「とにかく、スネイプはフラッフィーのことを知ってる。ハロウィンの時にあの廊下にもいた。ルーシーが証人だ」
ハリーが考えをまとめながら話すのを、三人は静かに聞いた。
「クィディッチの試合の時に僕を殺そうとした――これは競技場にいた全員が目撃者だし、次の試合の後にはクィレルを脅していたのを僕とルーシーが見てる……」
「それだけ分かれば十分じゃないか。ダンブルドアに言おう」
「でも信じると思う? ハロウィンの時の目撃者はルーシーで、クィレルを脅してるのを見たのもルーシーと僕だけだ。僕達がスネイプを嫌ってるってことは誰だって知ってるし、ダンブルドアだって作り話でクビにさせようとしてるんだって考えるに違いないよ。それに、ハロウィンのことだって逆にルーシーが罰を受けるかもしれない。だってスネイプがそこにいたって証拠はどこにもないんだから」
「でも怪我しただろ?」
「フラッフィーにやられたって証拠がないよ。前にフィルチに愚痴ってたけど、フィルチが僕らの味方をして証言してくれるとは思えないし……」
「そうね……確かに、私達の証言だけでダンブルドアがスネイプをどうこうするとは思えないわ」
ハーマイオニーは納得したが、ロンは粘った。
「ちょっとだけ探りを入れてみたらどうかな……」
「駄目だ。僕達もう十分に探りを入れすぎてる」
翌朝、朝食のテーブルにハリー、ハーマイオニー、ネビル宛の手紙が届いた。どれも同じ内容で、先日のベッドを抜け出したことに対する処罰を今夜十一時に行うというものだった。減点のことにばかり気を取られて他にも処罰があるということをすっかり忘れていた。
「玄関ホールにフィルチが待ってるって……そんな夜中に何するんだろう?」
「どうせ碌な罰則じゃないよ……」
溜息をつくハリーとハーマイオニーにルーシーとロンは何と声をかけたら良いのか分からなかった。
魔法薬学の授業は楽しいものではなかった。今夜が処罰の日だとどこからか聞きつけたドラコやスリザリン生達が野次を飛ばしてきたからだ。夜の内にホグワーツから追い出されるだとか、森に置き去りにされるだとか。ハリーとハーマイオニーの顔が強張っている。ネビルなんて顔面蒼白で今にも泣きそうだ。
「――おおっと手が滑ったああぁ!」
鍋を掻き混ぜていたおたまがドラコの頭に当たった。バタンと倒れるドラコにカーラが慌てて駆け寄ると「あれ、ここどこ?」とドラコがこてりと首を傾げる。ルーシーの作った忘れ薬を頭から被ってしまったのだ。
「おぉ、ちゃんと忘れ薬出来てる」
「何をしている!」
「手が滑っておたまがドラコに当たっちゃいました。ごめんなさい」
飄々と答えるルーシーを睨み、ドラコを保健室へ連れて行くようカーラに指示を出す。じろりとこちらを睨んだカーラがドラコを連れて出て行くと教室はシンと静まり返った。
「グリフィンドール二十点減点。罰則を与える」
「でも先生、先生は気付かなかったかもしれませんが、煩くて集中出来なかったんです。一生懸命作ってたのに騒がれたら先生だって嫌ですよね? だからうっかり手が滑っちゃったんです」
「口を閉じたまえ! ――Miss カトレット、友人達と共に今夜の処罰に同行しなさい。君の減らず口も少しはマシになるかもしれん」
授業が終わり大広間へと向かう途中、ロンが感心したように言った。
「君って凄いよ、本当に」
「まずいわよ……今またグリフィンドールの点数を減らすなんて……」
ハーマイオニーの言う通りだった。グリフィンドール生達の視線が痛い。何も言ってこないのは話もしたくないということだろうか。それはそれで都合がいいとルーシーは笑った。
「減らず口の私が一緒ならそう簡単にホグワーツから追い出されたりしないだろうし、たとえ森の中だって安全だと思わない? 森暮らしだから森の中は得意だよ!」
「ルーシー……」
「あぁ、貴方って……」
「ルーシーが一緒ならきっと狼男の方が逃げ出すよ」
ぎこちなく笑うハリーとハーマイオニーの背中を優しく叩きながらロンも笑った。
罰則の時間がやって来た。談話室でロンに別れを告げてルーシー達四人は玄関ホールへと向かった。フィルチは既にそこにいて嫌な笑みを浮かべている。まるで獲物が自ら罠にかかるのを待っているようだと思った。
城の外に出た一行は真っ暗な校庭を横切ってハグリッドの小屋の方へと歩いて行った。ネビルはずっとめそめそしていたし、ハリーもハーマイオニーも表情が暗い。
「夜の外ってワクワクしない? こっちで何するんだろうね?」
「ルーシー、元気だね……あれ? あれって」
「ハグリッドよ!」
ハーマイオニーの言う通り、ルーシー達を待っていたのはハグリッドだった。ペットのファングをすぐ後ろに控えて暗闇の中から現れたハグリッドは大きな石弓を持ち、方に矢筒を背負っている。ハリー達の表情がにわかに明るくなったが、それを見たフィルチが嫌な笑みを浮べて言った。
「あの木偶の坊と一緒に楽しもうとでも思っているのか? もう一度よく考えた方がいい。君達がこれから行くのは森の中だ」
「フィルチ、お前の役目はここで終わりだ。ここからは俺が引き受ける」
「夜明け前に戻ってくるよ。こいつらの体の残ってる部分だけ引き取りに来るさ」
嫌味たっぷりにそう言ってフィルチが来た道を戻っていく。ネビルはガタガタ震えて何も言えないようだった。
「よーし、それじゃよーく聞いてくれ。なんせ俺達が今夜やろうとしている事は危険なんだ。軽はずみなことをしちゃいかん。暫くは俺について来てくれ」
一行はハグリッドを先頭に森の外れまでやって来た。ランプを高く掲げたハグリッドが暗く生い茂った木々の奥へと消えていく曲がりくねった細い獣道を指す。森の中を覗き込むと一陣の風が皆の髪を逆立てた。
「あそこを見ろ。地面に光ったものが見えるか? 銀色の――ユニコーンの血だ。何者かにひどく傷つけられたユニコーンがこの森の中にいる。今週になって二回目だ。最初の死骸を昨日見つけた。皆で可哀想な奴を見つけ出すんだ。助からないなら苦しまないようにしてやらねばならん」
「誰がやったの? 狼男?」
「分からんがあいつらはそんなに速くない。ユニコーンを捕まえるのは容易いことじゃない――強い魔力を持った生き物だからな。ユニコーンが怪我したなんざ、俺は今まで聞いたことがないな」
ハグリッドを先導に森の中を歩いて行くと、少し先で道が二手に分かれていた。
「二手に別れるぞ。俺かファングと一緒にいれば森の奴らは誰もお前達を傷つけはせん」
「ネビル、一緒に行こうか?」
今にも失神してしまいそうなネビルを誘うと、ネビルは何度もこくこくと頷いた。
「よし、じゃあファングを連れてけや。ハリーとハーマイオニーは俺と一緒だ。気を付けるんだぞ」
「また後でね」
「うん、また……」
ハリー達と別れ、ルーシー、ネビル、ファングの一行は右の道を進んでいった。ハグリッドから預かったランプで足元を照らしながら進むルーシーの服をぎゅうっと掴んだネビルが真っ暗な森の中を忙しなく見渡している。
「大丈夫だよ、ファングがいれば襲われないって言ってたでしょう?」
「で、でも、誰がやったか分からないって……危ない何かがいるんだよね?」
「どうだろうね。……こっちの道には血がないね。あっちが正解だったのかな」
「ルーシーは怖くないの?」
ネビルがそう囁いたその時、近くの茂みががさりと音を立てた。ひっと短い悲鳴を上げたネビルがルーシーの背中に隠れた。何故かファングまで後ろに下がっている。ランプをそちらに向けるが何かが出てくる気配はない。
「風かな……大丈夫だよ。ほら、行こう」
息も絶え絶えなネビルと手を繋ぎ、もう片方の手で持ったランプで足元を照らしながらルーシーは再び歩き出した。道はあちこちで枝分かれしているようで、コンパスも持たないルーシー達はすっかり方角が分からなくなってしまっていた。ハグリッドから連絡を取り合うための手段を聞いているから、森から出られないということはないだろう。だが、この広い森をこのまま当てもなく歩き回るのは得策ではないように思えた。
「いっそ誰かが出てきてくれたら良いんだけど……」
「な、何言ってるの! やだよ!」
「ごめんごめん」
ヒッポグリフの棲家はこの辺りではないだろうからエルマに出会うこともないだろう。レイが来てくれたら良いと思ったが、今ここで鷹が話をしたらネビルが心臓発作を起こしてしまうかもしれない。
また暫く歩いて行くと、茂みがまたがさりと音を立てた。
「誰かいるの?」
茂みに向かって声をかけるが返事はない。また風だろうか?
その後も何度か近くの茂みががさがさと揺れる音がしたが、それ以外に何の音沙汰もない。三度目でルーシーは茂みに向かって歩き始めた。
「行ってみようよ」
「だ、駄目だよ! やめよう! だめ!」
「だって気になるでしょう? 風の音じゃないよ。きっと何かがいるんだって……ファングとここで待ってて」
「ルーシー!」
ネビルの手を放して茂みに向かって歩き出す。顔を覗き込ませようとしたその時、背後が真っ赤に光った。怯えたネビルが助けを呼ぶために連絡の魔法を使ったのだ。真っ赤な光に照らされた茂みの向こうに何かの陰が見えた気がしたが、泣きじゃくるネビルを宥めるためにルーシーは戻っていった。
「ごめんごめん、もう行かないよ。大丈夫だって」
「おーい! 大丈夫か!?」
中々泣き止まないネビルを宥めていると数分もしないうちにハグリッドが駆けてきた。
「ハリー達は?」
「置いてきた。はぐれちまうからな。何があった?」
「茂みの向こうに何かいそうだったから覗き込もうとしたんだけど、ネビルが怖がっちゃって」
「あぁ……どれ、ちょっくら待ってろ――何もいないな」
「何度もガサガサ音が鳴ってたんだよ。風じゃなかったと思うんだけど……ユニコーンは見てないよ。血も一回も見てないから、こっちじゃないのかもね。そっちはどう?」
「こっちはいっぱい見つけたぞ。よし、お前達も一緒に行こう。組分けを変えにゃならん。ネビル、今度は俺と一緒に来るんだぞ」
「う、うん……」
しゃくり上げながら頷くネビルと手を繋ぎ、ルーシー達はハグリッドと共にハリー達の元へ向かった。