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ルーシーとハリーのデビュー戦が始まった。
空高く飛び上がった選手達を、レイは観客席に座って見上げている。

「この歳になると、時が経つのが早く感じるようになった。早いものじゃ。赤ん坊だったあの子達が――」

そう言って空を見上げたダンブルドアを横目に見てレイは肩を竦めた。太陽の眩しさに目を細め、空を自由に駆け回るいくつもの小さな姿から目当ての人物を探す。手にした双眼鏡を使うと目的の人物はすぐに見つかった。

審判のマダム・フーチがホイッスルを鳴らし、試合が始まった。
グリフィンドール対スリザリン。レイの斜め前に座るマクゴナガルが期待に目を輝かせながら祈るように手を組んでいた。スネイプの姿はどこにもない。

「良かったのか? いくらあいつが選手で出てるとはいえ、一保護者をこんなとこに座らせちまって」
「あの子の晴れ舞台じゃ。これくらい罰は当たらんじゃろう」
「校長が贔屓して良いのか? 他の選手達の保護者が文句言いだすぞ」
「なに、バレなければ大丈夫じゃよ」

このじじい。心の内で呟いてレイはひくりと頬を引き攣らせた。スネイプのスリザリン贔屓も酷いが、ダンブルドアも大差ない。この老人の中でハリー・ポッターとルーシー・カトレットという存在が特別である事は明白だった。

不意に差し掛かった影。顔を上げれば、レイの隣の空席にスネイプがやって来た。レイだと気付いていなかったのだろう、驚きに目を見開いてこちらを凝視していた。

「――座れよ。そんなとこ突っ立ってたら邪魔だ」

口から出た声は刺々しい。仕方がない。だってレイはスネイプが嫌いだ。そんなレイにスネイプも苦い顔になりながら隣に腰を下ろす。嫌な空気だ。そうしたのは自分なのだけれど。

「おいアルバス、席替わってくれ」
「わしが思うに、レイ、セブルス。君達はお互いをよく知る必要があるようじゃ」
「まさか」

知りたくもない。そう言ってレイは鼻を鳴らした。
知りたくない。これ以上知りたくはないのだ。既に嫌というほど知ってしまっているのだから。
いっそ何も知らなければ良かった。何も知らないままでいたかった――否、違う。何も知らなかったとしても変わらない。今更変われない。変わりたくない。

同じような事をスネイプが考えている事など露知らず、レイは隣で空を見上げるスネイプを盗み見た。スリザリンの寮監であるスネイプが今誰を目で追っているのか、レイは知っている。嫌でも分かる。その目を、その表情を見るだけですぐに分かってしまうのだ。

「……お前に、そんな資格は無い」

だから、止めろ。そんな目であいつを見るな。
こちらを見たスネイプがレイを見る。そして言うのだ。分かっている、と。

自分の所為じゃない。そう言えば良いのにとレイは思った。
そう言ってくれさえすれば、思う存分罵倒してやれるのに。殴ってやれるのに。

何もかも諦めたような顔で。
何もかも自分の所為だという目で。
罪悪感に押し潰されてしまいそうな様子で。
セブルス・スネイプは、ただひたすらにルーシー・カトレットを見つめていた。
スネイプの罪も、罪悪感を抱く理由も、何もかもを知らないルーシーを。それは酷く滑稽で、哀れで――それでもレイはスネイプを責める事しか出来ない。

赦せない。赦せるはずがない。
罪を犯したスネイプを。赦し難い罪を犯してしまったスネイプを。
たとえ『ルーシー』が赦そうとも、レイだけは赦すわけにはいかないのだ。
『ルーシー』がスネイプを赦してしまうからこそ、より一層憎むしかない。

「レイ」

労るようなダンブルドアの声を無視してレイは空を見上げる。空は清々しい程に晴れていて、飛び回る少年少女達が笑っていて。誰もが笑っていて。なのに、何故だろう。レイとスネイプだけが笑えない。笑い方など忘れてしまったかのように、過去の鎖に縛られてここにいる。

「……俺は、お前が嫌いだ」

可哀想なこの男を、『ルーシー・カトレット』を奪ったこの男を。
たとえ男がどんなに自身を責めていようとも、罪悪感に押し潰されそうになりながらこの十数年を生きてきたのだとしても。

嫌いだ。
レイは、スネイプが嫌いだ。

「…………あぁ」

そうだろうな。自嘲混じりの男の呟きに、罪悪感を覚えたとしても。




グリフィンドールとスリザリンの試合は、グリフィンドールが優勢のまま進行していた。スリザリンチームのプレイは悪質で、あわやという事が何度かあった。

「どういう教育してんだ」

隣に座るスリザリンの寮監に向けて吐き捨てれば、スネイプは肩を竦めて返す。特に何も。

「生徒の自主性を尊重しているのでね」
「ほー、それじゃ仕方ねぇな。手本になる寮監がこれじゃ、誰だってああなるわな」
「教育方針で言えば、Mr.カトレット。そちらも大差ないように思えるのですがね」
「ありゃ手遅れだ」

何せ年季が違う。さらりと返すレイにスネイプが隣で片頬を引き攣らせた。

「お前が一番よく知ってるだろ」

皮肉たっぷりに言い放ち、レイは空を見上げた。
十数年ぶりのクィディッチの試合。少しばかり心配ではあったが、ルーシーが飛び回る姿を見れば杞憂だったのだと分かる。変わらない。何も知らなくとも、何も覚えてなくとも変わらないのだ。

ルーシー・カトレットは『ルーシー・カトレット』だ。
生まれ変わりでも何でもない、本人だ。少しばかり特殊な生い立ちの所為でこんな事になってしまったけれど。

「教えないのか、何も」

こんな事になってしまった原因であるスネイプがレイに問う。視線は同じく空を――おそらくルーシーを見つめたまま。

「お前が教えてやりゃ良いだろ」

出来るものならな。吐き捨てたそれに返事はない。その事がまた腹立たしくて舌打ち。

「様子が変じゃ」

ダンブルドアの声にハッとして空を見上げると、丁度ルーシーがゴールを決めたところだった。何もないじゃないか。そう返そうとして気付く。ハリーの様子がおかしい。あっちへ行ったりこっちへ行ったりと動き回る箒に、操者であるはずのハリーが振り回されている。

「何だ……? 箒が勝手に――」

呟いたレイは隣から微かに聞こえる音に気が付いてスネイプを見た。箒から目を逸らす事なく、ひたすらに呪文を唱え続けている。

「お前……」
「レイ、クィレル教授を探してくれ」

ダンブルドアの言葉に頷きレイはスタンドを見回す。学校中が集まるスタンドは大賑わいで、人一人を探す事は容易ではない。どこだろうか。早く、早く見つけなければ。グリフィンドールからレイブンクロー――ハッフルパフ――スリザリン――目を凝らしながら順に探していたレイは、スリザリン生達が集まる席から教員席へと続く通路の中に目的の人物を見つけた。クィレルだ。

けれどその姿はすぐに見えなくなった。何が起こったのか分からない。ひたすらにハリーの箒を見つめていたクィレルが突然消えた――違う、倒れたのだ。すぐさま起き上がって再び空を見上げるクィレルにつられるようにして空を見上げる。ハリーの箒はもう勝手に動く事はなかった。

あぁ、良かった――そう思ったのも束の間。焦げた臭いが辺りに漂う。何だ?辺りを見回して、気付く。

「おい、燃えてるぞ!」

スネイプのマントの裾から赤々とした炎が燃え上がっていた。焦げた臭いの正体はこれだ。レイの叫びで気がついたスネイプが慌ててマントの炎を踏み消す。幸い、どこにも燃え移る事もなく火はすぐに消え去った。ホッとしながら何気なく辺りを見回すと、人目を避けるようにして去っていく赤いマント。栗色のふわふわとした髪の主が誰なのか、レイにはすぐに分かってしまった。

そうか。あの少女はスネイプが犯人だと思ったのか。

「いかにもだもんな、お前」
「何の話だ」

訝しむスネイプに構うことなくレイは空を見上げる。
つい今しがたハリーがスニッチを口でキャッチし、グリフィンドールの勝利が宣言されたところだ。空の上で「やったー!」と両手を挙げて喜ぶルーシーを見て思わず頬が緩む。

「こっちの気も知らないで」

けれど、それで良い。あの子が笑っていればそれで良い。
笑顔以上に彼女に似合うものなど、無いのだから。