どうしてこうなった。
「ポッター、カトレット。こちらはオリバー・ウッドです。ウッド、シーカーを見つけましたよ」
「本当ですか?」
「間違いありません」
困惑を露わにするルーシーとハリーの目の前で、マクゴナガルと上級生のウッドが声を弾ませている。一体何が何だかさっぱり分からない。
マダム・フーチの言い付けを破り、ハリーが思い出し玉を取り返すために箒に乗ったのが十数分前。初めてだというのに余りにも上手に箒を乗りこなすハリーに、驚いたドラコが悔し紛れに思い出し玉を放り投げ、それを見事に空中でキャッチしたのがその一、二分後。グリフィンドール生の歓声に割って入ってきたのはマクゴナガルの大声で、駆け寄ってきたマクゴナガルに連れられて一足先に城へと戻ってきたのが五分前。授業中だったウッドを呼び寄せ、こうしてやって来た空き教室で紹介されている。
フーチの言い付けを破って箒に乗った。それに対する罰を言い渡されるのだと思っていた。何故かルーシーまで一緒に連れて来られたのは、きっとネビルを助ける為とはいえ勝手に箒に乗ったからだろうと思っていた。
それなのに、何だこれは。
「この子は生まれつきそうなんです。ポッター、初めてなんでしょう? 箒に乗ったのは」
黙って頷くハリーに、マクゴナガルが満足気に笑う。
何が何だかさっぱり分からない。けれど、マクゴナガルの様子を見るに、退学に処される事はなさそうだ。ルーシーとハリーは顔を見合わせた。
「あの――」
「クィディッチの試合を見たことはあるかい?」
躊躇いがちな呼びかけは、ウッドの興奮した声に消された。無意識に一歩後退り、ハリーとルーシーがぶんぶんと首を振る。
「ウッドはグリフィンドールのクィディッチチームのキャプテンです」
「体格もシーカーにぴったりだ」
ルーシーとハリーの周りを歩きながら、ウッドがしげしげと観察している。居た堪れない。そもそも自分は関係ないじゃないか。ハリーから数歩離れると恨めしげな視線が飛んできたが、ルーシーはハリーから視線を逸らしたままマクゴナガルへと問いかけた。
「あの、私は何で呼び出されたんですか? ――あっ」
問いかけてから気付く。まさか、先日の悪戯がバレたのだろうか。
「……い、悪戯、してませんよ」
小さな声で自分の無実を訴えてはみるけれど、マクゴナガルの顔を見るに逆効果だったのだろう。顰め面になったマクゴナガルが口を開きかけて、けれど思い留まったようで代わりに大きな溜息を漏らした。へらりと笑って誤魔化そうとしてみるルーシーをじとりと見遣り、マクゴナガルが言う。
「貴方に寮へ貢献する機会を与えます」
「……?」
「ポッター、カトレットの二人でシーカーを競うのです」
「え……いや、あの、何で私……?」
「勿論、貴方にも素質があるからです」
さも当然のように答えるマクゴナガルにルーシーは唇をひん曲げた。
マクゴナガルがグラウンドにやって来たのは、ハリーが空中で思い出し玉をキャッチしたのを見たからだ。それなのに何故ルーシーに素質があるなどと言い切れる?
「……私、さっき初めて乗りました」
「えぇ、そう聞いてます」
誰から。答えはすぐに出る。ダンブルドアだ。
何故そんな話をダンブルドアがするのか。これも答えはすぐに出た。ルーシーがルーシー・カトレットだからだ。
嫌だ。そう思ってルーシーはマクゴナガルから目を逸らす。
だってマクゴナガルが言っているのはルーシーじゃない。ルーシーの知らない『ルーシー』だ。
ねぇ、貴方は一体誰なの。私とどういう関係があるの。
城のあちこちに隠れた通路を見つけてしまうのは、ダンブルドアが言うとおり天才的に見つけるのが上手いからではない事くらいルーシーだって分かる。スネイプに覚えた既視感だって、誰にでも起こり得るなんて言葉で片付けられるものではない事くらい、分かる。嫌でも分かる。
だってERRORは肯定した。ルーシーの勘違いだとは言わなかった。
『覚えている時のルーシー』を否定しなかった。今のルーシーを「アレより悪くならない」と言った。言ったのだ。
「ルーシー?」
俯き黙りこんでいると、ハリーが躊躇いがちに名前を呼ぶ。顔を上げたルーシーはぶすっと不機嫌さを隠しもせずにマクゴナガルを見上げた。そして、些か驚いた顔のマクゴナガルに向かって口を開く。
「私、他のポジションが良いです」
シーカーなんてなってたまるか。
だって私は『彼女』とは違う。私は私だ。
だから、選ばない。
『彼女』と同じポジションなんて選んでやらない。
ルーシーの意思はマクゴナガルに届いたのだろうか。ぱちぱちと目を瞬いたマクゴナガルは、ふむと考える仕草をして、それから一つ頷いた。
「良いでしょう。現在のチーム全員を集めて選抜を行います。ウッド、良いですね?」
「でもマクゴナガル先生……今のメンバーだってずっと選手として出場していたんですよ? 彼女がどれだけ上手いのかは分かりませんが、その……」
まだ入学したばかり。しかも箒に乗ったのだって初めてだ。選手達と競わせたって結果は目に見えている――ウッドの顔にはそう書いてある。それを言うならばハリーだって同じ条件だ。けれど、ハリーはルーシーとは違う。
だって、彼はハリー・ポッターなのだから。
「彼女が飛んでいるのを見れば、すぐに分かりますよ」
自分の考えは間違っていない。マクゴナガルの声にはそんな強さがあった。
困ったようにルーシーを見て、マクゴナガルを見て、ハリーを見て。ウッドは観念したように微笑んで「週末にでも集めます」と返した。そんなウッドにマクゴナガルは満足気に微笑んでハリーへと向き合う。
「ポッター、貴方が厳しい練習を積んでいるという報告を聞きたいものです。さもないと処罰について考え直すかもしれませんよ」
微かに息を呑んだハリーが緊張気味に頷いた。
「貴方のお父様がどんなにお喜びになったことか。お父様も、素晴らしい選手でした」
ハリーと共に教室を出たルーシーは不機嫌だった。
「何か……とんでもない事になっちゃったね」
「………そーだね」
「ルーシー? どうしたの?」
顔を覗きこんでくるハリーにルーシーはにこりと笑顔を返す。
「ハリー、私はちょっくら旅に出てくるよ」
「え?」
「一緒に行く?」
ポケットから取り出した悪戯グッズを見てハリーが息を呑む。慌ててマクゴナガルとウッドのいる教室を振り返ると、教室の中から何やら真剣に試合について話している声が聞こえた。それにホッと安堵の息を漏らして、それから疲れたように口を開く。
「僕は遠慮しとくよ……」
「そう? じゃあまた夕食でね」
ハリーに見送られながら階段を上っていくルーシーの顔は険しい。
むしゃくしゃする。頭を掻き回してみるけれど、ぷつぷつと髪が抜ける痛みしか返ってこない。がむしゃらに階段を駆け上り、あちこち廊下を走り回って――途中で誰かがルーシーを呼んだような気がしたけれど、ルーシーは止まらなかった。ひたすらに城中を走り回り、漸く足を止めたのは城で一番高い場所――天文台だ。
「――っ、ばーーーーっか!!」
真っ青な空に向かって叫ぶ。遠くの森で数羽の鳥がバサバサと慌ただしく飛んでいったのは偶然だろう。乱れる呼吸を整えて、けれどやはり苛々は治まらなくて。
「ばか! ばか! ばかーーーーっ!!」
「っ、な、に、やってるんだ!!」
背後から聞こえた叫び声に驚いて振り返れば、息を切らしたカーラが苦しそうに胸を押さえながら柱に寄りかかってこちらをじとりと睨みつけていた。
「……どうしたの?」
「――っ、――、」
何事かを言いかけたカーラの口からはひゅっと奇妙な音。途端に咽るカーラが余りにも苦しそうで、思わず近寄って背中を擦ってやれば怒りを露わにした顔に睨まれる。
「大丈夫?」
「、きみ、が、げほっ、ばかみたいに、走り回ってるから……っ」
思わず呼びかけたけどルーシーは止まらなくて。無視された事が何だか腹立たしくて。後を追いかけてみたけれど中々追いつけなくて。躍起になって追いかけた。
咳き込みながらも律儀に説明してくれたカーラに、ルーシーは思わず吹き出した。じとりと恨めしげな視線が飛んでくるけれど、気にしない。
「狂ったのかと思った」
まぁ、君は元々ちょっとおかしいけどね。刺々しい声にすらルーシーは笑って。
「ありがとう」
「まさか、褒められたとでも思ったの?」
「そうじゃなくて。――ありがと、追いかけてくれて」
カーラが追いかけたのは『彼女』じゃない。今ここにいるルーシーだ。
何も知らないカーラが訝しげにルーシーを見る。ルーシーはまた笑った。
「君、本当に狂ったの」
返ってきたカーラの声は、さっきよりも幾らか優しかった。