーシーを引き取って育てる事を承諾することはレイにとって苦渋の決断だったに違いない。

「実の妹だぞ」
「………」
「散々傷付いたはずだ……!!」
「そうだね、悪いと思ってるよ」
「っ、」

感情の伴わない台詞に頭に血が上ったスネイプは、ほぼ反射的にルーシーへと手を伸ばし、その細い肩を掴んだ。
すぐ近くにあったソファに押し倒し、怒りのままに手を振り上げる。

「――っ、」

怒りのままに振り下ろすつもりだった。
ルーシーの顔を見なければそうしていたに違いない。

けれど、

「………殴らないの?」

こちらを真っ直ぐに見つめる彼女が、まるで殴って欲しがっているように見えたから。
急速に怒りが鎮まっていくのを感じてスネイプは腕を下ろした。掴んだままの肩は華奢で、力を篭めれば折れてしまいそうだ。

「今更……殴った所でどうにもなるまい」

殴って救われるのなら、そうしている。
目の前の彼女を憎んで、記憶の中の彼女に縋って――けれど、結局はこうして躊躇してしまう。

同じなのだ。どこまでも。
彼女は間違いなくルーシーで、スネイプが愛した人間だ。
どんなに違うと言い聞かせても変えることの出来ない事実。それにこんなにも打ちのめされてしまう。

「そんな顔しないで」

こちらに伸びてくる小さな手が目に映った。
触るな。そう言いたいのに声は喉に張り付いたまま出てくることはなく、かと言って逃げようにも身体はぴくりとも動かない。まるで、触れられることを望んでいるようではないか。
自嘲するスネイプの頬に、ひんやりとした細い指先が触れた。

「悪いと思ってるよ」
「………思ってもないことを」

掠れた声で返せば、ソファに組み敷いた少女は悲しげに微笑みそっと手を引っ込める。

「でも、後悔はしてない」

他の選択はなかった。そう続けた少女が浮かべた笑みの意味は分からない。
上体を起こして少女が起きるのを手伝ってやれば、小さな小さな「ありがとう」が鼓膜を震わせた。

「明日からよろしくお願いします、スネイプ先生」

立ち上がりトランクを引いて部屋を出て行ったルーシーを見ることは出来なかった。

「………未練がましいな、私は……」

何故、自分では駄目だったのだろう。
何故、闇の帝王でなければ駄目だったのだろう。

手のひらに残る彼女の感触を確かめるように拳を握りしめて。
頬に残る彼女の指先の冷たさを閉じ込めるように頬に手を当てて。

「――、」

凍りついたはずの心が、軋んだ気がした。