「カトレット?」
スネイプだった。
「馬鹿者! 何をしている!」
ルーシーは笛を吹いたまま扉の枠に足をかけた。
「待て!」
「ごめんなさい! でも後悔したくないの!」
飛び降りながら叫ぶ。フラッフィーが吠え出しているが、スネイプなら大丈夫だろう。ルーシーは下へ、下へと落ちていった。このまま墜落してしまったらどうしよう――一抹の不安を抱えたルーシーの体は植物で出来た柔らかい地面が受け止めてくれた。衝撃こそ大きかったものの、痛みはほとんどない。
「助かった……」
ホッと息をついて立ち上がる。数歩進んだところでルーシーは違和感に気付いた。何かが脚に絡まっているのだ。
「うわっ!」
躓いて倒れると物凄い勢いで手や胴体にまで蔓が巻き付いてくる。あっという間に雁字搦めにされてしまった。落ちてきた者を助けてくれた植物達は、スプラウトの仕掛けた罠だったのだ。
「え、な、何これ! どうしよう! ハーマイオニー助けてー!!」
悲鳴が虚しく響く。蔓はどんどん巻き付いてきて、とうとう息が苦しくなってきた。視界が霞む。もう駄目だと思ったその時、背後で大きな音が上がった。振り返ることも出来ずにいるルーシーの視界が俄に明るくなる。後ろから熱風が届いたことで炎が上がったのだと気付いた。ルーシーに巻き付いていた蔓は、炎を嫌がりするすると離れていった。
咳き込むルーシーの胴体に誰かの腕が回る。驚く間もなく小脇に抱えられたルーシーは、そこで漸く助けてくれたのが誰かを知った。スネイプだった。植物から離れたところで降ろされたルーシーは不機嫌さを隠しもしないスネイプを恐る恐る見上げた。
「それで」
スネイプの低い声が響く。
「ここで何をしているのか聞こう」
「あの……ごめんなさい」
素直に謝罪するとスネイプの舌打ちが暗くじめじめした空間に響いた。
「さっさと戻るぞ。まさかとは思うが、他にも誰かいるなどと言わないだろうな?」
「その……ハリー達が、先に……」
またもやスネイプの舌打ち。スネイプの不機嫌ぶりが留まるところを知らない。
「先生! あのハープ、ハリー達じゃないんです。笛を持ってくって言ってたから……だからきっともうクィレルが……! 先生お願い、ハリー達を助けてください!」
懇願するとスネイプの眉間にぐっと皺が寄った。何かに耐えるように目を伏せたスネイプは、何も言わずに奥へと歩き出す。ルーシーは慌てて後を追った。
通路は一本道で、壁を伝い落ちる水滴の音が何とも不気味だ。緩い下り坂になっている道を歩きながらルーシーはそっとスネイプを窺った。相変わらず不機嫌そうな顔をしている。
「先生、仕掛けられた罠って毎回解かなきゃならないんですか?」
「当然だ。そうでなければ意味がない」
ならば先ほどの罠はハリー達のことも襲ったのだろう。ハーマイオニーならあの罠についての対処法も知っていたかもしれない。それに対してルーシーは、スネイプが来てくれなければきっとあのまま死んでいた。もっと勉強しておけば良かったとほんの少しだけ後悔した。
石造りのトンネルを抜けた先には眩く輝く部屋が広がっていた。天井は高いアーチ形で、キラキラした無数の小鳥が飛び交っている。向こうには分厚い木の扉があった。
「先生、これは――?」
扉へ向かうスネイプの後を追いながら問いかけると、スネイプは扉の脇に立て掛けてあった箒をルーシーに差し出しながらもう片方の手で扉の鍵穴を指した。
「この錠に合う鍵を探すのだ」
「え、私が?」
「まさか何もせずについてくる気かね? それとも、君の飛行能力では不安だとでも?」
カチン。ルーシーは鼻の穴を膨らませてスネイプから箒をふんだくると、跨りすぐに飛び上がった。扱いやすい奴だとスネイプが独りごちている事にも気付かず無数の鍵鳥達を見つめる。すると一つだけ片羽の折れたものがあることに気付いた。もう片方の羽も傷ついているようで飛び方がおかしい。きっとクィレルとハリーにそれぞれ捕まったせいで羽がおかしくなってしまったのだろう。傷つけないようそっと捕まえると、ルーシーはスネイプに鍵を差し出した。
「最初のはスプラウト先生ですよね? 今のがフリットウィック先生で、ここは――?」
「マクゴナガル先生だ」
次の部屋に足を踏み入れた二人の前には大きなチェス盤が広がっていた。本来ならこの盤上に黒と白の駒がそれぞれ並んでいたのだろう。しかし今、チェスの駒達はほとんどが壊れた状態で脇に転がっている。その中に赤毛を見つけたルーシーは心臓が凍りついたような気持ちで走り出した。
「ロン! ロン! しっかりして!」
何度も呼びかけるがロンは目を覚まさない。体も顔もあちこち傷だらけで痛々しい。
「何で……どうしてこんな……」
「捨て駒となったのだろう。ここは自分達が駒となりチェスをクリアしなければならないと聞いている」
「そんな……」
頬についた汚れを拭いてやったその時、向こうの扉が開いた。戸口に立つハーマイオニーが信じられないという顔で立ち尽くしていた。
「そんな!」
「ハーマイオニー!」
「どうしてスネイプ先生が!? だって……」
「無事で良かった……!」
呆然と立ち尽くすハーマイオニーに駆け寄り抱きしめる。混乱から抜け出せずにいるハーマイオニーの目がスネイプとロンとを行ったり来たりしていた。
「ハリーは?」
「先へ行ったわ。私達てっきり……ルーシー、どうして先生と……? いえ、待って。じゃあ『石』を狙っていたのは――」
青褪めるハーマイオニーの手を握ってルーシーは頷く。
「クィレル先生だったんだよ」
「そんな……」
「君達はここにいなさい」
扉へ向かうスネイプをルーシーは慌てて追いかけた。
「一緒に行きます!」
「カトレット」
「絶対嫌です! 邪魔だったら先に行って良いけど、でも私も行きます。絶対に」
この上なく嫌そうな顔をしたスネイプは、それでもそれ以上は何も言わずに歩き出した。時間が惜しいということなのか、ルーシーに何を言っても無駄だと悟ったのか。ルーシーはハーマイオニーにロンの事を頼むとスネイプと共に次の部屋へと足を踏み入れた。